【第281話】シリューの欠点
「参りました」
シリューは剣を置いて両手を上げ、素直に負けを認めた。
スピードによるかく乱は通用せず、最後のフェイントも読まれ、斬りつけた剣を躱されたうえ、走り抜けようとしたところへ足の前に剣を突き出された。
完敗だ。
ただし、クリスの見解は少し違った。
「私は、君の戦い方を一度見ているからね。もし初見だったら、こうはいかなかったよ」
クリスは剣を鞘に納めながら、清々しい笑みを浮かべる。
「なんか、そんなカンジでもなかったような……」
シリューの攻撃を、クリスは全て分かっていたかのように動いた。
「その辺りも含めて、おじい様に聞いてみようか」
シリューは地面に置いた剣を鞘に戻して立ち上がり、模擬戦を見ていたジャーヴィスの元へと歩くクリスに続いた。
「なかなか面白いものを見せてもらったよ」
シリューたちが歩み寄ると、ジャーヴィスはそう言って目を細める。
「やっぱりシリューさんって、ぐんっときてずばっ! ですね!」
迎えたミリアムの感想は、相変わらずの脳筋発言。
「ほう、お嬢さんも気が付いたかね」
だがジャーヴィスは、ミリアムが口にした感覚的な言葉の意味を理解したようだった。
クリスに目を向けると、彼女も納得の様子でこくんっと頷く。
「ええっと……それって、どういうことですか?」
因みに、シリューたちの動きを目で追うことさえできなかったハーティアだけは、目を閉じてふるふると首を振った。
彼女の肩に座って微笑むヒスイも、もちろん分かっていない。
最初に答えたのはジャーヴィスだった。
「覇力による身体強化を使わないにもかかわらず、あのスピードと機動力は凄まじいの一言に尽きる。ただ、欠点も幾つかあるようだ。クリス」
ジャーヴィスは、まるで生徒に問題を解かせる教師のように、クリスへと顔を向けて続きを促す。
「欠点、ですか……」
「うん。一つは、脚を使った圧倒的なスピードに対して、攻撃、つまり剣を振るうスピードは、その……気を悪くしないでくれ……それほどではないんだ」
クリスはすまなそうに俯く。
「大丈夫です。まだあるんですよね? はっきり言ってください」
陸上の練習と同じだ。
自信を持っていることでも、自分が気付かない部分は多々ある。
より高みを目指すためには、他者目線の指摘を改善していく努力が必要になる。
考えてみれば、剣の素振りなどほとんどやったことがない。
「もう一つは、常に同じスピードで、動きが直線的ということ」
そのため徐々に目が慣れて、動きに翻弄されにくくなる。
ただし、それ相応の力量があってのことだが。
これについては、シリューにも十分自覚できるものがあった。
シリューは戦いの際、敵の反応を上回ろうと、常にほぼ全力で動いていた。
「そうか……目が慣れるんだ……」
速く動こうとすればするほど、一直線に突進していたのは確かだ。
「そして最後は、ミリアム殿も言っていた通りなんだけど……」
「ばんっときて、どがっ……?」
「違います。ぐんっときて、ずばっ! です」
ぴんっと人差し指を立てて、すかさずミリアムが訂正する。
「違いあるのか、それ」
「全然違いますよ、解ってないですね、シリューさんっ」
「そのドヤ顔ウザい」
これ以上は埒が明かないので、シリューはまだ何かごにょごにょ言っているミリアムを無視する。
「ははは、まあ私もその違いはちょっと分からないんだけど……。要するに、彼女の言うぐんっは、予備動作のことだよ」
「予備動作?」
「うん。意識していないんだろうけど、君は攻撃の時、必ず予備動作が入る。例えば、剣を振る前に一瞬腕を引いたり、肩が下がったり。あと、攻撃する部分に目を向けたり、とかね」
「そうかっ、そうだったんだ!」
目の前の深い霧が、一気に晴れたような気分になり、シリューは思わず声をあげた。
素人だと言われてきた理由。
ミリアムやクリスに攻撃が通らなかった理由。
それが解っただけでも、ここに来た意味がある。
「君の戦い方は、剣士のそれではないようだね。魔物が相手なら問題はないが、剣士や対人戦に秀でた相手には、なかなか厳しかっただろう。それが、クリスを訪ねた理由かな」
ジャーヴィスの指摘は、これまでのシリューの戦いを、まるでその目で見てきたのかと思うほど的を射ていた。
「はい。やっぱり、剣の才能って、ないですか?」
「ううむ……これはまた、答え辛いことを訊くね」
ジャーヴィスは少し困ったように笑う。
つまりは、それが答えだろう。
「剣を修めようとする者は千差万別。素質に劣るとしても、何か一つでも得意なものを身につけさせてやれば良い。例えば……」
ジャーヴィスはそう言ってクリスに目配せをした。
ただそれだけで、クリスもジャーヴィスの意図を察したのだろう、訓練用の剣を抜いてジャーヴィスに渡す。
「よく見ていてごらん」
一歩二歩と下がったジャーヴィスが、大きく踏み込んでクリスの首元に向け突きを放つ。
もちろん本気ではないが、そこそこには速い。
クリスは上体を反らし、一歩下がってこれを躱す。
「次は君だ。好きなように躱して構わんよ」
ジャーヴィスは、シリューに向けて構え直すやいなや、先ほどよりもかなり速いスピードで突きを繰り出した。
身構える暇もなかったシリューだが、素早く右に飛んだ。
「分かったかな?」
ジャーヴィスは全員にそう尋ねて、答えを待つ。
後ろに躱したクリスと、横に躱したシリュー。
それ以外に違いがあったのかどうか、シリューには分からなかった。
「クリスティーナさんは、すいっ、てカンジで、シリューさんは、ばっ、てカンジでしたっ」
得意げなミリアムの答えは、やはり感覚的で意味がよく分からない。
「お嬢さんは面白い表現をするね。でもまあ、当たりだよ」
どうやらジャーヴィスは、脳筋の言葉を理解できるらしい。
「クリスは、いやクリスに限らず普通人間は物を躱そうとする時、まずは頭が動く。続いて上半身、最後に下半身と、上から下へ流れるんだ。だが君は、まず脚が動く。いや、身体全体が同時に動く、といった方が正しいかな。しかも、反応が著しく速い。これは他者にはない、唯一無二の武器だよ」
「身体全体が……」
意識していたわけではないが、それはおそらく今まで積み重ねてきた練習の成果だろう。
100mのタイムでは及ばないトップの選手にも、スタートでは負けなかった。
「これで課題は見えたんじゃないかね? 君が剣を極めたいのではないなら、今挙げた点を少し修正してやるだけで、君はもっと強くなれるだろう。後はクリスに教わるといい」
「はい。よろしくお願いします、クリスさん」
シリューは深々と頭を下げた。
「あのっ、シリューくんっ。そんなに改まらないで。もっと、その……」
ここでクリスは、少し間を置き考える素振りを見せるものの、
「……気楽に、いこう。ね」
結局は無難な言葉を選んだ。
「それじゃあ、クリスさんが空いた時間に合わせて、俺がここに通いますね」
「うん。私はそろそろここを出て、実戦の中で修行しようと思っていたところだから、特に忙しくはないよ。君の都合のいい時間で構わないかな。いつでもどうぞ」
何気ない会話で纏まりかけたところを、ミリアムとハーティアが敏感に反応した。
「どうせなら、クランハウスに引っ越してもらえばいいんじゃないですか?」
「そうね、部屋も空いていることだし、クリスティーナさんさえ良ければ、クランに加入してもらってはどうかしら? どうせまた、大変な事態に巻き込まれるのは目に見えているし」
「いや、それは……」
できれば平穏に過ごしたいと思うシリューだったが、今まで一度も無事これ平和だったためしが無い。
それどころか、徐々に大きな事件へと巻き込まれているのが事実だから、クリスの加入は心強い。
それにしても、ミリアムとハーティアの二人が、いつになく積極的なところが、少しだけ気にはなるのだが。
「ってわけで、一緒に冒険者やりませんか、クリスさん」
「いいの!? うん、是非!」
クリスは迷うことなく答えた。
そんな孫の様子を、ジャーヴィスは微笑ましく見守っていた。
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