【第272話】ちょっと待って!
それから後も三人で街を散策がてら、目についた店を覘いてみたり評判のカフェでお茶をしたりと、今まで味わったことのない緩くて甘い、それでいて少しだけ緊張感のある時間を楽しんだ。
「きゃあ、やだっ。見て見てシリューさんっ、これ!」
若者に人気だというお洒落な小物や装飾品を扱う店で、「やだっ」という割には嬉しそうに目を輝かせたミリアムが、ちょんちょんっとシリューの袖を引っ張った。
「え? これって……」
ミリアムの指さした所には、見覚えのあるマスコット人形が二つ。
「あはっ、かわいいわね。いつの間に商品化されたの?」
藍のマスコットを手に取ったハーティアが、シリューの顔と見比べて目を細める。
それはレグノスの雑貨店に置いてあった物と同じ、『深藍の執行者』と『断罪の白き翼』をモチーフにした手の平サイズのぬいぐるみ。
当然のことながら、シリューは許可した覚えはない。
「あのおばさん、勝手に商売広げてんな……しかも何気に17ディールに値上げしてるし」
「あ、でもでも。ちょっと更新されてますよ。ほら、藍の方はかわいく笑ってますし、白は双剣を持ってますっ」
それに何となく質感も上がっているようだ。
「え、何? ここ以外でも売っていたの?」
「はいっ、レグノスのお店で。街を出る前、シリューさんから記念にって、
空気を読んでいるのかいないのか。ミリアムの余計な一言にハーティアが鋭く反応した。
「買って、もらった……」
そろそろと白い方に手を伸ばしたハーティアは、両方のマスコットをきゅっと胸に抱いて、上目遣いにシリューを見つめる。
「買って、あげたの?」
「えっと……そう、だけど……」
「買って……あげたのね」
まじろぎもせずに向けられる視線に、シリューは逃げ場のない圧迫感を覚えると同時に、ハーティアから放たれる「買ってほしい」オーラが見えたような気がした。
「あの……欲しいの?」
「べ、別に、そういうわけでは、な、ないわっ」
慌てて顔を背けるハーティアは、それでもマスコットを抱きしめたまま放さない。
「じゃあ、要らないのか?」
特に他意があるわけではなくただ確認したかっただけなのだが、無用に発揮されるシリューのポンコツぶりは、ハーティアの心をぐらぐらと揺さぶる。
「ばか……いじわる……」
頬を真っ赤に染めたハーティアの呟き声は、あまりに小さすぎてシリューには聞き取れなかった。
「えっと、やっぱり欲しいの?」
「…………うん」
ぽつりと一言、消え入るような声でハーティアは答える。
ミリアムもそうだったように、ハーティアまでがどうしてこんな物を欲しがるのか。よくわからないまま、シリューはハーティアからマスコットを受け取り支払いに向かおうしたところへ、
「あん、待ってください。シリューさん、私は?」
と、物欲しそうな目をしたミリアムがシリューを呼び止めた。
「や、お前にはレグノスで買ってやったろ」
別にお金が惜しいわけではない。ただ何となく公平性に欠けるような気がしたのだ。
「仕方ないなぁ、じゃあ自分で買います」
「そんな物、何個も持っててどうするんだよ」
更新されているとはいえ、その差はごく僅かでよく見ないと分からないレベルでしかない。
「えっと、あっちは大切にしまっておく用で、こっちは常に身に着けておく用?」
中高生の女子がバッグに着ける感覚なのだろうか。そうだとしても、ミリアムは日ごろバッグなど持ち歩いていない。
「ポケットにでも入れとくのか?」
「そんなぞんざいになんてしませんよ。ちゃぁんと
ミリアムは自分の胸を左の腕で抱えて、妖しげな微笑を浮かべた。
「……入れて、あげます。ずっと肌に触れていてほしいから……」
更に服の胸元を右手の指で摘まんでちらりと谷間をのぞかせ、艶めかしく躰を捩る
「え、いや、え、え?」
「良い考えね……気持ち、わかるわ」
ここぞとばかりにハーティアが参戦した。
「私も……私の、体温を感じていてほしい……いつでも、ここで……」
ハーティアは胸に両手の平を添えると、指が沈み込むくらいにむにゅっと掴む。
「い、いや……えっと、あのっ……」
それから二人は、まるで示し合わせたかのようにシリューの耳元へ唇を寄せて、両側から優しく息を吹きかけるように囁く。
「誰にも、見られないように……ね」
「試す価値はあると思うの……ね」
「ちょっ……え?」
形が変わるくらいに押し付けられた二人のそこからは、服越しであるにもかかわらず確かな体温が伝わってくる。
「あれ、シリューさん? 顔が赤いですよ? もしかしてぇ、えっちなこと、考えてたんですか?」
「マスコットの話しよ? 何と勘違いしたのかしら?」
それは、昼食の後でシリューの褒め殺しにあった二人の、ささやかな報復だった。
◇◇◇◇◇
シリューたちは早めの夕食を済ませ、まだ日の落ちないうちにクランハウスへと戻ってきた。
ミリアムもハーティアも、まだまだ遊び足りないと少し残念そうな顔をしたものの、次の休みにもう一度、というシリューからの誘いに二つ返事でこたえ、終始ご機嫌な様子だった。
「ああそうだ、ミリアム。日が暮れるまで、ちょっと付き合ってくれよ」
クランハウスの倉庫から訓練用の木剣と棒を持ち出したシリューが、紅茶を淹れようとキッチンへ向かうミリアムを呼び止めた。
「付き合うって……訓練、ですよね?」
付き合う、という言葉に過敏なミリアムも、シリューの手にした木剣を見ればさすがに勘違いの余地はない。
ただ、僅かにしりごみしてしまったのは、出会った直後ならいざ知らず、あれから格段に強くなったシリューを相手に、一瞬でさえも太刀打ちできそうにないと思ったからだ。
「大丈夫。俺の方はしっかりセーブするから」
不安そうな表情で見つめるミリアムから、何となくその理由を察したシリューは、「お前に怪我はさせない」と言って笑顔を見せる。
「はい。じゃあ、着替えてきますね。あのビスチェドレスでいいですか?」
「いいよ」
ぱたぱたと早足で二階へ行こうとしたミリアムは、廊下へのドアを開けたところで「そういえば」と思い出したように振り返った。
「前に話したこと、覚えてくれてますか? あの、ぱっと一瞬で着替えるやつです」
「ん? えっと、『換装』のこと? うん、大丈夫、覚えてるよ。ただあんまり考える暇がなくてさ」
本当のところ、今の今まですっかり忘れていた。
「本気だったのか……」
にこにこと笑ってドアの向こうへ消えたミリアムを思い、シリューは真剣に今夜にでも考えてみようと心に決めるのだった。
「見学していてもいいかしら?」
ハーティアが興味深そうな瞳で尋ねる。
「うん、いいよ。お前にも頼みたいことがあるし」
「私に? でも私、魔法以外はからっきしよ?」
近接の戦闘など一度も経験はないし、かてて加えて護身用に持っているダガーは鞘から抜いたこともない。
もちろん、シリューが頼みたかったのは模擬戦の相手でも戦闘の指導でもなかった。
「こっちに来て」
ハーティアを連れ立って庭に出たシリューは、地面に直径3mほどの円を木剣で描く。
「この中だけで模擬戦をするから、お前は俺がこの線から出そうになったら教えてくれればいい」
「この円の、ね。わかったわ、それくらいなら、何とか……」
「別に、見逃しても気にしなくていいよ」
ハーティアは、その言葉にほっと胸を撫でおろした。
実のところ、シリューの動きをしっかり目で追えるかどうか、自信がなかったのだ。
「準備できました」
着替えてきたミリアムにルールを説明して、戦鎚代わりの棒を渡す。
ミリアムは円の外に出ても構わないが、シリューが線を割った場合は一旦戦闘を中止する。
これならシリューの最も得意とする、ヒットアンドアウェイの戦法は使えないから、幾分かはミリアムの有利になるはず。
「じゃあ、行きます!」
あと一つ、重要なルールを話していなかった。
本気を出せ、と言われた素直なミリアムは、当然のように全力で踏み込み、これも当然のようにシリューの頭を狙った。
当然のように見事な蹴りで。
「わ、ま、まてまてっ! ストップ!!」
当然のように丸見えだった。
当然であってはならない、紫が。
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