【第261話】それぞれの闘い

 落ち着け!


 冷静になれ!


 怒りを力に変えろ!


 方法はある、絶対に!


 ミリアムとクラウディウスに退出してもらい二人だけとなった病室で、シリューはベッドに眠るハーティアと向き合っていた。


「もう一回、初めから考えろ……」


 魔素循環障害。それがハーティアを蝕む病。


 瘴気が体内に溜まり、主に内蔵の機能が低下する。


「そういえば……」


 浄化の魔法では、一時的に進行を遅らせるだけ。


 更に、治癒魔法を使えば病の進行を異常に早める。


 ミリアムはそう言っていた。


「治癒魔法……」


 治癒魔法のヒールは、被施術者の自然治癒力を高め細胞の活性化により傷を治す。


 これはシリュー自身の見解で、この世界の人に「細胞」の知識はない。


「細胞、か……ん?」


 内臓の機能を阻害し、治癒魔法による細胞の活性化が更に病の進行を早める。


「待てよ、まさか……そうか、ひょっとしてっ……何で今まで思いつかなかったっ!」


 シリューは立ち上がりハーティアの姿を見つめた。


「セクレタリー・インターフェイス! 生体細胞の遺伝子解析はできるか!」



【可能です。走査スキャンモードを通常から遺伝子解析へ調整します。調整完了】



「よし。じゃあハーティアの腕……いや、手の甲をサーチしろ」



【対象の細胞を解析。遺伝子情報を開示しますか(YES/NO)】



「NOだ。情報の開示はいい、どうせ見ても分からないしな」


 シリューは大きく深呼吸をひとつ。


 ここからが正念場だ。


「セクレタリー・インターフェイス。次にハーティアの全身をサーチだ。ただし、今採った遺伝子と比較して、異常を起こしてる細胞を検知しろ」



【対象の全身をサーチします。サーチ完了。遺伝子異常の見られる細胞を多数感知。4か所に密集して存在】



「よしっ、いいぞ。あとはそのデータをハーティアのレントゲン映像に重ねるんだ」



【対象のレントゲン映像に、遺伝子情報を重ねます】



「来た、これだ!」


 シリューの網膜に映る映像には、肺、胃、肝臓、そしておそらく膵臓に遺伝子異常をきたした細胞の塊がはっきりと見えた。


「思った通り……これって、癌だ」


 美亜の命を奪った病気。


「見てろ……今度は絶対負けない」


 原因は分かった、後はどう治療するかだ。


 その方法も既にシリューの頭の中にあった。


 シリューは一旦病室を出てミリアムを探す。


 彼女は一階のロビーにいた。


「ミリアム!」


 診察の順番を待つ多数の患者たちが、シリューの声に驚いて一斉に目を向けたが、シリューはそんなことに構わずミリアムに歩み寄る。


「シリューさん!?」


 大声で名前を呼ばれたミリアムは、少々の恥ずかしさに戸惑いながら席を立つ。


 そして、シリューの表情と声から、彼が何か答えを見つけ出したのだと確信した。


「ミリアム、手伝ってくれ。ハーティアを助ける!」


 それはきっと、ミリアムの一番聞きたかった言葉。


「はい! シリューさんなら、絶対そう言うと分かってました!!」


 分かっていた……随分と過剰な信頼だとシリューは思ったが、それならばその信頼に応えるだけだ。


「行くぞ」


「はいっ」


 シリューの伸ばした手を、ミリアムはしっかりと掴む。


「ミリアム、俺は……リジェネレーションを使う」


 その目には揺るぎない決意と、何者にも否定させない強い意志の光が灯っていた。


「はい」


 ミリアムも迷ってはいなかった。


 シリューなら、きっとその選択をすると予想していた。


「シリューさんのことは、私に、私とヒスイちゃんに任せてください!」


「任せてください、なのっ」


 ミリアムの肩に、すっと姿を現したヒスイが小さな拳をぐっと握りしめる。


「ああ、よろしく頼む」


 手をつないだシリューとミリアムは、早足に病室へと向かった。


 病室のドアを開けると、じっとハーティアの様子を見つめていたクラウディウスが顔を上げる。


「シリュー殿、いったいどうしたのだ?」


 病室の前にいたクラウディウスは、シリューがいきなり飛び出してきて、何も言わずに駆けて行ったため、ハーティアに異変があったのかと病室に入ったのだった。


「クラウディウス様、これからハーティアの治療をします。外でお待ち願えますか」


「治療……? そ、そんなことが、できるのかね!?」


 細い目を大きく見開き、クラウディウスはシリューを凝視する。


「はい。絶対にハーティアを助けます」


 シリューの穏やかでありながら力強い声に、クラウディウスは「よろしく頼む」とだけ答え病室を出ていった。



◇◇◇◇◇



「始めるぞ」


 シリューがベッドの脇に立ち、ミリアムはその反対側に、ヒスイはシリューの真上で待機している。


 シリューとミリアムの二人は何かあった時に備えて、手術衣に着替えていた。


「はい」


「準備万端なの、です」


 二人の返事を聞いたシリューはゆっくりと頷き、二度三度深呼吸をした後で眠るハーティアを見下ろした。


「ミリアム、ハーティアの、服を……」


「はい」


 シリューにはかなりの遠慮があったのだが、ミリアムは戸惑うこともなく、てきぱきとハーティアの服を脱がせてゆく。


 少々後ろめたくもあるが、今はそれを気にしている場合ではない。


「ストライクアイ起動。モニターをPPIスコープからレントゲン映像に変更」


 

【ストライクアイのターゲット表示を、レントゲン映像に変更しました】



「ターゲットを4つの遺伝子異常細胞塊にロック」



【ターゲット、ロックオン】



「レイを選択。射出光線の直径を0.1mmに、射出数を各ターゲットに対し1000に、配置を放射状に設定。レイの光線波長を短波長10(-/)13cmに変調しろ」



【光魔法レイの設定完了。射出数4000を放射状に配置。魔法の発動が可能です】



 これで準備は整った。


「ミリアム、ヒスイ、少し下がっててくれ。」


「はい」


 ミリアムとヒスイは、シリューの支持に従って窓際へと下がった。


「ミリアム。今から治療のための魔法を使うけど、これは治癒魔法じゃない。魔法が成功すれば、多分ハーティアは危険な状態になる。だから……」


 癌は各臓器の1/3~2/3におよんでいて、施術後多臓器不全を起こす可能性が高い。


「分かってます、すぐにリジェネレーションを使うんですね。任せてください」


「任せてなの、です」


「ああ、任せた」


 シリューは少し振り返り、涼し気に笑った。


「じゃあ、始めるぞ」


 シリューはハーティアに向き直り、大きく息を吸い込みゆっくりと吐く。


「並列思考プラス3」


 四つの思考を同時に行う。


 4か所の癌を同時に焼き切るためには、レイの微妙な調整が必要になる。


「いくぞ! 遺伝子異常の細胞を残らず焼き尽くせ! 魔法発動、レイ!!」


 ハーティアを取り囲むように4000の小さな星が出現し、一斉に光る金糸のような光線を放つ。


 1000本ずつの光の糸は、それぞれのターゲットへと収束し、癌細胞をナイフで切り取るように消滅させてゆく。


 シリューは並列思考によって、精密な機械のように4つの光の束をコントロールし続ける。


「綺麗……」


 ミリアムは思わず口にした。


 どんな魔法かミリアムに知る術はなかったが、ハーティアを包む金色の光はまるで彼女を祝福する朝日のように輝いている。


「シリューさん、ハーティア……頑張って!」


 心の中で叫び、ミリアムは胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。


 それから、治療を始めてからおよそ1時間が過ぎる頃。


「第一段階は終了……病巣は全部消した」


 ハーティアを囲んでいた金糸の光が消え、シリューが振り返った。


 1時間に及ぶ並列思考と魔法の持続は、シリューであってもかなり厳しいものだったのか、その額には汗が滲み息も上がっている。


 だが休んでいる暇はない。


 癌に侵されていた臓器のほぼ半分を失ったハーティアは、多臓器不全を起こし今まさに死の局面にある。


 シリューの躰から、柔らかな虹色の光があふれ出した。


「ミリアム! ヒスイ! 後を頼むぞ! リジェネレーション!!」


 揺らめく光が強い色彩を放ち、シリューとハーティアの姿を溶かすように包み込む。


 爆発的に弾けた虹の光は明らかな圧力を持ち、ミリアムの髪を揺らした。


 その虹が唐突に消え、部屋が元の色を取り戻した時。


「終わったよ……これでもう大丈夫だ」


 シリューが振り向き、涼し気に微笑んだ。



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