【第256話】脱出!

「下がれ! ドクっ!!」


 シリューの叫びに、ドクは足を止め素早く後ろに飛ぶ。


 その瞬間、飛び退いた場所に天井の一部が崩れ落ちる。


「やばっ」


 崩落が続き、とても出口までたどり着けそうにない。


「みんな、一直線に出口に走れ! アンチマテリエルキャノン! ガトリング!! ホーミングアロー!!」


 最後方に残ったシリューは、出口までの直線上に落ちてくる瓦礫を粉々に砕き、脱出への道を確保する。


 駆け抜けるミリアムたちの頭上からは、ぱらぱらと小粒になった粉塵が降り注ぎ顔に当たるが、それを気にしている暇はない。


 一気に駆け抜け、全員が出口を突破する。


 ミリアムは一人残ったシリューを振り向いた。


「シリューさんっ、早く!」


 だが、シリューが駆け出す姿を目にしたと同時に、出口が落下してきた大きな瓦礫に塞がれてしまう。


「シリューさんっっ!!」


 ミリアムの悲痛な叫びも虚しく、建物は大きく崩壊を始めた。


 この質量に押しつぶされれば、シリューであっても無事では済まないだろう。


「今、行きます!」


 戦鎚を握りしめ、崩れてゆく建物に向かって飛び込もうとするミリアムの腕を、ハーティアが掴掴んで止める。


「落ち着いて、ミリアム!」


「でもっ」


「シリューならっ、シリューなら絶対大丈夫!!」


 刹那。


 轟音と共に壁の一部が爆ぜ、白い影が飛び出した。


「ほら、ね」


 銀と紫の髪にも、その白い装備にも埃一つなく悠然と立つ姿に、ミリアムとハーティアはほっと安堵の溜息を零す。


 だがそれもつかの間、シリューは膝に手を置き苦しそうに息を荒げた。


「くっ、はあっはあっ……やっぱこれ、体力の消耗が、激しいな……」


「大丈夫ですか! シリューさんっ」


「シリュー、怪我はない?」


 今にも倒れこみそうな様子を見かねたミリアムとハーティアが駆け寄り、支えようと伸ばした手をシリューは軽く払いまっすぐに立った。


「大丈夫だ、何でもねえ。それより、お前らこそ怪我してねえだろうな」


「は、はい。みんな無事です」


 シリューが見渡すと、エリアスはちょこんと首を傾け、ドクは服に付いた埃を払い「この通り」と手の平を広げて見せた。


「お前らが無事なら問題ねえ」


 言葉は乱暴になっていても、皆を気遣うところは変わっていない。


 少々身構えていたミリアムだったが、そんなシリューの言葉に何となくふわりとした嬉しさが沸き上がり、思わず笑みが零れる。


「やっぱり、性格が変わってもシリューさんはシリューさん、ですね」


「はあ? 当たり前だろ。俺は何も変わってねえよ」


 シリューは仮面の下で眉をひそめた。


「自覚、なかったのね……」


「は?」


「気にしないで、こっちの話よ」


 ハーティアは口元を隠してころころと笑った。


「わけ分からねえな……まあいい、装備を解くからお前らちょっと離れろ」


 ミリアムとハーティアが少し離れるとシリューの体が光り、白の装備(紫)から通常の藍へと変わる。


「いつ見ても、便利な能力ね」


 シリューにとっては、すでに基本的と思える【換装】の機能も、この世界の住人からしてみれば特異な能力であることに違いはない。


 魔導士のほとんどは収納魔法マジックボックスを使えるが、せいぜい地面やテーブルに置く事ができるくらいで、相当に手慣れた者ですら直接手に出すのには神経を使う。


「まあ、俺のはマジックボックスじゃねえ……あ、いや、ないからな」


「ふふっ、そうだったわね」


 わざわざ言い直すあたり、いかにもシリューらしくてちょっと可笑しくなる。


「さあ、そろそろ戻ろう。あれこれ、面倒な報告もあるのじゃ」


 エリアスがシリュー脇に立ち、ぽんぽんと背中を叩いた。


 彼女としては肩を叩きたかったのだが、子供の背丈しかないエリアスには背伸びをしてもそれが精一杯だった。


「ご苦労じゃったなシリュー。そなたの事については色々と考える必要があるにしても、ひとまずは一件落着なのじゃ」


 一瞬だけ、エリアスの眼光が鋭くなった気がしたものの、シリューはあえてそれを無視した。


「じゃ、依頼も完遂ってことで。それから、ちょっとお願いがあるんですが」


「何じゃ? 大抵の事は聞いてやれると思うがの」


「報告があるって言いましたけど、俺の本当の名前は伏せておいてもらえますか」


「う、うむ……それは……」


 魔神に関するものは、全て三大王家およびエターナエル神教会に報告の義務がある。


 冒険者ギルドについてはエリアスが自身の目で見ているので、そちらは何とでもなるが、王家と神教会を相手に虚偽の報告は気が引ける。


「知らない事にすればいいでしょ? シリューの名前だけ出しとけば嘘にもならないし」


「うむ……仮にじゃ、もし明日見僚の名前を出したら……そなたどうする?」


 エリアスは国王ですら威圧するような気配を放ち、シリューをねめつけた。


 圧倒的で凍るように冷たい空気に、その場の全員が金縛りにあったように動けなくなる。


 シリューを除いて。


「逃げますよ、全力で。誰も追いかけてこられない場所まで、ね」


 エリアスの威圧など、どこ吹く風といった様子でシリューは涼し気に微笑んだ。


 これ以上の議論も質問も無駄だと悟ったエリアスは、ふっと緊張を解き深く息をした後で大げさな素振りで肩を竦めて見せた。


「そうじゃな。そなたに逃げられては1500年前と同じになってしまう。約束しよう、そなたの真の名はわらわの胸にしまっておこう。ジョシュアもそれで良いな?」


 何故かエリアスはドクにだけ同意を求めた。


「ええ、分かりました。親父には、俺から上手く言っておきますよ」


「親父?」


 話の筋が分からないシリューは、ドクに目を向け首を捻る。それはミリアムも同じだ。


 それに答えたのは、意外にもハーティアだった。


「ウィリアム・アイザック・アルフォロメイ三世。アルフォロメイ王国の現国王よ」


「えっ!?」


「ええぇぇぇ!!」


 まったく想定外の名前が飛び出したことに、シリューもミリアムも思わず声をあげる。


「じ、じゃあ、ドクって……王子、様……ふぇぇ」


 あれこれ無礼な事を言った覚えがある。


 ミリアムはその一つ一つを思い出しながら、怯えるように自分の肩を抱きしめた。


「ま、王子といっても、継承権第四位だから、あんまり気にしないでくれ。今まで通り、ジョシュア“ドク”スカーロックとして付き合ってくれるとありがたい」


「魔法陣魔法といい、ゴドルフィン系といい、ホント詐欺師みたいなやつだな、ドク」


「言ったろ? 俺は詩人だって」


 ドクが右手の拳を突き出す。


「詩はイマイチだけどな」


 シリューは自分の拳をドクの拳へひょいと合わせた。


「では、帰ろうかの」


 二人の様子を見届けたエリアスは、くるりと踵を返し封印の間のあった洞穴の出口へと歩き出しドクが後に続く。


「これで……終わったんですよね……」


 ミリアムは少し不安そうな顔でシリューに尋ねた。


「……どうかな……よく分からない。何かこの辺に引っかかってる感じなんだよな……」


 そう言ってシリューは自分の胸に手を添える。


「エリアス様も仰っていたわ。ひとまずは一件落着。後の事は、少し休んでから皆で考えましょう」


「うん、そうだな」


 エリアスに遅れながら、シリューたちも出口に向かった。


「それにしても、まぁたやっちゃいましたね、シリューさん?」


 意味深な笑みを浮かべ、ミリアムはシリューに流し目を送る。


「なんだよ、って」


「完全に壊しちゃったじゃないですか。封印の間」


「ちょっと待てっ。アレって俺のせいか?」


「はい」


「そうね、支柱もか破壊していたし。おそらくあれが崩壊の原因だわ」


 ハーティアは冷静に答えたが、その表情はどこか楽しそうだ。


「や、まあ、そうかも……」


 それ以外にも、壁や天井、床も激しく損傷させた覚えがある。


「レグノスのお城も、壊しちゃいましたしねぇ~」


「え? あれって、シリューだったの!?」


「違うっ、断然違うっ。あれやったのオルタンシアだろ。お前、何テキトー言ってんだミリアムっ」


「あはは、冗談ですっ」


 ミリアムは笑いながら逃げるように駆け出す。


 追いかけるシリューは、ハーティアが追い付いていないことに気付き振り返った。


「ハーティア?」


 立ち止まっているハーティアが、ふっと笑ったように見えた。


「ハーティア、大丈夫……」


 シリューが言い終わるの待たず、ハーティアは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る