【第254話】眠れ

「おらああああ!!」


 シリューは一直線に魔神へと突進する。


 が、思うほど速度が出ない。


「ちっ、スピードが落ちてやがる。ならっ!」


 踏み込む足に力を集中、クレーターのごとく床面を破壊し一気に間合いを詰める。


「くらえええええ!!!」


 全力を乗せた蹴りが魔神の心臓へ炸裂。


 大きく本体の歪んだ魔神の心臓から、血にも似た霧が飛び散る。


 だが痛みを感じないのか魔神の心臓は怯む様子を見せる事もなく、その血管を振るいシリューを弾き飛ばした。


 空中で身を翻したシリューは、部屋の支柱を爆裂させるほどのパワーで蹴り、その勢いを利用し一直線に心臓に体当たりする。


「まだまだああ!」


 殴りかかって来る相手の拳を片手で受け止め、腕の生え際を蹴り上げる。


 空気を震わせる破裂音と共に、心臓の腕が根元から弾け飛ぶ。


「まず一本!」


 シリューの動きを止めようと、4本の血管が両腕に絡みつく。


 シリューは心臓の上に飛び乗り、絡みつく血管を更に腕に絡ませた。


「甘いんだよ、間抜け野郎!!」


 足場代わりに心臓を蹴って飛び上がり、腕に絡んだ4本の血管を引きちぎる。


 床に投げ捨てられた部位は、粒子となり霞のように消えてゆく。


 復活したとはいえ、心臓だけでは魔神の能力を十分に発揮できないのだろう、ちぎられた後の傷は僅かながら回復しているようだが、再生速度は不死の魔獣に比べて著しく遅い。


「所詮、ハツはハツっ。主役にゃなれねえんだよ!!」


 愉快そうに大声をあげながら、シリューは次々と心臓から延びた血管をちぎっていく。



◇◇◇◇◇



「ど、どういう意味、でしょう?」


「さ、さあ……って、あれ……本当にシリュー、なの?」


 ミリアムもハーティアも、現状についてゆけずただ茫然とその光景を眺めていた。


「また……性格変わってますね……」


「変わり過ぎだと思うわ……あの白い装備って、気障になるんじゃなかったの……」


「その筈ですけど……何か、髪の色とかも変わって……訳が分かりません」


「それに、戦い方も……」


 作戦も戦術もなく、ただひたすら殴る蹴るの暴力的な攻撃のみで、そこにはいつものようなスマートさの欠片もない


「……ワイルド、ですね」


「百歩、いえ千歩くらい譲ってね……あれじゃあまるで、自我を忘れて暴れ回るバーサーカーだわ」


 ミリアムが困ったように眉をハの字にする。


「ちょっと……ヤです……」


「気が合うわね。私も、同意見よ」


 ミリアムとハーティアは、お互い納得したように顔を見合わせた。



◇◇◇◇◇



「ラストおおおお!!」


 シリューは最後に残った心臓の腕を肩に背負い、全力で放り投げるように引きちぎる。


 これで、魔神の心臓に攻撃手段はなくなった。


 だが。


 本体をどんなに殴りつけても蹴りつけても、血のような霧をぶちまけるだけで、さほどのダメージがあるように思えない。


「はあ、はあっ……まるでゴムボールだなっ、手ごたえが、全然ねえ……」


 パワーに特化しているせいか、それとも常に全力で動いているせいなのか、息があがり手足も重くなってきている。


 著しくスタミナを消耗しているようで、もう長くはもちそうにない。


「シリュー!」


 エリアスが叫んだ。


「おそらく、そ奴は根のような脚と上を向いた管からマナを吸い込んでいるようなのじゃ」


「吸い込む……ならっ」


 シリューは壊れた壁の瓦礫を両手で掴み、魔神の心臓へと飛び乗った。


「これでも、吸っとけ!」


 上を向いた上大静脈の吸入口に瓦礫を叩きこむ。


 マナの吸収を阻害された魔神の心臓が、体を大きくうねらせ苦しそうにもがく。


「苦しいかっ? すぐ楽にしてやるぜ!」


 素早く飛び降り、脚になっている下大静脈の真下へ。


「だああああああああああ!!」


 充分な気合のもと、渾身の力を込めて心臓を蹴り上げた。


 ドン!


 一発目。


 部屋中に轟音が響き、魔神の心臓が水ヨーヨーのように跳ね上がる。


「もう一発!」


 ドン!!


 二発目。


 木の根のよう埋まった脚の周りの床が大きくひび割れた。


 ドン!


 三発目。


 根を張る脚が床から引き剥がされて浮き上がる。


「ぶっ飛べええええええ!!!」


 凄まじい衝撃波を伴い完全に床から切り離された魔神の心臓が、激しく天井に叩きつけられた。


 断末魔の叫びとも聞こえる肉の裂ける音。


 壊れた天井の瓦礫とともに床に落ちた魔神の心臓は、潰れた水風船のようにひしゃげ、びくんびくんと痙攣を繰り返し、やがて完全にその動きを止めた。


シリューはゆっくりと息をつき、粒子となって消えてゆく魔神の心臓を見下ろした。


 そこにはもう先ほど魔神アスラの幻影がみせた、意志や意識のようなものは一切感じられなかった。


「……もう……眠れ……」


 最後に残った小さな欠片が消える瞬間、なぜかそんな言葉が無意識にシリューの口から零れた。


「換……装」


 大きく息を吸い込み、白の装備を解いて膝に手をおき体を支える。


 全力で200mを走った後そうなるように、息が苦しく立っているのもやっとの状態だった。


「シリューさんっ」


「シリューっ」


 ミリアムとハーティアが駆け寄り、シリューの背をそっと撫でる。


「大丈夫ですか、シリューさん」


 心配そうにのぞき込むミリアムの目をみつめ、シリューは顔を歪めそうになるのを堪え涼し気に微笑んだ。


 反対に顔を向けると、ハーティアもミリアムと同じような表情をしている。


「シリュー。痛い所は……無い?」


 いつもと違い神妙な面持ちのハーティアのその言い方に、シリューは何となくほっとする感覚を覚えた。


「ありがと……大丈夫……」


 肩で息をしながら、喘ぐようにシリューは答える。


「ヒスイ、ちょっと離れてみてくれないかな……」


「はい、なのです」


 胸のブローシェが光の粒子に変わり、その粒子が集まってヒスイの姿となる。


「ご主人様、ホントに平気、なのです?」


 胸を押さえるシリューを、ヒスイは泣き出しそうな顔で見つめた。


「……ああ。もう心臓の痛みも感じないし、息苦しさもないよ……。久しぶりに、スッキリした気分だ」


 なかなか息は整わないが、それでも身体は憑き物が落ちたように軽く感じる。


 ただ一つだけ、心の中に芽生えた複雑な思いが、蝋燭の炎のようにゆらゆらと揺れていた。


「お前は……本当に……」


 魔神の心臓が消えた瓦礫の山を、シリューは時間を忘れたようにいつまでも見つめ続ける。


「シリューさん……」


 シリューの視線の先を追ったミリアムはそっと目を閉じて首を振ると、シリューの向かいに身を寄せて、その頬を優しく手で包んだ。


「シリューさんと魔神の彼は別人です、決して同じじゃありません」


「そう……元は同じであったとしても、貴方と彼は、もう別々の人間よ。貴方は魔神に取り込まれたりしない。私たちが決してさせない」


 ハーティアがシリューの手を取り、強い意志を感じさせる声で囁いた。


「だから……」


「ですから……」


「「心配しないで」」



〝心配しないで、僚ちゃん。私は、私たちは、ここにいるから〟



 二人の声が重なったほんの一瞬のこと。


 シリューの目に、懐かしい最愛の声と柔らかに微笑む美亜の姿が浮かんだ。


「……美、亜……」


 手を伸ばそうとした矢先、美亜の姿はきらきらと輝く五つの星に分かれ、一つはミリアムへ、一つはハーティアの中へ、そして残りの3つはそれぞれ違う方向へと飛び去り消えた。


「何だ……今の……?」


 寄り添うミリアムとハーティアの二人から、美亜と同じ優しい匂いがしたように感じた。


 その懐かしさと安心感に浸る間もなく。


「不味いのじゃ! 崩れるぞ!!」


 ミシミシと不穏な音が響き、エリアスが叫んだ。


「みんな走れ!!」


 ドクの声を合図にしたかのように天井が崩壊し始め、シリューたちは出口を目指し駆け出した。

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