【第253話】千古不易

「俺の魔法も、消えた?」


 魔神の心臓が放った火炎弾の時と、まったく同じ現象が起こっている。


「もしかして……ホーミングアロー! レイ!!」


 ミサイルのように追尾する鏃も、光魔法のレーザーも、相手に届くことなく消失した。


「やっぱり、何かに相殺されてるみたいだ」


 ミリアムたちの魔法はさほど効いている様子はなくとも、確実に魔神の心臓を捉えている。


「ヤツが言ったことがホントなら……自分を自分の魔法で傷つけたりできないってことか……くそっ」


 攻撃手段が減ったのはシリューも同じだった。



【お互いのギフトが干渉しています】



「ギフト!? ヤツにもギフトがっ?」


 魔神の心臓からは、さっきのような意識も意志も感じられない。


 動物の持つ本能とも違う。


 最も的確なのは、プログラム通りに行動するロボットだろうか。


 驚いたのは心臓だけになってもギフトが残っていることと、意志がなくても自動的に発動しているらしいことだ。


「ヤツのギフトも、俺と同じ『生々流転』なのかっ?」



【違います。彼のギフトは『千古不易』。『生々流転』とは対極にあるものです】



「つまり、永久に変化しないもの、か……」



【現在取得可能な情報から『千古不易』の具体的な能力を推察する事はできません】



「まあ、それは追々……。とにかく、お互い魔法が無効ならあとは……」


 シリューは剣をもつ手にぐっと力を込め、迫ってくる魔神の腕を睨んだ。


 スピードはシリューとほぼ互角、二本の腕の猛攻を辛うじて躱す。


 的を失った腕は、シリューの背後の壁をまるでガラスのように打ち砕く。


 パワーは圧倒的に上だ。


「あれ、まともに喰らったら完全アウトだな……」


 相手の左側に駆け込みシリューは剣を振りぬく。


 だが、一本の血管に阻まれ、本体を斬りつけることができない。


 更に二本の血管がシリューの腹を突き破ろうと迫る。


「チッ!」


 体勢を崩しながらも後ろへジャンプし、辛うじて血管を躱す。


 追い打ちを掛けるように七本の血管が、牙をむく毒蛇のように襲いかかる。


「我が力に呼び起されし清浄なる飛泉よ、連なる者を守り万物を退ける壁となれ! シリューさんっ! キャスケードウォール!!」


 ミリアムの魔法が、シリューと血管の間に激流が立ち昇った。


 四重に張られた激流の壁も血管の勢いを止めることはできず、その軌道を僅かに上へ変えただけだったが、シリューにはそれで十分だ。


「サンキュー、ミリアム!」


 血管を躱し、心臓の背後へ。


 意図を察したエリアスとドクが目で合図を送る。


「地のことわりよ、来たれ」


 ドクが剣の切っ先で印を結ぶ。


「「メタル・エクレール!!」」


 銀に輝く八つの刃が、無防備な魔神の側面へと突き刺さる。


 一瞬、血管の動きが止まった。


 その一瞬の隙を衝き、シリューは心臓の背後へ剣を一閃。


 全力で振るった剣だが、僅かに傷を残すのが精一杯だった。


「くっ」


 シリューは一旦距離を置く。


「荒れ狂う氷の龍よ、我が行く手を阻む者をその牢獄に捉え、数多の汚濁を破滅へと導く咆哮をあげよ。インビエルノ・クェアーダ!」


 ミリアムの放った氷結の上位魔法が、魔神の心臓の表面を凍らせる。


「波状する無数の火種よ、霧中へと誘い早暁に瞬く風となり猛威を振るえ! デトネーション!!」


 すかさずハーティアが高熱の爆炎を放つ。


 刹那。


 怯んだように見えた心臓に突進し、シリューが剣を突き立てる。


 だが、速度の乗った突きも切っ先が僅かにめり込んだだけで、致命傷には程遠いものだった。


「柔らかく見えるのに、異常に耐性が高いっ」


 万物を凍結させる、アブソリュート・ゼロなら破壊もできるかもしれないが、魔神にはシリューの魔法が使えない。


「くそっ。魔法もダメ、剣もダメなら、どうすれば……何か倒す方法をっ」


 ここにきてようやく脅威だと判断したのか、血管の数本がミリアムとハーティア、ドクとエリアスへと牙をむく。


「皆、距離を取れ!」


 剣に優れたドクだけではなく、エリアスは魔法以外武術にも精通しているのだろう、巧な錫杖術で襲い来る血管を躱す。


 いかに早いとはいえ、距離が遠ければギリギリで避けることができる。もちろん、それなりの技術があってこそだが。


 ただ、ハーティアは護身用の体術を習っただけで、今まで実戦での経験がなかった。


「エトワール・フィラントぉぉ!!」


 ハーティアを庇うため、ミリアムは突進しその鎚術で無数の流星を生み出し、迫りくる血管を弾いてゆく。


「下がれ! ミリアム!!」


 ぽつんと突出してしまったミリアムに、今度は三本まとまった血管が横薙ぎに迫る。


 辛うじて一撃目を躱したミリアムだったが、体勢を大きく崩してしまう。


 そこへ、一瞬で反転した血管が再度ミリアムを襲う。


「ミリアムっ、ユニヴェールリフレクション!」


 ミリアムの前に理力の盾を展開する刹那、心臓の腕が衝撃波を纏いシリューを捉える。


 シリューは咄嗟にジャンプして身体を捻り心臓の拳に足を合わせ、その勢いを自身のスピードに乗せてミリアムの元へと飛んだ。


 理力の盾が破壊され、血管がミリアムを叩き潰そうとする直前。


 シリューはその間に割って入りミリアムを抱いて反転、強烈すぎる一撃をその背中に受け、弾き飛ばされながらもミリアムを庇い壁に激突した。


「ぐっっ」


 壁は大きく崩れ、白の装備でもその衝撃に耐えられなかった。


 血を吐き、倒れるシリュー。


「シリューさんっ!」


「離れ、ろ……来る、ぞ……」


「で、でもっ。せめて治癒魔法を……」


 負傷したシリューは格好の餌食だ。


 元々、魔神の目標はシリューただ一人なのだ。


「ばかっ、行けっ!」


 シリューは残る精一杯の力でミリアムを放り投げた。


「ユニヴェール……リフレクションっ」


 魔力ではなく理力を使う盾は、相殺されることなくしシリューを守る。


 シリューは盾を固定せず本来の使い方、翔駆の足場として利用し盾と共に飛ぶ。


 一か所に留まって集中攻撃を喰らうより、動き回って敵をかく乱する方がいい。


 ここはもう体力との勝負だ。


「ヒールっ」


 何度も弾かれ飛びながら、シリューは治癒魔法を掛ける。


 幸い自分自身に掛ける魔法は消えないようだ。


「思考加速っ」


 シリューを含め、周りの動きがすべてスローモーションになる。


「魔法も剣もダメなら後は……力で押すしかない、か……」


 ただし、スピードは互角でもパワーには相当の開きがある。


「今のままじゃ……それも無理だよな……」


 その時。



【ギフト『生々流転』発動。白の装備とのリンクを確立します。リンクが確立しました。白の装備を媒介し、特定の能力を超強化できます】



「え? 何だそれ……って、もしかして、例えば俺の能力をパワーに全振りできる、とか?」



【力に特化する、が正しい表現です。が、概ね間違いではありません。能力をパワーに特化しますか? (YES/NO)】



「YESだっ、大至急で頼む!」


 何度目かの襲撃を受けたシリューは、思考加速の中ゆっくりと迫る壁を見つめる。



【白の装備とのリンクにより、能力パラメータをパワーに特化します。白の装備及び自身の外見が変化します】



「え? いや待って。俺自身の外見が変化って、どうゆうこと? えっ、ええっ!?」


 思考加速が解除され、シリューは凄まじい勢いで壁に激突した。


 部屋中に衝撃が走り、地震のような揺れが起こる。


「シリューさん!!」


「シリュー!!」


 ミリアムとハーティアの悲痛な叫びが響く。


 いくらシリューでも、あの衝撃に耐えられるとは思えなかった。


 もうもうと立ち込める灰塵の中、白い影が瓦礫を弾き飛ばし立ち上がった。


 長い銀の髪は短く紫のグラデーションが入り、毛先は無造作に跳ねている。


 白の装備にも変化が見え、白基調に細い碧のラインと金糸縁取りだったものが、紫のやや太めのラインに変わり、金糸部分も派手になった。


「やってくれたなぁこのハツ野郎。こっからが本当の勝負だ。行っくぜぇぇぇぇ!!!」


 不敵に笑ったシリュー。


 性格まで変化していた。


 

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