【第251話】分かち合う記憶

《 待っていたぞ、この時を 》



 その声は直接頭の中に響いた。



「だ、だれ、だ……」



《 我はお前、お前は我 》



 それは、空中に浮かぶ魔神の心臓から発せられた声なき声。

「お前なんか、知らな、い」



《 分かっている筈だ。別れし我が半身である者よ 》



「知る、か……お前とは、何の、関係もな、い……」



《 今は知らずともよい、その時がきたのだ。お前は我と一つに戻る。世界への復讐の始まりだ 》



「じ、冗談じゃ、ない……誰が、復讐なんか……」


 シリューは痛みで霞む意識の中、それでもはっきりと謎の声を一蹴した。


「させないわ!」


「ええ! シリューさんを魔神なんかにさせません!!」


 ミリアムは背中から、ハーティアは正面から。二人は強くしがみつくようにシリューを抱きしめる。



《 無駄、と言った筈だ 》



「無駄じゃ、ありませんっ。シリューさんの痛みと苦しみをっ……」


「そうね。何分の一でも和らげられるならっ」



《 これでもか? 》



 声と同時に、ミリアムの生成した聖域が弾け飛んだ。


「うっ」


「くぅっ」


 シリューと魔神アスラとの繋がりは切れる様子もなく、ミリアムとハーティアは苦痛に顔を歪める。


「ミリアム、ハーティア……いい、から、離れろ……俺は、大丈夫、だ」


「や、です。全然、大丈夫じゃ、ないです……」


「却下、よ。そんな選択肢はない、わ」


 ミリアムとハーティアは、苦痛に抗いシリューを抱く腕に力をこめた。



《 愚かな。貴様たちの茶番など、何の抵抗にもならぬ 》



「ひとの想いを揶揄する口は閉じさせないとな。捕らえよ! 拘束の鎖、魔法陣発動!!」


 ドクが左手に持った詩集を開き、魔力を注ぐ。


 床から魔力の鎖が伸び、空中の心臓に絡みついた。


 だが、一瞬のうちにその鎖はバラバラに砕け、光の粒子となって消える。


「雷よ来たれ! サンダーボルト!」


 エリアスの放った雷の上位魔法も、魔神の心臓に直撃したにもかかわらず、僅かな傷を付ける事もかなわずに消失した。


「な、何だってっ。魔法も魔法陣もまったく効果がないのかっ」


「この部屋のせいかもしれん、魔力が抑制されておるのじゃ」


「じゃあ、効くまで何度でもっ……」



《 目障りだ、小蝿ども 》



「ぐっ」


「はぅっ」


 衝撃波がドクとエリアスを襲い、吹き飛ばされた二人は壁に叩きつけられる。


「もういい、皆逃げろ……後は俺が、刺し違えてもヤツをたお、す……」


 二人を払いのけようとしたシリューの手を、ミリアムとハーティアががっしりと掴む。


「何度も同じことを言わせないでっ。バカなの、シリュー……」


「シリューさん、やっぱり、アホの子、です」




〝もうっ。僚ちゃんってホント馬鹿なんだからっ〟



 それは不意に、ミリアムとハーティアの脳裏に浮かんだ。



「オーバーワークだよっ。なんでいつもいつもこんな無茶するのっ」


 一人の少女が、少し怒った顔で少年を見つめていた。


 いや、見つめていたのはミリアムとハーティアの二人。


「だってさ、しょうがないだろ。才能ないんだから、人の三倍も四倍も練習しなきゃ、追い付けないんだよ」


 少年はベッドに腰掛け、包帯を巻かれた右の足首をさすりながら、そっと少女から目を逸らす。


「だからってっ、怪我しちゃ元も子もないでしょっ!」


 声はその少女のものだが、言葉はミリアムとハーティアが同時に発したものだった。


 俯瞰的に見ていたものが、いつの間にか少女の視点になっていたのだ。


 それはまるで、少女の中に入り込んでしまったような、もしくは少女自身になった感覚。


「ま、まあ、そうだけど……でも」


「でも、じゃありません! アホの子なの僚ちゃんっ」


 少年は何も答えられず、顔をそむけたまま押し黙ってしまう。


「しょうがないなぁ」


 少女はそっと、少年の足首にてを添える。


「痛いの痛いの、飛んでけ~」


 声と同時に、手のひらを天井へ向けた。


「ちょっとは楽になった?」


 ちょこんと首を傾けてウィンクする少女に、少年は少し戸惑い眉をひそめる。


「子どもか……」


「うるさい。子どもみたいな僚ちゃんには、ちょうどいいでしょっ」


 少しむくれた少女の表情がふっと曇る。


「これくらいしか……私にはしてあげられないし……」


「美亜……」


「練習、しばらくは休まなきゃだね僚ちゃん……私が代わってあげられれば、いいんだけど……」


「いや、ごめん……今度から、あんまり無理しない……」


「三倍四倍はダメだよ。せめて二倍、ね」


 少女は二本の指を立てた手を少年の顔の前に突き出す。


「うん、分かった」





「今のは……」


「美亜……さん……?」


 それはミリアムとハーティアが、二人同時にみた夢。


 ほんの一瞬であった筈にもかかわらず、長く、そしてどこか懐かしい安らぎを呼び覚ます不思議な夢。


 だが、夢というには余りにも現実的な実感があった。


「ハーティア」


「ミリアム」


 ミリアムとハーティアはお互いを見つめ、決意を示すように大きく頷いた。


「少しだけ、分かった気がします!」


「ええ。理屈は分からないけれど、私たちはきっと繋がっているわ!」


 その時。


 ハーティアとミリアムの躰が輝き、星をちりばめた光のリングが出現した。


 二人の周りを回転する紫と黄色のリングは、やがて大きさを増しシリューと二人を守るように包む。



《 その光……まさか貴様たち……あの裏切り者の魂を宿す転生者か…… 》



「そんなコトは知りません!!」


「でも、あんたの思い通りには、いかないわ!!!」



《 たった二人。分割された力で、我らの融合を止める事はかなわぬ 》



〝二人ではありません!〟



何処からともなく澄み渡るような声が響いたその直後、緑に光る三つ目のリングが現れ、ミリアムとハーティアのリングに重なる。


《これは……そうか、星と繋がる力……またしても我を拒否するか、裏切り者よ 》



〝貴方を救う為なら、何度でも〟



「誰?」


「貴女は誰ですかっ? 何処からはなしてるの」


 その声は、何度もシリューに語り掛けていた声。


 ただ今回は、ミリアムとハーティアだけにしか聞こえいなかった。



〝わたくしはアリエル。詳しい説明をしている時間も、この状態を長く維持する力も今のわたくしにはありません。運命の乙女たちよ、わたくしに力を貸してください〟



「運命の……えっと、どうやって?」


「何でもいいわっ、方法を教えてっ」



〝強く願って。重なる想いの強さが力になるのです〟



「良く分からないけど、分かりました!」


「とにかく、シリューを助けたいって思えばいいのね」



〝そうです〟



 ハーティがシリューの左手をとり、背後にいたミリアムがシリューの右に寄り添い、同じように右手を握る。


「シリューさんっ! 魔神なんかに取り込まれちゃダメ、です!!」


「貴方は英雄よシリュー!! 悪役ヒールなんて、似合わないわ!!!」


「……ちゃん!」



 三人の声と想いが重なった時。


 三色のひかりのリングが、ひと際強く輝いた。



《くっ、なんだこの光の強さはっ。我らの、繋がりが……》



 バチッ!


 電気がショートしたような音が響いて、シリューと魔神の心臓との繋がりが切れた。


「やったの! ミリちゃんハーちゃん、アリエル様! ご主人様、もう大丈夫なの!!」


「まったく、意外に世話が焼けるわ」


「シリューさん、わりと子どもっぽいトコ、ありますもん」


 安堵と憔悴の表情で二人は笑った。


「悪かったな、ガキのうえに世話が焼けて」


 シリューはミリアムとハーティアの手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


 痛みが全てなくなった訳ではない。


 だが、戦えないというほどでもない。


「換装」


 シリューの身体を眩い光が包み、一瞬で白の装備に変わる。


「いろいろやってくれたお礼をしなきゃな……選ばせてやる。握り潰されるのと切り刻まれるのと、どっちがいい? それとも、素焼きにでもするか?」


 シリューは剣を抜き放ち、魔神の心臓へ切っ先を向けた。


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