【第250話】守るもの壊すもの
赤い壁が消えた瞬間、シリューの目が捕らえたもの
祭壇近くに立つヴィオラの後姿と、その足元に蹲るハーティア。
〝私は、優先すべき命を選択します。時には守るべき誰かの命を、そして時には私自身の命を〟
ヴィオラは既に、ハーティアに剣を突き立てようとしている。
だがシリューの位置からは死角になり、ヴィオラの腕や剣を狙うことができない。
確実にハーティアを救う方法。
〝貴方の力は、望むものを守れる。身近な人、大切な人、それから貴方が守りたいと思った全ての人を。でも、貴方の甘えは、その守るべき人をいつか殺す〟
このまま手を拱いていては、ハーティアは助けられない。
守るべき命と捨てるべき命。
純然たる答えは、常にそこに在る。
もう迷わない。
「ガトリング!!」
三発の弾丸がヴィオラの張った理力の盾を破壊し、更に二発がその背中を貫く。
「ぐはっっ」
心臓こそ外れたがヴィオラは繰り人形のように崩れ、その場に膝をついた。
その間、ハーティアは身体を回転させて、ヴィオラの手を離れ落ちてくる剣を避ける。
決断から実行までは一瞬。
シリューはヴィオラに致命傷を与えた。
ハーティアを守るため、戸惑うことなくヴィオラの命を奪う選択。
「まさ……か……」
膝をついたヴィオラは信じられないという目で、血の吹き出す胸を押さえる。
魔法陣を突破される事は想定内だった。だが今まで得た情報から、シリュー・アスカが人を殺せるとは思っていなかったのだ。
「もう少し……だったのに……」
左手で胸を押さえよろよろと祭壇へ近づくヴィオラは、縋るように右手を伸ばした。
「魔神アスラ・シュレーシュタよ……我が命を……糧、と……」
自分の命を生贄に望んだヴィオラだっだが、伸ばした手が祭壇のオーブに届く事はなく、力尽きてその場に倒れ伏す。
ハーティアは祭壇に付いた血痕と、倒れて痙攣するヴィオラを見つめた後、ゆっくりと歩いてくるシリューに目を向ける。
「大丈夫か、ハーティア」
その声と表情には、少しの動揺も見られなかった。
「あ、あの……ごめんなさい……貴方に、人を……」
「気にするな、来るべき時が来たってだけさ」
シリューはいつものように涼し気に微笑む。
「シリュー……」
罪悪感からなのか、眉根を寄せて今にも泣きだしそうなハーティアの顔を、あえて見ないようにシリューは背を向けた。
「自分で立てるだろ? ああ、そうだ。魔剣、忘れるトコだった。これはクリスさんに返さなきゃな」
床に転がった魔剣と鞘を拾い上げ、ガイアストレージに収納する。
「さて、と。後はコイツを始末するだけか……」
シリューは祭壇のオーブに向けて手をかざした。
「光魔法で完全に浄化するのが無難かな……。セイクリッド・リュミエール!」
だが、何の反応もなく魔法が発動しない。
「何だ? どうしてっ」
【この部屋の床、壁、天井全てに魔法処理がなされています。入り口から離れているため魔力を供給する事ができません】
いきなり聞こえたセクレタリー・インターフェイスの警告だが、その中に驚く情報が含まれていた。
「ちょっ、魔力の供給ってなんだ!?」
魔力の無い自分が、なぜ魔法を使えるのか。あまり考えた事はなかったが、唐突にその答えが示されたのだ。
【空気中のエーテルを直接魔力に変換し供給します。その量は無制限です】
「……だから、魔力切れを起こさずに魔法を使えるのか……って、何で今頃解説なんだよ!」
【聞かれませんでした】
言われてみれば、その事をセクレタリー・インターフェイスに質問した記憶は無い。
「ま、いっか。それより、魔法がダメなら……」
「破壊するのは危険じゃな」
エリアスの声に、シリューは振り上げた剣を降ろした。
「オーブに封印された魔神の心臓がどんな状態か分からん。この状況で破壊すれば復活させてしまうかもしれん」
「そっか……確かに」
シリューは剣を鞘に納める。
「それなら解決策を見つけるまで、俺のガイアストレージにしまっとくか」
「ガイアストレージ? 聞き慣れん言葉じゃな」
「まあ、広告は出してないからね。簡単にいうと、別の時空にある収納空間で時間経過がないんだ。だから、オーブも今の状態のまま一切かわることもなく保管できる」
エリアスは訝し気に首を傾げる。
「そんなものが……如何にそなたの言葉とはいえ、にわかには信じられんの……」
「まあ、当然かな。疑似空間に収納するマジックボックスとは、根本的に違うから。あ、そうだ」
シリューは思い出したようにティーポットとカップを取り出し、エリアスにカップを手渡す。
「ん? 何じゃ……紅茶?」
紅茶を注がれたカップからは、淹れたての香りと湯気が漂う。
「三日前に入れたやつだけど、飲むのを忘れてたんだ」
「三日前……じゃと?」
エリアスはカップをじっと見つめ、おそるおそる口に運ぶ。
熱さ、味、色、香り。どれをとっても間違いなく淹れたての紅茶だ。
たとえシリューの言う事が嘘だってとしても、まじかに淹れる時間の余裕はなかった。
エリアスと出くわす前に淹れたとしても、ただの金属製のポットでは保温もきかない。
「本当の話しなのじゃな……」
これには二千年生きてきたエリアスにも、驚愕の思いを隠せなかった。
「驚いた……此処の設備やオーブよりも遥かに強力な封印ではないか!?」
「ま、俺が生きてる間だけだから、そうとも言い切れないけど」
ガイアストレージに納めるために、シリューが祭壇のオーブに手を振れる。
その瞬間。
「がはぁあああっっ!!」
シリューは心臓を抉られるような激しい痛みに襲われ、絶叫をあげた。
「シリュー!」
すぐ傍にいて異変を感じたハーティアが、シリューの腕をとりオーブから引き剥がす。
「ぐっうっううう……」
それでもシリューの苦痛は終わる様子がない。
「どうしたのじゃ!? シリューっ」
「シリュー!」
エリアスとドクは、シリューを気にかけながらも剣を抜き、左右に分かれて周囲を警戒する。
「シリューさんっ、大丈夫ですか! 私にもたれて、横になってっ」
ミリアムはシリューの背中を支え、ゆっくりと床に座らせた。
「閑(しず)やかなる癒しの光、此処に集い、苛む苦しみを鎮めたまえ。アミーナフェノール!」
だが、ミリアムの掛けた鎮痛魔法でも、シリューの痛みを和らげることはできなかった。
気を失うことも、悶えることもできずに苦しみ続けるシリューの姿を、その背を支えながら見守る事しかできないミリアムの瞳に、大粒の涙が溢れる。
「何かおかしいわっ。見てっ、オーブがっ」
ハーティアが指差す先のオーブが、まるで心臓そのもののような鼓動を繰り返していた。
いや、すでにその音さえ、全員の耳に届いている。
「まさか、魔神の心臓が復活するの!? どうしてっ」
「ご主人様とオーブとが何かで繋がってるのっ。魔力でも、生命力でもないの。何かが繋がっていて、ご主人様から流れ出してるのっ。ヒスイには、うくっ……止められない、の……助けて、なの、ミリちゃん、ハーちゃん……」
「「任せて!!」」
二人が同時に応える。
ハーティアはオーブからシリューを守るように抱きしめる。
「あまねく聖浄なる福音、清らかな天の鐘を鳴らし、この穢れし大地に安らかな光をもたらし賜え、
ミリアムの聖魔法の光が、三人を囲み込むように降り注ぐ。
《 無駄だ…… 》
頭を殴られたような声が響き、オーブが粉々に砕け散った。
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