【第248話】絶対に
エリアスの指さした先に現れた、3mを超えるストーンゴーレムの目が赤く光り、胴体から無数の石片がブリザードのように撃ち出される。
避け切れない。
「ユニヴェール・リフレクション!」
シリューが叫び、4人の前に理力の盾が展開しすべての石片を砕く。
「なんでこんな物がここに!?」
「この洞穴を守るガーディアンでしょうか?」
戦闘体勢のシリューに並び、ミリアムが戦鎚を構える。
「いや、あんな物があるとは聞いておらんのじゃ」
地響きを立ててゴーレムが走り出す。
意外に動きは素早い。
「避けろ!」
振り下ろされたゴーレムの腕が、寸前まで皆がいた岩の地面を砕く。
「たぶん、生成の魔法陣を使ったんだ!」
ドクがゴーレムの左に回り込みながら叫ぶ。
生成の魔法陣を地面に描くことによって、その地質に合わせたゴーレムを作り出す。
ただし、これほどの大きさと速さを持ったゴーレムの生成には、複雑な図式の魔法陣は必要なはずで、ヴィオラにその時間があったとは思えない。
「予め魔法陣を描いた魔法紙をつかったのじゃな……いろいろと、用意周到な奴じゃのう」
エリアスがシリューの背後で肩を竦めた。
「関心してる場合じゃないでしょっ」
「おう、そうじゃったな。では……」
左の人差し指をぴんと立てて、エリアスの魔力が高まる。
「炎よ爆ぜろ……
ゴーレムの頭が炸裂した爆炎に包まれる。
「え? 今の魔法って……」
呪文よりもイメージに重きを置く魔法体系。
第一名である呼名をエリアス。
第二名の真名をバイアリー。
彼女こそバイアリー系の始祖、エリアス・バイアリーその人である。
「少しは見直したか? シリュー」
「まあね、ただのロリババエルフじゃなかったんだ」
「ははは、相変わらず口が悪いのう」
お互い軽口を交わし、シリューはゴーレムへ向かって突進し、エリアスは下がって距離を取る。
「はああああ!!」
突き出されたゴーレムの右腕を全力で迎え撃つミリアムだったが、完全に力負けして戦鎚を弾かれる。
「きゃんっっ」
辛うじて受け身は取ったものの、大きく飛ばされてしまった。
「風よ……」
ドクが指揮棒のように剣を振り、印を結ぶ。
「シレンツィオ・ラファール!」
渦巻く風刃がストーンゴーレムを包む。
だが、表面を削った程度でまったくダメージを与えられない。
「やっぱり、風系じゃダメか……土系は論外だし、さてどうするかな」
「皆、下がれ!!」
全力で踏み込んだシリューの蹴りが、ゴーレムを揺るがす。
「でもっ、シリューさんっ……」
立ち上がったミリアムは、納得のいかない表情でシリューを見つめる。
「この先、何があるか分からないんだっ。みんな出来るだけ魔力と体力を温存しておいてくれ!」
ヒスイの力に守られているとはいえ、不安が完全に消えた訳ではない。
「一気にカタをつける! くらえっアンチマテリエルキャノン!!」
怒涛のように撃ち出された砲弾が、ストーンゴーレムの胴体を破壊した。
バラバラに砕け散ったゴーレムを横目に、シリューは先へと向かおうとする。
だが。
「まだだっシリュー! 気を抜くな!!」
ドクの声が響く。
「っ!?」
瓦礫に帰したはずのゴーレムが、シリューの目の前でみるみるうちに元の姿を取り戻す。
「体のどこかに魔法陣があるはずだっ。それを破壊しない限り、何度でも復活するぞ!」
「ここは龍脈も近い。魔力の供給も無尽蔵なのじゃっ」
ストーンゴーレムの生成魔法陣は、術者の魔力により発動した後、龍脈から直接魔力を吸収して姿を成し活動する。
「分かった!」
【
シリューの視界に光る緑のラインが表示され、ストーンゴーレムの頭から足まで地面と平行に移動する。
魔法陣を示す赤い矢印が、ゴーレムの頭と首を繋ぐ丁度根本で点滅した。
「そこか!」
剣を抜き、爆ぜるほどの力で地を蹴る。
「うおおおお!!」
空中へ飛び思い切り振りぬいた剣が、ゴーレムの首を切断すると同時に根本から折れた。
構わず翔駆を使い、斬り飛ばした首を蹴り上げる。
「地面に着かなきゃ、再生できないだろっ! アンチマテリエルキャノン!!」
一発目が首の残骸を砕き、二発目が顔面を破壊。露出した魔法陣を三発目の砲弾が貫いた。
残った胴体ががらがらと音を立てて崩れ、やがて砂へと変わる。
「ん……?」
〝ご主人様、どうかしたの、です?〟
「いや、何となく違和感があるっていうか……さっきもだけど、何か魔法の威力が低いような気がして……」
ストーンゴーレムの胴体を砕くのに、いつもより多い砲弾を撃ち込まなければならなかった。
首を破壊した時もそう。
ただ、ストーンゴーレムが今までの敵よりも強固だったとも考えられるし、単純に比べても意味は無いのかもしれない。
〝この場所に漂う、嫌な魔力の波動のせいかも、です。ご主人様、気を付けてなの、です〟
「そっか……そうだね、気を付けるよ」
その元凶が、この先にある魔神の心臓であるのはもうはっきりしている。
そしてそれはシリューと、いや明日見僚としての自分と切り離せない何かがあるはずだ。
その繋がりが何なのか、漠然とした不安は拭えない。
だが、シリューにはやるべき事がある。
「先へ進もう! ハーティアが待ってる!」
◇◇◇◇◇
「これが……魔神の心臓を収めた封印……」
ヴィオラは洞穴を進んだ最奥に造られた祭壇の前で、やや興奮気味に呟いた。
壁も床も天井さえも白一色に塗られた封印の間と呼ばれるその部屋には、三角形に並んだ三本の柱がある以外に何の装飾もなく、講堂のように広い空間には、地下ということも相まって寒々しい空気に満たされている。
「何故これだけの空間を作る必要があったのか……興味は尽きませんが、それはあとですね……」
白い壁には魔法処理が為されていて、魔力と瘴気がこの部屋から漏れることも、侵入することも防いでいる。
ただ、広さに関してはヴィオラにも知識は無く、これを作ったタンストールのみがその意味を知っているのだろう。
ヴィオラは魔剣を抜き、鞘を投げ棄てる。
鞘が床を転がる乾いた音が響き、手足を拘束され気を失っていたハーティアが目を覚ました。
「何を……する気」
「あらぁ、目が覚めたのティア〜。眠っていればぁ、苦しむ事もなかったのにぃ」
ヴィオラの目的が何なのか、何故自分が拘束されてここに連れてこられたのか、おおよその見当はついている。
「ティアにはぁ、魔神様の心臓を復活させるためのぉ、生贄になってもらうのぉ」
間延びした喋り方に苛ついていた、シリューの気持ちが今なら分かる気がする。
「無駄よヴィオラ。もうお前に勝ち目は無いわ」
ハーティアは何の気負いもなく、それがごく当たり前のことのように語った。
「そうねぇ〜、それも面白いかも」
ヴィオラは意に介せず、魔剣を祭壇に向ける。
祭壇といっても部屋と同じで何の装飾も無く、ただ石の台座に人の頭大の青いオーブが納められているだけの単純なものだ。
魔剣の切先をオーブに当てて、ヴィオラは両手で握った剣の柄の下半分を、かちゃりと90度回した。
瘴気を充填させた魔剣の黒い刀身が、徐々に銀色へと変わる。
同時に、青かったオーブは真っ赤な血の色へと染まってゆく。
「ごらんなさい。瘴気を喰らって、オーブが歓喜に震えていますよ」
気持ちが悪くなるほどに赤くなったオーブが、ヴィオラの言った通り細かく振動を始めた。
更に、気のせいではなく、背筋が冷たくなるような悪寒がハーティアを襲う。
「うっ、く……」
こみ上げてくる恐怖心に耐えられず、ハーティアは苦悶の声を漏らす。
「やはり……少々瘴気が足りませんか……」
「残念、だったわね……」
ハーティアは躰の震えを抑えつつ、目に渾身の力を込めてヴィオラを睨みつける。
「いえいえ、そうでもありません。ほら、見えませんかティア? あなたの心の恐怖を、オーブが啜っているのですよ?」
「な!?」
「人の恐怖心は素晴らしい瘴気を生みますからね、足りない分を補充するには十分だと思いますよ」
くすくすと笑うヴィオラを見上げ、ハーティアは湧き水のように溢れてくる恐怖心を必死で抑え込もうと、歯を食いしばる。
死への恐怖。
病魔への恐怖。
父から見捨てられる恐怖。
得体の知れない何者かに感情が支配され、もはや心を自分でコントロールすることもできず、光彩の消えた瞳からは涙が溢れる。
「なかなか良い表情ですねぇ」
苦痛に歪むハーティアの顔を、満足そうにヴィオラが見下ろす。
「もうそろそろ、かしらぁ~」
頭上に振り上げられた剣を目にしても、手足を拘束されたハーティアに成す術は無かった。
できる事といえば、その瞬間を見ないように目を逸らす事。
そして、たった一つの奇跡を願う事。
「できるだけ、ながぁ~く苦しんでねぇ」
楽し気に薄ら笑いを浮かべるヴィオラが、手にした剣を振り下ろそうとしたその時。
ドオオオオォォォォン!!!
耳を劈く爆音が響き、閉ざされていた入口の扉が吹き飛んだ。
「……やれやれ……あなたはいつになったらドアの開け方を覚えるんでしょうねぇ?」
「あんた相手にはこれで十分さ、ヴィオラ」
絶対に助ける。
その誓い通り、シリューはここに来た。
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