【第247話】迷宮突破!

 エリアスが先導して向かった先は、学院の中央棟1階にある立ち入り禁止の扉。


 この扉には魔法による封印はされていないが、数種の仕掛けと巧妙にカモフラージュされた壁とが一体となり、扉の存在を知らない者が見つけることはできない。


「この先じゃ……」


 エリアスは仕掛けを操作して扉を開き、奥へと進んで行く。


 薄暗い階段を下りた地下三階の回廊には、まったく同じデザインの扉がいくつも並んだ廊下が続いていた。


 それだけでも迷いそうになるが、各所に多数配置された鏡は角度をずらしているのか正面に立ったつもりでも姿が映らず、不用意に進んでしまうと自分がどの方向から来たのかさえ分からなくなりそうだった。


 回廊の手前で立ち止まったエリアスの隣に並び、シリューは腕組みして首を振った。


「迷路って、苦手なんだよな……」


 PPIスコープの輝点は、この回廊の中心と思われる部分を大まかに示しているだけで、迷路の行程ははっきりとしない。


 ここで頼りになるのは、封印の事を熟知しているはずのエリアスだ。


「エリアスさん」


 シリューが顔を向けると、どういう訳かエリアスはゆっくりと目を背けた。


「エリアスさん、案内を」


「あ、あぁ~ああ……」


 更に、なぜが目が泳いでいる。


「ちょっと、エリアスさん?」


「……すまぬ……わらわは、ここは苦手での……」


 しょんぼりと小さく肩をすくめ、エリアスは頬に指を当ててシリューを見上げる。


 年齢を知らなければ、まるでソフトクリームを零してしゅんとする子どものようだ。


 これは……怒れない。年齢を知っていても。


「ま……仕方ない、ですね……うん」


 シリューは子供に甘い。


「私っ得意です!」


 びっ、と手を挙げて、意気揚々と進んだミリアムは。


 ごん!!


「はうぅ!」


 僅か数歩で鏡にぶち当たった。


「だよな……元から当てにはしてない」


 ドクを振り向く。


「全員で一緒に進もう」


 なんの解決にもなっていないどころか、対策にもなっていない。


 三人の目がシリューに注がれる。


 思いつく方法は二つ。


 勘を頼りに進んでも、おそらくは抜けられない。


 確実に迷路を抜ける方法は左手の法則(壁にずっと左手を当てながら迷路を進む方法)の応用トレモー法。



 壁にずっと目印をつけながら左手の法則を使って進み、すでに通った分岐点にぶつかったら仮想壁をつくる。全方向に勧めないようなら分岐点まで戻る。


だがこの方法だと、最悪の場合迷路の倍の距離を進むことになり、時間がかかる。


 今は、一刻も早くヴィオラに追いつきたい。


「シリュー、そなたに任せる」


「シリューさん、お願いします」


「よろしく」


 三人の期待値はMAXだ。


「いいんですね、ホントに?」


 一応エリアスの了解は得ておきたい。


「ああ、頼む」


 エリアスは大きく頷いた。


 これで言質は取れた。


 後は二つ目の方法を実行するだけだ。


「じゃ……」


 シリューは大きく息を吸った。


「セクレタリー・インターフェイス」



【魔力障壁及び妨害の術式を解析】


【解析完了】


【障壁及び妨害を解除します】


【解除完了】


【魔法による攻撃が可能です】



「全開で行く! マルチブローホーミング! ガトリング! アンチマテリエルキャノン!! ストリームラーミナ!! デトネーション!!! 」


 魔力の鏃が。


 7.62mmの弾丸が。


 30mm高硬度の砲弾が。


 刃の気流が。


 そして激しい爆轟が。


 次々と鏡を粉砕し、壁を破壊してゆく。


「お、おぉ……」


「ひあぁぁ……」


「いや……何だこれ……」


 その光景を三人は呆然と眺めていた。


〝まさか壊すとは……〟


 時間にして僅か2分程度。


 大量の魔法を撃ちこまれた回廊は、壁という壁を破壊しつくされ、瓦礫が散らばる一つの部屋と化していた。


「あれ、わりと狭いな」


 学院の訓練館の半分程度だろうか、思っていたほど広くはなかった。


 辛うじて残る外壁も地肌である岩盤がむき出しになり、もはや廃墟さながらだ。


 残った外壁の左奥に、地下の最下層へと続く入り口が目に入る。


「あれか……」


 扉が開いているのはシリューの破壊によるものではなく、タンストールの血を使ったヴィオラが、すでに封印を解いて通った後だからだろう。


 入口へ向かおうと後ろを振りむくと、ミリアムもドクもエリアスも、一様に呆けた顔をして立ちすくんでいた。


「シリューさん……アホの子ですか……」


「いやホント……この衝撃を詩に表現する方法が、分からない……」


 アホの子のミリアムは基本無視、ドクは好きなように詩でも書かせていればいい。


「修繕費が……一体幾らかかるやら……」


 許可を出した手前、エリアスは責任を感じているらしい。


 これだけ破壊すれば、修繕に必要な額が幾らになるのか想像もつかない。


 だが。


「修繕するんですか? 必要なくなるのに?」


 シリューは憂い顔のエリアスを見下ろし、涼し気に笑った。


「……そ、そうかっ、うむ、そうじゃの」


 シリューの言葉の意味を察して、エリアスは満面の笑みを浮かべる。


「じゃ、行きますよ」


 エリアスたちを促してシリューは入り口へ駆け出す。


 岩盤をくり抜いたような細い通路を抜けた先にあったのは、天井まで10mほどある天然の広い洞穴。


 魔法障壁も妨害も消えた今、ハーティアを示す輝点ははっきりとPPIスコープに光っている。


 ここから更に地下を下った先へと移動する輝点。


 おそらくそこに、魔神の心臓が封印されているのだろう。


 まだ間に合う。


 そう思い洞穴に一歩足を踏み入れた瞬間。


「ぐっっ」


 突き刺すような激しい痛みが心臓を襲い、シリューは足を止め膝をついて胸を押さえる。


「シリューさん!」


 ミリアムが即座に駆け寄り、シリューの肩に手を添えた。


 エリアスとドクは、いきなり苦しみ始めたシリューに戸惑う。


「いったい、どうしたのじゃ」


「大丈夫なのか!?」


 シリューのポケットから飛び出した、きらきらとした光がミリアムの目の前に集まり、ヒスイが姿を現す。


「ミリちゃん、嫌な魔力の波動を感じるの」


「それが、シリューさんを苦しめているんですねっ?」


 ヒスイがこくんと頷く。


「どうすればいいんでしょう、ヒスイちゃんっ」


「ミリちゃんの生命力を、少しだけ私に分けてほしいの。それで、私がご主人様の心を守る盾になるの」


 ミリアムは迷いはしなかった。


「いいわ、お願い!」


 そのままシリューの首に手をまわし、胸に押し付けるように頭を抱く。


「揺蕩う水よ、旅する風よ、芽吹きの大地よ、再生の火よ、古の盟約に従い我がもとに集い来たれ……静寂のシュテーレ瓔珞ブローシェ!」


 水、風、地、火を表す紋章が囲み、ヒスイの躰が光の粒子へと変わる。


 光はシリューの背中へ入り、胸に達して眩く輝いた。


「はあっ……はあ……」


 少しずつシリューの息が整ってゆく。


「あ、あの、ミリアム……もう、大丈夫だから」


「シリューさんっ、良かったぁ!」


 ミリアムはヒスイの行動とシリューのいつも通りの声に感激したのか、抱きしめた腕に思わず力をこめた。


「み、ミリ……ア、ム……ぷはっ、ちょっ、落ち、着け……」


 何とか顔をずらし息を吸おうとするシリューだったが、がっしりと押さえつけられまったく身動きが取れない。


〝ミリちゃん、もう大丈夫、なの〟


「ふぇ?」


 頭の中に聞こえたヒスイの声に、はっと我に返ったミリアムは、自分の胸にしっかりと押し付けているシリューの姿に気付き、大慌てで手を離した。


「はっ、あわわっ。ごめんなさぁいっ」


 特にミリアムが謝る必要はない、とシリューは思った。


 結果的には良かったのだから。いろいろと。


「ヒスイ? ヒスイが守ってくれてるの?」


 シリューは自分の胸に手を当てて尋ねた。


 痛みはもうほとんど感じない。


 それに、ぽかぽかと温かい感じがする。


〝私だけじゃないの、ミリちゃんのお陰なの、です〟


「そっか、ありがとうヒスイ。ミリアムも」


〝どういたしましてなの、です。ご主人様〟


「えへ、えへへ……」


 ミリアムは少し顔を赤くして、恥ずかしそうに笑った。


「さて、早速じゃが、お迎えのお出ましじゃぞ……」


 エリアスが唸るような低い声で呟いた。

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