【第245話】正体
手分けして探すしかないけど……。
バルドゥールの研究室を出てミリアムたちの待つ正面玄関に向かう途中、シリューはずっとその方法を考えていた。
探査でおおよそ分かっていたが、研究室に残っていたのはやはりバルドゥールだった。
「二人とも休憩に行ったよ。まだまだこれから忙しくなるから、先に少しでも休んでもらおうと思ってね」
バルドゥールによると、二人とも何処へ行ったかまでは分からないそうだ。
「部下思いなのも、考え物だなあ……」
バルドゥールとしては休日返上のローレンスとヴィオラを労ったのだろうが、何もこんな時にと思わなくもない。
いや、こんな時だからこそ、しっかり仕事に縛り付けておいてほしかった。
そうであれば、もうすでにケリがついていたかもしれない。
そもそも、全ての事情を話してバルドゥールに協力を仰ぐべきだったのかもしれない。
「や……たらればを考えてもしょうがないな、どうやって探すかが大事だし……」
問題は四人をどう振り分けるか、だ。
四人それぞれに別れて探すのが一番効率が良いのだが、それでは実際にオルタンシアと対峙した時、シリュー以外に捕らえることはできないだろう。
ハーティアはエルフの血を引くだけあって、魔力は驚異的な回復をみせているが体力的には厳しい。ミリアムもドクも、ある程度余力はあるといっても、消耗は激しく万全ではない。
「俺が一人、残り三人でいくか……」
それがベストの選択と思えたが、その案は意外にもあっさりと覆された。
玄関で待つミリアムたちと再度合流し、対策を話し始めた直後。
「おう、キッドではないか」
エントランスホール奥の階段を降りてきたエリアスに声を掛けられた。
「なかなかの働きじゃったのう。街にも人にもほとんど被害もなかった。わらわからも礼を言わせておくれ」
「あ、ロリエルフ」
シリューは名前を忘れていた。
「口を慎みなさいっ、馬鹿なのシリューっ」
ハーティアは顔面蒼白でシリューの胸倉を掴み、刺すような目でキッと睨みつける。
「いや、つい……」
「シリューさん……もうそれ、わざとですよね……」
諦め顔のミリアムががっくりと肩を落とす傍で、ドクは予想外の人物の登場に目を丸くして立ちすくんでいた。
「どうして本部長がこの学院に? 報告なら俺の方からギルド本部に行ったのに」
「いや、それとは別件でタンストールに話があっての。今しがた会ってきたところじゃ。そうそう、そなた、タンストールへの報告がまだじゃろう? そろそろ行ってやったらどうじゃ」
苦手なのはわかるが、とエリアスはシリューを見上げて笑った。
「後で行きます。今はそれより人を探す方が優先なんで」
「そうか、では仕方がないのう。だがあまり待てせてやらんようにの? バルドゥールの助手の一人も報告に行ったようじゃしの」
「え? バルドゥール先生の助手?」
「ああそうじゃ。名前は確か……」
エリアスの口にした名前を聞いた途端、シリューの目に光が走り、同時に表情からはそれまでの余裕が消えた。
悪い予感がする。
未だに何か分かっていない事がある。
何故タンストールの所に?
「一緒に来てください!!」
シリューはエリアスの手を取った。
◇◇◇◇◇
タンストールは自分の身に起こった事を理解できず、腹に突き立てられた細身の刃物へ目を落とした。
刃の内部に採血用の管が通っているらしく、柄の末端にあるガラスの器に血液が溜まってゆく。
「あなた……なに、を……」
「おや、分かりませんか? 貴方の血が必要なのですよ」
凍るような目でタンストールを見上げるその人物は、まるで分かっているでしょう、と言いたげな笑みを浮かべた。
「あたしの、血……まさ、か……」
タンストールの表情が一気に険しくなる。
自らの血を必要とするならば、理由は一つしかない。
そして、それを求める者も。
「封印を解く気か……あなた、魔族……」
「ええ、ええ、正解です。さすがはタンストール様」
恍惚の目で魔族は続ける。
「随分と苦労しました。地下への入り口に施された封印魔法の解除に、まさか貴方自身の血が必要だったとは。術式は解けていたのですが、一定量の血をどうやって採取するか、好機になかなか恵まれませんでしたから」
「どうやって、術式を……」
「私は魔法が得意ではありませんが、結界、封印、魔法陣には詳しいのです。ああ、それに……」
タンストールの腹から刃物を抜くと同時に、左の手刀を首筋に叩きつける。
すでに意識の薄れかけていたタンストールは、容易く膝から崩れ落ちた。
「……剣術も得意なのです」
刃物の器に溜まった血を満足そうに確認してマジックボックスにしまうと、その魔族は代わりに剣を取り出しタンストールへと向ける。
「三代始祖の
剣を逆手に持ち替える。確実に、そして一撃で心臓を貫くためだ。
うつ伏せに倒れたタンストールには、もはや動くだけの力は残されていなかった。
「一生の……不覚……」
そう思ったが、全ては遅すぎた。
何とか顔を上げたタンストールは、剣を突き立てようとする魔族の脚を掴む。
それが、何の意味もなさないと知りながら……。
そして、無情にも振り下ろされる刃。
だが、その切っ先がタンストールの背へと至る直前。
部屋全体を揺るがすような轟音と共に、入り口のドアが吹き飛んだ。
「くっ」
狙ったように飛んできたドアを躱し、魔族は入り口に立つ影に目を向ける。
「相変わらず、扉の開け方を学ばない人ですねえ」
扉は窓を突き破り、外へと飛び出していった。
「あんたには特別だ、オルタンシア。いや、ヴィオラ・エナンデルか。どうせどっちも偽名だろうけど」
シリューはゆっくりと部屋の中へ進む。
「ヴィオラ先生が、オルタンシア!?」
驚愕の表情を浮かべるミリアムに、シリューは大きく頷く。
「おっと、それ以上動かない方が良いですよ?」
床に伏せるタンストールの元へ駆けようとしたハーティアは、ヴィオラの剣がタンストールの首筋に当てられたのを目にして足を止めた。
「それにしても……よく私がオルタンシアだと分かりましたねぇ、キッドくん。理由を聞いても?」
ヴィオラはどうぞ、とばかりに手のひらを見せた。
シリューは血を流すタンストールにちらりと目を向ける。
息はしているし、出血の量も思ったほど多くはない。治癒魔法を掛ける隙をつくれば、助けられるだろう。
ハーティア、ミリアム、ドク、エリアスへと順に目配せをした後、ヴィオラをまっすぐに睨みつける。
「……あんたは、最初から魔調研に魔石が持ち込まれると分かってた、だからここに潜り込んだんだろ? 何年も前から誰にも疑われないように、ミスリードを誘うためローレンスの影に隠れながら、ね」
「……続けて」
「あんたが怪しいと思った点は三つ。一つはレグノスで回収した魔石を、マナッサで『勇者相手に使った』とはっきり言った事だ」
あの時点でオルタンシアの目的は不明だった。だからシリューも、『勇者相手に』ではなく、あくまでも『目的は不明』と報告していた。
つまり、あの事件の目的が勇者だと知っていたのは、オルタンシア以外にはいない。
「二つ目。あんたは俺の事を『鑑定』持ちと言った。この世界でスキルの概念を持つのは歴代召喚者の血を引く王家の者だけだ。でもたぶん、魔神の力を授かった魔族にもその知識があるんだろ。魔神も元は召喚者の一人だからな」
「もう一つは?」
シリューは右手を掲げてひらひらと振った。
「手……さ」
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