【第244話】仕掛ける

「また飛んで行きますか?」


 ミリアムにそう尋ねられて、シリューは一瞬どうしようかと迷った。


 来た時と違い、今度はミリアムとハーティアの二人。


 横抱きするにしても背負うにしてもどちらか一人で、それだともう一人は置いていくことになる。


 両脇か両肩に一人ずつならいけるだろうが、荷物を扱うようで本人たちも苦しいだろう。


 以前マナッサの宿から逃走する際、左右からしがみついてくる、二人の背中を抱いて窓から飛び降りた方法もある。ただ…。


 あのやり方は、あっという間だったから気のせいにできたわけで、今回のように数十秒も移動となると色々不味い気がする。


〝その間、二人と、密着……〟


 色々不味い気がする。というか不味い、絶対。却下。


 シリューが一人で先行するのも、魔神が絡むとなれば得策ではないし、シリュー自身に不安もある。


「いや、走って行こう。そんなに時間は変わらないし。ハーティアは俺が抱えていく、いいか?」


 横抱きにはもう慣れた。けっしてヘタレた訳ではない。


 身体強化を使えないハーティアは、黙ってシリューを見つめ頷く。


「まぁ……仕方ないです。フィフティー・フィフティー、です……」


 ミリアムはそんな二人を交互に見比べ、口をへの字に結んで少し不満げに呟いた。


「ん?」


「なっ、何でもありませんっ。行きましょう!」


 ぷるぷると首を振るミリアムの様子が多少は気になったものの、単に合理的な方法としか思っていないシリューは、ハーティアを抱き上げて駆け出した。


「保管室の人造魔石はどうなの?」


「うん。今のところ、何とも言えないかな……」


 学院を出てから今までずっと監視を続けているが、何人かの出入りがあるだけで特に目立った動きはない。


 オルタンシアが身に着けている隠蔽アイテムはシリューの『解析』を弾くうえ、解析を掛けた事に気付かれてしまう。


〝まさか、『鑑定』持ちですか?〟


 レグノス城で対峙した際。そう確かに言ったオルタンシアは、正確ではないにしろスキルの種類を知っているという事だ。


 身バレと相手に警戒されるのを防ぐため、今まで誰にも『解析』を掛けていない。


「それにしても、『鑑定』ね……」


「え、何ですか?」


 隣を走っていたミリアムは、シリューが何故か自嘲気味に笑うのを不思議に思い首を傾げた。


「いや、何って言うか……俺もお前の事ポンコツとか言えないなって」


「みゅ?」


「ま、いいから。急ぐぞ」


 監視中の研究室に三つあった、人を示す輝点が一つに変わる。


 おそらく残ったのはバルドゥールだ。


 シリューは抱いたハーティアと隣のミリアムに声を掛け速度を上げた。



◇◇◇◇◇



 魔導学院の院長室には、今回の騒動の処理と今後の対策を話し合うため、冒険者ギルドの本部長であるエリアスが来ていた。


「どうやら、シリューは上手くやったらしいの」


「そうなんですけど、まだあたしの所には報告がないんですよ。何故かしら」


 腕を組んでくねくねと体を捩るタンストールに、エリアスは何かを察したように頷く。


「そなた……避けられておるのではないか?」


「あらまあ、そうなんでしょうか。あの子ったらああ見えて案外照れ屋さんなのね」


 それは違う、と言いかけたがエリアスは口に出さなかった。


 シリューがこの場にいたら全力で否定しただろう事を思うと、くすりと笑いが込み上げてきて咄嗟に口元を手で覆う。


「うむ、そうかもしれんのう。あの子はまだ若い、あれこれ理解するにはもっと経験が必要じゃろう。ではタンストール、話した件よろしく頼むぞ。冒険者ギルドとしても、専任の連絡員を置くように手配する。もちろん神教会へもな」


「お任せを、エリアス様」


「エルレインのパティーユ殿下にも、わらわから連絡しておこう」


「はい」


 向かい合って座ったソファーから立ち上がり、辞去しようとしたエリアスは、ふと思い出したように立ち止った。


「そうそう、そのシリューなのじゃが、昔どこかで会ったような気がするのじゃが、どうにも思い出せんでな……」


「エリアス様が? 昔、ですか……。でもシリューくんは、確か17歳。誰か他の似ている人なのでは……」


「そうじゃの……黒髪に黒い瞳。歴代の勇者たちも似たいで立ちじゃったからのう。記憶が混ざっておるのかもしれん……二千年、じゃからの」


 五百年以上の生を持つハイエルフの中でも、エリアスは古参の一人である。


「もう、あたしたちより長生きな方も少なくなりましたから……ところで、アリエル様はご健勝でいらっしゃいますか?」


 アリエルはエリアスの妹で、ハイエルフ王国の第二王女である。


「ああ、元気じゃよ。まあ、ここ30年は手紙のやり取りしかしておらんがの」


 30年といっても、ハイエルフのエリアスやタンストールにとって、それほど長いと感じるものではなく、人間の時間感覚で例えるなら精々10カ月程度のものだろうか。


「余計な話しじゃったの。ではこれで失礼する」


「はい、お気をつけて」


 院長室を出てゆくエリアスをドア開けて見送り執務机に戻って椅子を引いた丁度その時、コンコンコンとノックの音が聞こえ、タンストールは立ったまま「どうぞ」と声を掛け振り向いた。


「失礼いたします」


 エリアスが何かを思い出しで戻ったのかと思ったが、ドアを開けて入ってきたのは大事そうに書類を抱えた人物だった。


「あら、ご苦労様」


「こちら、マスター・バルドゥールから預かって参りました」


 差し出された書類を受け取りぱらぱらと捲りながら、タンストールはその人物に背を向け執務机にゆっくりと歩く。


「教室で見つかった魔石に関するものね……じっくり目を通しておくわ、ありがとう」


「ああ、そうでした。タンストール様」


「何かしら?」


 書類に目を落としたまま、タンストールは立ち止まり振って振り向く。


「実は、頂きたいものがありまして」


「え?」


 タンストールの視界の端で、何かがぎらりと光った。



◇◇◇◇◇



「シリュー、ここで降ろして」


「あ、ああ、そうだな」


 学院のすぐ近くで、ハーティアはシリューに止まるように頼んだ。


「ティアっ!? もういいのかっ」


 三人の帰りを待っていたドクが、正門を潜ったハーティアの姿を見つけて驚いた声をあげた。


「ごめんなさい、心配をかけて。でも、もう大丈夫よ」


「ああ、いや。それならいいんだけど……」


 すまなそうに俯くハーティアの顔色が、比較的赤みを差していることに気付き、ふとシリューに目を向ける。


「無理はしてないってさ」


「そうか。じゃ、信じるよ」


 涼し気に笑うシリューに、ドクは軽く頷く。


「さて……じゃ、これからどうする、キッド?」


「その前に、ディックとエマは戻って来たかな?」


 シリューが魔獣を倒しあの場を離れる時、ディックもエマも立つのがやっとというくらいに消耗していた。


「ああ、さっき戻って来たよ。二人とも酷い魔力酔いを起こしてるようだったから、医務室で休ませてる」


「そっか……じゃあ、俺たち4人だけってわけだ……」


「祝宴は未だに続く、って顔してるな。まあ任せてくれ、詩人として、大いに盛り上げてみせるさ」


 思案顔で呟いたシリューに、ドクは懐から取り出した詩集を胸に添えて、少しだけ演技じみた笑みを浮かべる。


「心強くて、泣きそうだよ……」


 シリューはどこか観念したように肩を竦めた。


「えっと……祝宴ってどこでやってるんでしょう? 私も何か盛り上げる事した方がいいんでしょうか?」


「あの、ミリアム……額面通りに取らないで」


 屈託のない笑顔でミリアムに尋ねられたが、ハーティアは何と言って説明すのがいいか頭を悩ませるのだった。


「とりあえず、俺はバルドゥール先生の所に行ってくる」


 夕方とはいえ、事件の事後処理で生徒も教職員も多いこの時間。


 いかにオルタンシアといえど、派手な事は仕掛けられないだろう。


「皆正面玄関で待っててくれ」


 シリューはそう言って研究棟へと駆けて行った。




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