【第236話】いつもぎりぎり

 二度と顔を合わす事のないようにと願いながらノワールの背を見送ったシリューは、左腕に負った傷を治癒魔法で塞いだ後、魔獣と戦うディックとエマの方を振り返り風のように駆け抜け二人の間に並んだ。


「大丈夫かっ」


「誰に聞いている、当たり前だろう……」


「まだまだ、平気よ……」


 そう答えた二人だが、実際はもう随分と消耗しているようだ。


「……と、言いたいところだがな……あと何発かで魔法は打ち止めだ」


「ごめんなさい……私も」


 魔獣に目を向けると、千切れた脚や棘が今まさに再生しようとしているところだった。


「ミリアムたちが気になる。後は俺が」



走査スキャン開始】



 シリューの視界に現れた緑のラインが、地面と平行に移動して人造魔獣の身体をスキャンする。

 元は心臓があったはずの場所に赤い矢印が点滅し、その部分だけが切り取ったように別の画面に拡大表示される。



【解析を実行します。解析完了。登録済みの人造魔石と同種であると断定します】



「一気にカタをつけるっ」


 踏み込んだシリューの足元が爆ぜる。


 その勢いのまま魔獣の顎を蹴り上げ、強引に二本足立ちにさせ、


「デトネーション!」


 心臓部分の肉を爆轟の魔法で抉り、むき出しになった人造魔石に手を伸ばす。


「レイ!!」


 さらに光魔法で周囲を焼いて再生を遅らせ、掴んだ魔石を一気に引き剥がす。


「ガ、ゴアアアアアァ……」


 魔石を奪われた魔獣は、断末魔の声をあげて石畳の地面へ崩れ落ちる。


 急激に色が失われ、灰色になった魔獣の身体は砂よりも細かい粒子となり、吹き抜ける風に流され消えていった。


「それが、人造魔石か……教室で見つけた物とは色が違うな」


 シリューが手にした魔石を見つめ、ディックは呟いた。


「ああ、理屈はまだ分からないけど、魔獣から取り出した後はこんな感じなんだ……」


 色味については、後でミリアムにしっかり確認してもらうつもりだ。


「じゃあ、俺は先に行くからっ」


 ノワールの口ぶりでは、オルタンシアがもう一体の魔獣の所にいるらしい。


「ヒスイっ」


「はい、です」


 姿消しを解いたヒスイが、ふわりと舞ってシリューの胸ポケットに収まる。


「とばすよ」


 少し時間が掛かりすぎたかもしれない。


 シリューは湧き上がる不安をかみ殺し、翔駆で空へと駆けのぼった。


「あれほど苦労した魔獣を瞬殺、か……」


 闘いの跡を眺めながら、ディックがぽつりと零した。


「いろいろ酷すぎて、呆れるしかないわね……」


 そう答えたエマは、ようやく緊張から解き放たれたのか、その場にぺたんっと座り込む。


「大丈夫か?」


「もうへとへと……当分ここから動く気にはなれないわね……」


 頼りなげに笑うエマの隣へ、ディックは寄り添うように腰を下ろした。


「僕も付き合おう……こんな往来でくつろぐのも悪くない」


「じつは私も、一度やってみたかったの」


 二人は顔を見合わせて微笑むと、誰もいない通りの真ん中に手足を投げ出して寝転がった。



◇◇◇◇◇



「コイツっ、ちょっとは弱ってるのかな!? どう思うミリアムっ」


 触手の数本を一度に斬り裂き、ドクはミリアムへと目を向けた。


「弱ってないならっ、弱るまでっ、何百発でも叩き潰すまでです!」


 魔獣の背後で飛び上がったミリアムは、くるりと躰を回転させ、その勢いを乗せて魔獣の頭に戦鎚を叩きつけ吹き飛ばす。


「いやホント……可愛い顔して、えげつないパワーだな……」


 首から上が無くなった魔獣の背を蹴って、舞を舞うようにふわりと着地するミリアムの姿につい見惚れながら、ドクは溜息の混じった声で呟く。


「よそ見しないでっ、すぐに次がきますよ!」


 純粋な魔導士で護身術程度にしか剣を使えないディックやエマに比べ、剣士としての能力も高いドクや格闘術に優れたミリアムは、魔力を温存させながら物理攻撃を主体に戦っていた。


 ただ、魔力にゆとりがあるとはいえ、その分体力は消耗している。


 ミリアムは息を整えながら魔獣の頭が再生されていくのを見つめ、マナッサの街で、シリューと勇者ヒュウガの二人がドラウグルワイバーンと戦った時のことを思い返していた。


 徹底して首を狙い何度も再生させることにより、ドラウグルワイバーンから魔力を奪う。


 もちろん、同じ戦法をとっているとはいえ、あの二人とは実力が違い過ぎるのは承知の上だ。


 倒せないまでも、人や街への被害を抑え、時間を稼ぐことさえできればいい。


「ちょっと、遅くなってきたかっ?」


「はいっ、あと少しです!」


 ドクの言う通り、若干再生までの時間が長くなっているように見えた。


 正面で気を引くドクが、魔獣の腕を躱し斬りつける。


「もう一度ぉぉ!!」


 ミリアムは無防備な魔獣の背後から高く飛び上がる。


 同時に身体を弓のように大きく反らし、身体強化で大幅に上がった膂力をもって戦鎚を振りかぶる。


「ディープ・イン……っ!?」


 だが、戦鎚を振り下ろそうとした瞬間。


 驚愕の事態がミリアムの目に飛び込む。


 魔獣の背中にあった瘤が突如として弾け、先端の鋭く尖った幾本もの棘が現れ矢のように撃ち出されたのだ。


「やっ……」


 空中で攻撃体勢に入っていたミリアムになすすべはなかった。


 一本の棘がミリアムの鳩尾を打つ。


 ワイバーンの鱗でできたビスチェは棘の貫通を防ぐが、ミリアムは大きく空中へ弾き飛ばされる。


「う……くっ……」


 あまりの衝撃に、ミリアムの意識が霞む。


「ミリアムっ、くそっ」


 魔獣の両腕と触手に攻撃されているドクにも、咄嗟に対処するだけの余裕はなかった。


 上手くいっていたはずだった。


 少なくとも途中までは。


 このままいけると思ったことが、油断を招いてしまった。


 魔獣の背中から攻撃されるなんて、考えてもいなかった。


 朦朧とした意識のまま、力なく落ちてゆくミリアムに容赦なく迫る棘は、数本が一つに融合し今や丸太杭のような太さになっていた。


 いかにワイバーン素材の防具でも、それを防ぐことはできないだろう。


 落下するミリアムを、太い棘が無慈悲に貫こうとした刹那。


 空から閃く光と共に、ミリアムの姿は空中から消えた。


 突き刺さるように地上に降りた藍い光は、やがてゆっくりと立ち上がった。


 その腕に、ミリアムを抱いて。


「また……助けてもらっちゃいましたね……」


 薄く開かれたミリアムの瞳に映る、涼し気な笑顔。


「気にするな、もう慣れた」


 シリューはそっとミリアムを地上に降ろし座らせる。


「今度こそもうダメかと思いました……いつもぎりぎり、ですね?」


「俺にもいろいろ事情があるんだよ。でもまあ、次はもっと早く来る……多分」


 こくんっと頷いたミリアムに背を向け、シリューは魔獣へと歩を進めた。


 魔獣の背に生えた丸太のような棘は、シリューへと目標を変えて襲い掛かる。


「アンチマテリエルキャノン!」


 三発同時に発射された高比重の砲弾の一発が棘を粉砕し、他の二発が魔獣の両腕を吹き飛ばす。


「離れろっ、ドク!!」


「わかった! あとよろしく!!」


 ドクがバックステップで離れたあと、シリューは一気に魔獣との間合いを詰める。


「ここから先は、極寒の世界だ」


 伸ばしたシリューの右手の先で、急激に冷却された空気がきらきらと光る。


「アブソリュート・ゼロ!!」


 絶対零度の凍気が魔獣を包み、瞬きのうちに全身を凍結させて、美しくもない氷の彫刻へと変えた。


「芸術……じゃあないな。ガトリング!」


 秒間100発で撃ち出された7.62mmの弾丸は、凍り付いた魔獣の身体を文字通り粉々に砕く。


 あとに残った人造魔石を拾い上げたところで、ミリアムが少しふらつきながら近づいてきた。


「やっぱり、深い闇のような黒、ですね」


「こっちは?」


 シリューは先ほど回収してきた魔石を、ガイアストレージから取り出しミリアムに見せる。


「これも、同じ色です」


「研究室でみた物と違う?」


「はい」


 ミリアムは自信をもってはっきりと答えた。


「そうか……」


 手に持った二つの魔石を陽にかざしてみるが、ミリアムの言う色の違いがあるのかどうか、やはりシリューには分からなかった。


 研究室で見た、最初に回収した物とまったく同じにしか見えない。


 解析を掛けて分るのは、その成分と魔力が殆ど残っていないことだけだ。


「魔力を充填させて、生物の死体に埋め込む……魔獣はその魔力を消費して暴れる……じゃあ、こ魔力が空になったコイツが、何の役に立つんだ……」


 役に立つからこそ、オルタンシアは奪い返そうとしたはずだ。


 それなのに、マナッサでドラウグルワイバーンと勇者を戦わせたのは何故か。


「……勇者を、相手に……?」


 魔力の尽きた魔石が必要な理由。


「まてよ……そうか……」


 一つの答えが、シリューの脳裏に浮かんだ。

 



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