【第233話】対決再び

 剣の刃にあわせたままの戦鎚を、ミリアムは力いっぱい振りぬいた。


 オルタンシアは、その力に逆らう事なく剣を引き数歩さがって間合いを取る。


「お久しぶりですね、お嬢さん。相変わらず、苛めてしまいたくなるほど美しい」


「あなたは、相変わらず気持ち悪いですね、オルタンシア」


 ミリアムは射すような眼光で金の仮面を睨んだ。


「名前をご存じでしたか。さすがは深藍の執行者とそのお仲間……以後、お見知りおきを」


 ふざけているのだろうが、仮面で表情が見えない分余計に胸がざわつき、ミリアムは過去の体験を思い出して歯噛みする。


「以後なんてありませんよ、あなたはここで終わりですから」


 ローブを脱ぎ捨て、ブラウスの第三ボタンまでを外す。中には防具であるビスチェドレスを着込んでいる。


 戦闘の時は、装備以外の服は脱いだ方がいい、と製作者のベアトリスからは言われていたのだが、さすがに人前では恥ずかしいので、ミリアムはブラウスとスカートを着たまま胸元の胸元のスイッチを押した。


 装備の各部位に取付けられた魔石が服を透かして光り、巻き上がる風がミリアムを包む。


 石畳の表面が砕けるほどの踏み込みを見せたミリアムは、次の瞬間オルタンシアを間合いに捉え、長めに持った戦鎚を斜めに振り上げる。


 オルタンシアは剣では受けず、バックステップで躱す。もろに受ければ、剣を折られると考えての行動だった。


「逃しません!」


 更に踏み込んだミリアムの戦鎚は、風の魔力をはらみ旋風となってオルタンシアを追撃する。


 大振りだが、そのスピードとパワーは、オルタンシアに反撃の隙さえ与えない。


 オルタンシアは、ぶつかり合う独楽が弾かれるように後退る。


「なるほど、これが狙いですか……」


「やっぱり、バレました?」


 ミリアムはちらりと後ろを振り返った。


 ハーティアたちからは、すでに50m程は離れただろうか。


 魔獣とオルタンシアを同時に相手する場合、どちらにも意識を向けながらの乱戦になるのは必至で、そのぶん必要以上に神経をすり減らし、集中力を削がれてしまう。


 ハーティアとドクが魔獣に専念できるように、オルタンシアを可能な限り二人から遠ざける。ミリアムの狙いはそこにあった。


「あなたは、お呼びじゃないんですっ」


 ミリアムは中段にかまえた戦鎚を前屈の姿勢で回し打つ。


 左に避けたオルタンシアに、すかさず逆手返しに石突を叩きつける。


 オルタンシアはそれを剣で止め、弾いた反動で袈裟懸けに斬りつける。


 回転させた戦鎚で受けたミリアムは、その回転のまま右の回し蹴りを放つ。


 風の魔力の乗った蹴りは、辛うじて躱したオルタンシアの上着の横腹を切り裂く。


「素晴らしいスピードですね。以前とは比べ物にならない」


 一旦間合いを取り、オルタンシアは裂けた上着に目をやる。


「ですが……女性はもっと慎みを持つべきですよ、お嬢さん」


 どこか嬉しそうにも聞こえるオルタンシアの声は、それだけで背筋を冷たくさせたが、ミリアムはすぐにその言葉の意味を理解した。


 制服のスカートが大きく切り裂かれ、はらりと地面に落ちた。


「え!?」


 いつの間に切られたのか、まったく分からなかった。


 ただし、制服の下の白いフレアスカートには傷一つ付いていない。


「おや、それも切ったと思ったのですが……」


「残念でした。あなたの悪趣味は十分承知してますから。そのための装備ですよ」


「ああ……あの時のワイバーンですか……なるほど、これはなかなか、切り刻み甲斐がありそうですね」


 仮面の下で、オルタンシアがニヤリと笑ったように見えた。


「今度は、こちらから行きますよ。烈咲斬れっさざん!」


 いくつもの風の刃が、逃げ場なくミリアムを襲う。


「はああああああ! 空撃波ディトナヴァーグ!!」


 フルスイングした戦鎚から撃ち出された衝撃波が、ミリアムの前面に広がり、風の刃を悉く飲み込み霧散させる。


 だが、大技を放ったミリアムは、無防備な背中を晒してしまう。


 当然、それをオルタンシアが見逃す筈はなく、僅か一歩で距離を詰め、隙だらけの背中に剣を斬りつける。


 ミリアムはその動きを読み、頭が地面につきそうなほど前屈して剣を躱し、右脚を跳ね上げて剃刀のように鋭い後蹴りを見舞う。


 身体を捻り後ろに倒れ込むように蹴りを躱したオルタンシアは、左手をついて後方に回転すると、着地した低い姿勢のまま再び突進して横薙ぎに剣を払う。


 体勢を整える暇を与えられず、ミリアムは咄嗟に後方へとジャンプしてこれを凌ぐ。


「いいですねぇ。もっともっと楽しませて下さい」


「嫌です。私は不愉快なんですよ?」


 正眼に構えたオルタンシアを、ミリアムはキッと睨みつけた。


「それは、残念ですね。翔破刃!」


 三日月に似た二つの斬撃が、石畳を削りながらミリアムに迫る。


 その技は前に一度見た事がある。


 二つの斬撃は対象者の目の前で交差し、大きく空中に上がり一度後ろに逸れた後、弧を描いて背後から襲い掛かる。


 エラールの森の洞窟で、ランドルフがシリューに放った技だ。


 ミリアムは前に飛び出しながら戦鎚を振りかぶり、斬撃が交差する所を狙って振りぬいた。


「ディープ・インパクト!!」


 強烈な破壊音が響き、石畳もろとも三日月状の斬撃を砕く。


「ミリアムっ!?」


 空気を震わせるほどの衝撃音に、ドクは思わず振り返りミリアムを目で追う。


「ジョシュアっ、よそ見をしないで!」


 魔獣から目を離したドクに、ハーティアが大きな声で叫ぶ。


「けどっ」


「ミリアムは、私たちからオルタンシアを引き離してくれているのよ。彼女は大丈夫、信じて!」


 ハーティアは窘めるようにドクをねめつけ、ミリアムたちから完全に背を向ける形で呪文の詠唱を始める。


「魁偉の風刃、阻害の敵を断罪せよっ。ウィンドカッター!」


 唸りをあげて発生した風の刃が、蠢く魔獣の触手を次々を切り落とす。


「風よ……」


 魔獣の振り回す腕を巧みに剣で捌き、次々と斬りつける。


 その動きは秩序だっていて、すべてが計算されたリズムを刻む指揮棒のようだ。


「シレンツィオ・ラファール!!」


 風の中級魔法。


 渦をまく刃の風が魔獣を捉え、残った触手はもちろんのこと、その耳や鼻そして皮膚を容赦なく切り裂く。


「ジョシュア。その魔法、もしかしてゴドルフィン系なの!?」


 ハーティアは驚いたように目を丸くして尋ねた。


 ドクはただ剣を振るっていた訳ではなく、切っ先の動きをゴドルフィン系の動作(印)に重ねていたのだ。


「まあね。剣の得意な俺には、呪文の詠唱よりこっちの方が合ってるみたいでね」


 軽い口調でドクは答えたが、言葉ほど簡単に習得できるものではない事を、ハーティアは十分に理解していた。


「いつの間に、そんな……」


「ああ、ほら。俺にもいろいろと事情があって、さ」


 ドクはひょいと顎を突き出し、ウィンクしてみせる。


「そういう軽薄なところさえなければ、ミリアムに嫌われる事もないのだけれど?」


「やっぱり? なんとなく、そうじゃないかとは思ってたんだよなぁ」


 無駄口に聞こえる会話だったが、それによって平静さを保つことができ、魔力量の消費を僅かだが抑えられるのだ。


「うつり行く近傍の風、大いなる力を解き放ち、重なり合う高速の波面となり、抗う者を退ける標べを示せ、イムブルスス・ヴァルナー!!」


 ハーティアが魔法杖を振りかざす。


 強大な圧力の衝撃波が再生しかけた魔獣の触手を粉砕し、片腕と片脚を引きちぎる。


 バランスを崩し倒れる魔獣へと駆け、残ったもう片方の脚にドクが斬りつける。


「だあああああ!!」


 さらに、起き上がれずにもがく魔獣の首を一気に斬り落とす。


「これでどうだっ」


 ドクの後からは、すでに次の詠唱に入ったハーティアの聞こえてくる。


 僅か数秒で再生した触手が、鞭のようにドクへと襲い掛かる。


「やっぱりダメか」


 後退りながら触手を切り払い、間合いの外へ逃れる。


「……爆轟デトネーション、っ……」


 炎の上級魔法を発動した直後、ハーティアの躰に激痛が走った。


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