【第230話】守る側

「今更、お前の事を疑う訳じゃないんだが……本当に探せるのか?」


 王都の街を一望できる校舎の屋上でディックは、これからシリューがやろうとしている事が今一つ理解できずにいた。


 だがそれは、ミリアムとハーティアを除いた全員が同じだった。


「確実に……とは言えないから、あんまり期待しないでくれ」


シリューは片方の口角を上げて笑うと、屋上の手摺まで歩いて両手をつく。



【探査、アクティブモード】



 探査目標として登録していないため、オルタンシアを直接探すことはできない。


 レグノスでオルタンシアに対峙した時、高度な隠蔽アイテムによって解析を弾かれたうえ、解析の能力自体を知られてしまった。


 その事があるため、こちらの正体や動きを悟られないよう、ローレンスに対しても解析を使わなかったのだ。(もちろん、すでに身バレしている可能性も大いにありえたが、こちらとしても始めからそれを考慮して行動していたのだから問題はない。)


 生物の死体に取り込まれた人造魔石を、遠距離からの探査で見つけるのも無理だろう。


「ヒスイ、普通と違う魔力の流れとか、感じないか?」


 左の肩に座ったヒスイが、申し訳なさそうに首を振る。


「ごめんなさい、なの。ヒスイはすぐ近くの魔力しかわからないの、です……」


「そっか。うん、気にしなくていいよ」


 ただし、まったく方法がないわけではない。


 人造魔獣は、その体内に夥しい量の瘴気を取り込む。


「探査目標、瘴気の異常集中地点……」


 通常ではあり得ないほどの瘴気ならば、アクティブモードの探査で見つけられるかもしれない。


「これでダメなら……上空から目で探すしかないけど……」


 それでも、誰かからの報告を待つよりは早い対応ができるだろう。


 探査に意識を集中させようと目を閉じた時だった。


 ちくり、と心臓に針を刺されたような痛みを感じた。


 毎日のことなので随分と慣れ、それまで忘れかけていた息苦しさまでが、纏わりつくような重い空気とともにシリューの意識に割り込む。


「くっ……」


 誰にも気づかれない声で小さく呻き、目を閉じて手摺を掴んだ。


 耐えられなくはないが、探査に集中すればするほど痛みも息苦しさも強くなってくる。


 ふっ、と。


 両手に優しい温もりが重なるのを感じて、シリューは目を開いた。


「大丈夫ですよ」


「支えるから」


 右手をミリアムが、左手はハーティアが、それぞれに自分の両手で包み、たった一言だけを囁いて微笑む。


「ああ、ありがとう……」


 シリューはゆっくりと頷き探査を開始した。


 街の外の様子も気にはなるが、災害級の人造魔獣については、タンストールの言う通り王国の騎士団や魔術士団に任せるべきだろう。


 彼らの任務を取り上げてしまうのは得策ではない。逸る気持ちを抑え、シリューはそう自分に言い聞かせた。



◇◇◇◇◇



 一方、同時刻の北街道では、災害級の人造魔獣と騎士団との、激しい攻防が繰り広げられていた。


 10mを超える巨体の敵に対して、騎士団は7人ずつの小隊に分れ、そのうち5人が盾を持ってV字に展開し、攻撃役の2人がその盾に守られるような隊列をとっていた。


 サウラープロクスの胸と腹から生えた、昆虫のような長い脚の攻撃を盾役の5人が巧みに受け止め、時には受け流し、その間隙をついて残る2人が剣技を浴びせる。


 小隊は災害級の前後左右にそれぞれ5隊が並び、2、3回攻撃をする毎に次の小隊へ交代する。


 巨大な魔物と相対する場合の、特に防御を重視した陣形だ。


 味方の損傷を抑え、じわじわと敵を消耗させる。災害級の魔物とはいえ、その体力は無限ではない。


 こうして敵の体力を奪い、対災害級兵器『魔導榴砲(エクスプレームス)』にてとどめを刺す。


 これがこの場の指揮を執る、クラウディウスの作戦だった。


「前方の小隊っ下がれ! エクスプレームス! 一番、二番、発射準備。今だ、発射!!」


 二門のエクスプレームスから撃ち出された、魔力を増幅した砲弾がサウラープロクスの胸を抉り脚を千切る。


 だが、胸に空いた大穴も、千切れた脚も、ほどなくして元通りに再生された。


「やはり、聞いていた通りか……」


 クラウディウスは落胆した様子も見せず、挑むような鋭い眼光で薄っすらと笑みを浮かべる。


「小隊、入れ替わりつつ攻撃を続けろ! 三番、四番、敵の頭を狙え! 発射!!」


 攻撃を繰り返し、強制的に再生させることによって、人造魔石の魔力を消費させる。


 それはレグノスで、勇者と断罪の白き翼がとった戦法の再現だ。


「王都には一歩も入れん、ここで朽ち果てろ」



◇◇◇◇◇



 探査を開始して数分、といったところだろうか。


 何度か条件を変えて繰り返してようやく、PPIスコープに探している目標が輝点となって表れた。


「見つけた」


 力のこもった低い声で、シリューは思わず呟いた。


「はいっ」


「ええ」


 ミリアムもハーティアも、それだけ答えてにっこりと笑う。


「本当かっ? どこだ!?」


 どうやって? とはディックもドクもエマも尋ねなかった。おそらく聞いても意味を理解できないと思ったのだろう。


「えっと、そうだな、地図あるか?」


「ええ、ここに」


 エマが膝をついて、折り畳まれた街の地図を床に広げた。


 実際の方向に合わせるように、ドクが少しだけ地図の向きを修正する。


 シリューはその地図の前にしゃがみ込み、ガイアストレージから銅貨を取り出した。


「見つけたのは二か所だ……」


 PPIスコープの輝点と重なる位置に、一枚ずつ銅貨を置いていく。


「一つは街の北東のここ……もう一つは南西のここ」


「どっちも第三城壁の内側か……」


 ディックが腕を組んで眉をひそめる。


「しかも、ご丁寧に真逆の方向とはね……街に残った戦力を更に分散させようってことかな?」


「対応が遅れれば、大混乱になるのは間違いないわね」


 手の平を見せ肩を竦めたドクに、エマは困惑した表情を浮かべた。


「……」


「シリューさん? どうかしました?」


 ミリアムは、顎に手を添えてじっと地図を見つめるシリューの顔を覗き込む。


「いや、何ていうか……ちょっと引っかかる、って感じがして……」


「引っかかる? 王都の主戦力を街の外に引き付けておいて、守りの薄くなった内側を襲って王都を破壊する……それがオルタンシアの目的だと思っていたけれど、貴方はそうじゃない、と考えているのかしら?」


 傍に立ったハーティアが、シリューを見下ろして首を傾げた。


「それはつまり、どちらも陽動で、本当の狙いが他にあるってことか?」


 ディックの意見は尤もだが、シリューにはそれが正解だとは思えなかった。


 レグノスで神教会に保管された人造魔石を奪い返すとき、オルタンシアはワイバーンを陽動に使った。


 果たして、あの時と同じ手法を使ってくるだろうか。


 たとえ二重の陽動だとしても、シリューなら人造魔獣でさえ瞬殺できる。


 そして、その事はオルタンシアも熟知しているはずだ。


「いや、上手く言えないけど、こっちは陽動じゃないと思う。とにかく二手に別れて、さっさと魔獣を始末しよう」


 シリューは立ち上がって全員を見渡した。


「俺は一人で……」


「ダメよ。ここは三人ずつ分かれましょう。貴方はディックとエマと一緒に北東に向かって。そちらは避難してくる人たちで、すでに混乱しているはずだから。私とミリアムとジョシュアは南西に向かうわ」


「いや、でも……」


 相手は普通の魔物ではなく、ダメージを受けても即座に再生し、魔石の魔力が続く限り動き続ける人造魔獣だ。


 勇者やその従士でもないただの人間が立ち向かおうとすれば、たとえどんなに優秀な魔導士だとしても無事で済むはずがない。四肢を失うほどの重症を負ったり、悪くすれば命を落とす者も出るだろう。


 だが、そう思ってしまったのは、シリューの驕りだったのかもしれない。


 ハーティアはそれを敏感に察したのか、少し険しい顔でびしっとシリューに人差し指を向けた。


「いい? こういう場合、単独行動には必ず隙ができるわ。だからそれを補完するためにも、チームで行動するの。貴方が強いのは知っているわ。でも、もっと仲間を信じなさい。私も、ミリアムも、ディックもエマもドクも。全員、守る側の人間よ、守られる側ではないわ」


 それから指を下ろしゆっくり踵を返すと、顔だけで少し振り返る。


「それに……貴方が、誰より優しいのも……知っているわ」


「ハーティア……」


 木漏れ日のように穏やかな笑顔を向けられ、シリューにはそれ以上反論する言葉が浮かばなかった。


 シリューたちはハーティアの指示通り二手に分かれ、魔獣を倒すべくそれぞれの方向へと向かった。


 

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