【229話】招集

 指定された時間の5分前には、すでに生徒全員が大講堂に集合し、場内にはぴりぴりとした緊張感が漂っていた。


 魔導学院の生徒とはいっても、元々はアルフォロメイ王国を含む、いずれかの国の魔導士団や騎士団から選ばれた若きエリートたちであり、ほとんどの者が実戦経験者だ。


 多少の動揺はあるかもしれないが、そこに不安の表情は見られず行動を乱す者もいない。


 やがて時間となり、武装した一人の教官が演壇に立ち、講堂の隅まで響き渡る声を発した。


「本日ヒトヒトゴーマル。王都から約5Km付近北街道に、災害級と思われる魔物が出現した。現在、親衛騎士団および王国魔導士団がこれを殲滅するべく対処中だ」


 生徒たちの間にどよめきが起こる。


「有事規定に従い、三年生は魔導士団へ合流。二年生、一年生は、王都防衛の結界を張る神官団の支援と、避難民の誘導および避難ルートの確保に当たる。君たちは所属する国も組織も違う、だが今はここに住む人々のために、力を尽くしてくれることを期待する」


 王都に非常事態が起こるなど数十年無かったことだが、それ故にここに集う若者たちは誰しも、高揚感に溢れ挑むような目をしていた。


「作戦の詳細はそれぞれの指揮官から説明する。以後はその指示し従うように。なお、リチャード・ブリューワー、エマ・オフェリアード、ジョシュア・スカーロック、ハーティア・ノエミ・ポードレールおよびウィリアム・ヘンリー・ボニー、マーサ・ジェーン・カナリーの六名は学院長室に集合せよ。以上だ」


 一連の説明を終えた教官は、壇上から降りてレギュレーターズを集める。


 彼らレギュレーターズにも、何かしらの特別な任務が与えられるようだ。


「災害級か……」


 教官の言葉をあえて聞かなかったことにして、一人講堂の外へ向かおうとしたシリューの左腕を、ハーティアが両手でがっしりと掴んだ。


「待ちなさい、どこへ行くつもりかしら?」


「ああ、それ……うおっ」


 言い終わる前に、今度は右腕を肩が抜けるほどの勢いで引っ張られる。


「ちょっ、ジェーンっっ!?」


 上目遣いにシリューを見上げたミリアムはついっと目を逸らす代わりに、捕らえたシリューの腕を、胸が当たるのも気にしないで抱きしめた。


 その様子を目にしたハーティアが、まるで負けないとばかりにシリューの左腕にしがみついて抱き寄せる。


「あ、あの、二人とも……あたって……」


「当ててるんです」


「当てているのよ」


「……」


 結局、それからは終始無言の二人に挟まれたまま、学院長室まで連行された。


「この状況で、その緊迫感の無さは尊敬するよ。さすがは深藍の執行者ってトコか、俺もまだまだ修行が足りないかな?」


 うんうんと一人で頷き、ドクは妙に納得した顔で後に続いた。


◇◇◇◇◇


「状況は説明のあった通りよ。出現したのは、災害級サウラープロクスと


 学院長室で、執務机を囲むように並んだシリューたちを見上げ、タンストールは神妙な表情を浮かべた。


? まだはっきりしてないんですか?」


 シリューの疑問に、タンストールの目が鋭く輝く。


「いい質問よ、キッドくん。情報が正確なら、通常のサウラープロクスのほぼ倍の大きさで、体色は闇のようにどす黒く、その上胸と腹の部分から、イグゾディアシスのものらしき脚が12本も生えているらしいわ」


「……それって……まさかっ!?」


「ええ。君の思った通り、人造魔獣でしょうね。この件には間違いなく、魔族が関わっているはずよ」


「オルタンシアっ」


 拳をぎゅっと硬め、焦りの表情を浮かべて部屋を出て行こうとするシリューを、タンストールが落ち着いた声で呼び止める。


「待ちなさいキッド、いえシリュー・アスカ。君が行く必要はないわ」


「は?」


 タンストールの以外な言葉に、シリューは僅かな苛立ちを覚えた。


「相手がオルタンシアなら、ほっとく訳にはいかないっ」


 振り向いたシリューは声を荒げる。


「タンストール様の言う通りよシリュー。少し冷静になるべきだわ」


「ハーティア、お前っ……」


 教室で魔石を見つけて、今度こそは先手を取ったはずなのに、またしても後手に回ってしまったのだ。これ以上、悠長にはしていられない。


「ねえシリュー。いつもの思慮深さはどこへ行ったのかしら?」


「え……?」


 ドアノブに掛けようとした手を止め、シリューは訝し気にハーティアを見つめた。


「何? その何も分かっていないような顔は。いつもなら、貴方が真っ先に気付くはずでしょう?」


 ハーティアは小さな溜息を零し肩を竦めた。だが、ハーティアの言葉の意味を理解していたのは、にやりと笑みを浮かべるタンストールだけだった。


「ねえシリューくん、落ち着いて考えてみて。魔獣が現れたのは、王都から5Kmも先よ、これはどういう事かしら、ね?」


 シリューだけでなく、ハーティアを除く全員が首を傾げる。


「これだけ距離があれば、騎士団も魔術士団も、完全ではないとはいえ迎撃の準備ができる……そう思わない?」


「あ……」


 そこでようやくシリューは気付いた。


「そう。王都の攻撃が目的なら、もっと近く、目と鼻の先に出現させるわよね。少なくとも私ならそうするわ」


 タンストールは、ぱちんっと片目を閉じて見せる。


「う……」


 相変わらずの気持ち悪さだが、そのおかげでシリューは冷静さを取り戻すことができた。


 ハーティアやタンストールの言う通りだ。


 オルタンシアと聞いて気が焦り、冷静な判断ができていなかった。


 シリューに王都防衛の責務があるわけではない。それは王国騎士団を含めた他の誰かに任せればいいのだ。


 冒険者ギルドの本部長、エリアスから依頼されたのはオルタンシアの調査。そして、オルタンシアを追い詰めたいのは、あくまでもシリューの個人的な理由だった。


 シリューはタンストールの前に引き返し、改めて今の状況を分析する。


「……なんでわざわざ防御態勢をとる余裕を与えたんだ? 」


 王都もレグノスと同じく、魔物の侵入を防ぐ結界があり、これから神官団によって更に強化され範囲も広げられる。


 いかに人造魔獣とはいえ、この防御を突破する事はできないだろう。


「これじゃあ、ただ魔獣を暴れさせて人目を引きたいだけだろ……ん、いやまてよ……」


 騎士団と魔術士団は、現在街の外で災害級の魔獣と戦闘中だ。


 神官団は結界の強化、冒険者たちは他の魔物の襲来に備えて結界の外で臨戦待機している。


 つまり、王都の主な戦力は今、その殆どが外に向けられている。


「まさか、それが……」


 教室の仕掛けを考えると、人造魔石は最低でも3つ。一つは魔獣に使ってるはずだから、残っているのはあと二つ。


 レグノスでもそうだったが、たとえ結界内でも人造魔石は持ち込める。


 もちろん、人造魔獣の元となる動物の死体もだ。


「オルタンシアは、王都の結界内に人造魔獣を放つつもりか……」


「おそらく、その認識で間違いないわ」


 冷静に会話を進めるシリューとタンストールに対して、ディックとドクが驚きの声をあげる。


「結界内に魔獣を放つだって!? そんな事ができるのか」


「今そんな事になったら、それこそ大混乱になるよな。無防備な背中から襲い掛かられるようなものだし」


「そうね。だから君たちをここに呼んだのよ」


 机に肘をついたタンストールが、人差し指をピンと上に向けにっこり微笑んだ。


「シリューくんはもちろんだけど、ミリアムちゃんもハーティアちゃんも、人造魔獣は初めてじゃないでしょう?」


 ミリアムもハーティアも、臆する事なく静かに頷く。


「分かりました、それが正式な依頼ってわけですね」


「理解してもらえて嬉しいわ、シリューくん」


 シリューはタンストールのウィンクを無視して、皆から数歩離れる。


「換装」


 眩い光がシリューを包み、その一瞬で変装が解け藍の装備に変わる。


 ミリアムとハーティア以外の皆が、初めてみる驚きの光景に息を呑む。


「深藍の……執行者……」


 掠れるような声で、誰かが呟いた。



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