【第225話】情報
教室で見つけた人造魔石をバルドゥールに預け、シリューたちは研究室をあとにして帰路についた。
いつもならまだまだ明るい時間だが、あいにくの雨のせいで今日はすでに薄暗く、街を歩く人影も随分とまばらで、家々の窓から漏れる明かりが濡れた石畳を照らしている。
そんな中、クランハウスの前に停まった一台の馬車が目に入った。
「あれ? あの馬車……?」
「うちの馬車だわ。父様が使いを寄こしたのかしら……」
シリューたちに気付いた御者が、幌付きの御者席から降りて馬車の扉を開くと、中から出てきたのはクラウディウス本人だった。
「父様……」
「クラウディウスさん!?」
「ええ!? クラウディウス……様?」
まさか当人がわざわざ出向いてくるなど思ってもいなかった3人は、一様に驚き絶句した。
「邪魔するが、構わんかね?」
馬車とはいえ、雨の中待たせていたはずのクラウディウスの表情には、特にそれを気にする様子は見受けられなかった。
「ええ、もちろんです」
門を開けて案内するシリューの姿に、クラウディウスの眉が僅かに動く。
「シリュー殿、その髪と目は……?」
「それも中で説明します。どうぞこちらへ」
クラウディウスを事務所兼リビングに通しソファーを勧める。
ソファーはもちろんのこと、家具や調度品はそこそこの高級品だから失礼にはならないはずだ。
「すぐにお茶をお持ちいたします」
ミリアムは、深々とお辞儀をして、キッチンへと下がってゆく。
こういう時に物怖じしないのは、しっかりとした教育の賜物だろう。
「換装」
シリューの身体を一瞬眩い光が包み、その光が消えると同時に変装が解かれ、学院の制服から藍のコートへと装備が変わる。
「おお……深藍の執行者は、そんな事もできるのか……」
特殊な能力があることを印象付けるため、わざとやってみせたのだが、クラウディウスの反応を見れば、シリューの目論見は成功したといえる。
「失礼しました。潜入調査のために、学院ではさっきのように変装して、偽名を名乗っているんです」
一礼してシリューと、それに続いてハーティアもソファーにかける。
「まさか、ご本人が自らいらっしゃるとは思いませんでした」
「ああ、国家機密なのでね。文字に残す訳にはいかないのだよ」
それに……と、クラウディウスはハーティアに目をやった。
おそらくは、娘の様子を見に来たのだろう。
「迷惑などかけていないだろうな」
「は、はい、父さま……」
相変わらず言葉には棘があり、ハーティアは萎縮してしまっている。
「話の前に、クランのメンバーを紹介しておきますね。ヒスイ」
気まずい雰囲気になりそうなところ、シリューは咄嗟に話題を変え、右の手の平を上に向けてヒスイの名を呼んだ。
「はい、です」
姿消しを解き、ヒスイがシリューの手の平の上に現れる。
「おお……」
クラウディウスはソファーから身を乗り出しヒスイに刮目する。
「仲間のヒスイです。彼女も冒険者で、種族はご覧のとおりピクシーです」
ヒスイは優雅にカーテシーをした。
「噂には聞いていたが、本当にピクシーを……いやはや、驚かされる事ばかりだな」
ちょうどそこに、着替えを済ませたミリアムがティーセットを持って入って来た。これも神教会でしっかりと学んだのだろう、彼女は流れるような所作でカップに紅茶を注ぎ、クラウディウスへ勧める。
「こちらのご婦人は、先ほどの?」
「はい、彼女も仲間で、一緒に潜入しています」
ミリアムは、胸の前で腕を交差させる神官流のお辞儀をした。
「
「ほう、奥方は神官であられたか。これは冒険者としても心強いな、シリュー殿」
「え?」
「ふぇ!? お、おく……」
危険の伴う冒険者にとって、治癒術士は非常に重要な戦力となる。
治癒能力の高い
ただし、彼等を正式にメンバーに加えるのは容易ではない。そもそも神官でありながら冒険者になる者は多くはないし、いたとしても高い志を持つ彼等が、下位ランクのクランに目を向ける事はない。
そして、クラウディウスは大きな勘違いをしていた。
「わ、私は、そんな……えへっ、えへへ……」
ゆるい否定をしながらも、ミリアムは頬を桜色に染め、銀のトレイを胸に抱きしめて身を捩る。
「いえ、彼女は別に……」
「父様っ、彼等はまだ婚姻を結んでいません」
ハーティアが無難な表現でシリューの言葉を遮った。
「ん? そうか。これは失礼した。私の早とちりだったようだ」
「ええと、そろそろ本題に入りませんか?」
「おお、そうだったな」
クラウディウスはティーカップをテーブルに置き、居住まいを正す。
「シリュー殿、君は『
「いえ、初めて聞きます」
「そうか、ならば少し説明いたそう」
エクスプレームス。
魔導榴砲とも呼ばれるその兵器は、現在主力の対災害級兵器『
巨大な弓と矢で構成されるフレシェットは、先端部分に爆炎魔法、後端に風魔法の魔石を装填した、直径10cm全長4mの金属の矢を発射するという構造上、大量の矢を戦場に持ち込むのが困難で、尚且つその運用にも一機につき10名の兵員が必要となる。
それに比べエクスプレームスは、充填された魔力自体を十倍以上に増幅して直接撃ち出し、その破壊力は優にフレシェットの3倍を超える。更に、フレシェットよりも小型軽量化されたおかげで機動性も上がり、運用に必要な人員も、魔力充填の魔導士3名、および照準・発射の兵2名ですむ。
「ローレンス・マーフィーは、そのエクスプレームスの基幹部分である、魔力の集積と増幅機関の開発部門に在籍していた」
「魔力の集積と増幅……」
「シリューさん、それって」
ソファーの脇に立っていたミリアムが、目を見開いてシリューを見下ろす。
「ああ」
オルタンシアがそこで、人から魔力を搾取する技術を得たのは明らかだ。
「その開発部門って、今はもうないんですよね?」
「その通りだ。エクスプレームスの生産が始まる前に解散して、技術は他の部門と共に製造部門へと統合された。何名かの開発者はそのまま新たな部署に移ったが、開発責任者を含めローレンス他数名は元の仕事に戻った」
「開発に使われた機材はどうなったんですか?」
「全て解体、破棄されたようだ。ただ、当時はあまり問題視されなかったのだが、機材の破棄を担当した女性研究者は、報告書を提出した一月後に事故死している」
「事故死……ですか」
シリューは腕を組み視線を落とす。
機材が破棄されたのが本当で、その女性の事故が単なる偶然なら、亡くなった本人には気の毒だとしても、今回の件とは無関係で問題はないだろう。
だが、そうでないとすれば。
機材は破棄されておらず、偽の報告書を書いた彼女が、口封じのために殺されたと考えるなら……。
オルタンシアは技術だけでなく、必要な機材までもを手に入れた事になる。
そしてもう一つ、オルタンシアが手に入れたもの。
「その開発部門の、責任者の名前は分かりますか?」
「ああ、君もおそらく知っている人物だ」
「エイブラム・オスニエル・カルヴァート伯爵……」
シリューが口にした名前に、クラウディウスは大きく頷いた。
「なかなかの洞察力だな、シリュー殿。私が手に入れた情報は以上だ。他にも何か必要な時は遠慮なく申し出てくれ。直接でも構わんし、娘を通してでも構わん。無能といっても伝言程度はこなせるだろう」
「ありがとうございます」
立ち上がって頭を下げたシリューに続き、クラウディウスも席を立ち、「では、失礼する」と軽く会釈をしてすたすたと玄関に向かった。
いつの間に移動したのか、ミリアムはすでにドアの前に立ち、クラウディウスのためにドアを開け深々とお辞儀をした。
「ありがとう、奥方殿」
「ふえっ」
その声はシリューたちに聞こえることはなく、クラウディウスがハーティアに目を向けることもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます