【第224話】発見!
カチャリっと乾いた音が鳴り、二枚の床板はシリューが予想していたよりも簡単に外れた。
「これはっ……」
床板の下には30cmほど空間があり、そこには10cm四方の金属の箱が置いてあった。
銀色の表面には
「何かの魔術式だな、これ……」
床下を覗き込んだドクが、顎に指を添えて呟く。
「魔術式か……」
【解析……術式の解読を完了しました。魔力漏洩防止の効果と隠蔽の効果が極めて高い高度術式です】
「隠蔽か……それで探索に引っかからなかったんだ。セクレタリー・インターフェイス、素手で触っても平気か?」
【問題ありません】
シリューは腰を屈めて、ゆっくりと床下の箱に手を伸ばす。
「ん? なんだこれ……」
光の加減で分からなかったが、箱を掴もうとした指が何かに触れた。
「糸……?」
持ち上げてよく見てみると、箱の側面四方からは極細い糸が無数に伸びてどうやら床下中に広がっているようだ。
「ホローグスパイダーの糸みたいね」
シリューの背後から肩越しに手を出したタンストールが、光を反射してキラキラとひかる糸に触れて眉をひそめた。
「ホローグスパイダー?」
「体長は10cmぐらいで脚の長い、魔物に分類される蜘蛛よ。ホローグスパイダーの糸は丈夫な上によく伸びて、魔力を吸収したり伝達したりする性質があるから、魔道具には欠かせないわ」
「蜘蛛か……」
シリューは憂鬱そうにため息を零す。
蜘蛛を含めて、必要以上に脚の多い生き物は、子供の頃から背筋がぞっとするほど苦手だった。
「ドク、開けてくれよ」
「ああ、いいけど?」
シリューが差し出しだ箱を受け取ったドクは、訝しげに首を捻る。
「ああ、待った」
すぐに開けようとしたドクは、シリューの声に一旦手を止めた。
「どうした?」
「や、いきなりその何とかスパイダーが飛び出してくるかもなぁ、と」
「ちょっ、嫌な事言うなよキッドっ」
どちらかといえば、ドクも蜘蛛は得意ではない。
「そんな訳ないでしょう。さっさと開けなさい。時間の無駄よ」
冷静に指摘したのは、腕を組んで二人を見下ろすハーティアだった。
「じゃあ、ハーティア」
「な、なに言っているのっ。自分で開けなさい、ばかなのキッドっ」
そして、ハーティアはシリュー以上に蜘蛛が苦手だった。
「それじゃ、開けるぞ」
ドクは箱の蓋を持ち上げて一気に開けた。
「魔石は、無いな」
期待していた人造魔石はそこには無く、真空管やトランスに似た物が整然と並んでいた。
「中継機みたいなものかしら?」
ハーティアが疑問を口にする。
シリューは手早く【解析】をかける。
「ああ、床下に張り巡らせた糸で、教室全体から微量な魔力を吸収して、この中継機に集めてるみたいだ」
「あ、でも、それなら魔石はどこにあるんでしょう?」
ミリアムだけではなく、全員が同じ疑問を抱いていた。
「それはほら、これ」
箱の側面から他よりも明らかに太い糸が一本、まっすぐ教室の前方に向かって伸びている。
「たぶん、隣の教室にも同じような魔道具があって、この糸で繋がってるんだと思う」
シリューはその太い糸をぴんっ、と引っ張ってみた。他の糸よりも抵抗があり、すぐに動かなくなる。
「なるほどな、一旦ここに集めた魔力を、その太い糸で隣の教室に置いた魔道具に送ってるわけか」
ディックの問いかけに、シリューは軽く頷く。
「ドク、症状を自覚してる生徒は、この階の教室に集中してたんだよな?」
シリューは改めてドクに尋ねた。
「ああ、それは間違いない」
この階には、2年生3年生の成績優秀者が集められたクラスが並んでいた。
「それじゃ、一部屋ずつ床を剝ぐってくか」
「いや、まてドク。キッドの言う通りなら、集めた魔力は最終的に人造魔石に送られるはずだ。ここは一番端の教室だから、最もロスがなく効率的な配置は……」
「真ん中か……」
「たぶんね、じゃあ行ってみようか」
立ち上がったシリューに続いて、全員が七つ並んだ四番目の教室に入った。
要領が分かってしまえば、あとは難しくはない。
教室のほぼ中央にやはり色の違う床板があり、それを剥がすと予測通り魔法文字と文様の描かれた金属の箱が出てきた。
ただ、前の教室にあった物と違い、二回りほど大きく高さも倍近くある。
「待った。これは、素手で触らない方がいい」
箱に伸ばしたドクの腕を、シリューが掴んで止めた。
「ヤバいのか?」
「色々とね」
死体を、魔獣や魔人に変えるだけではなく、レグノスでは生きた馬が正気を無くして暴走した。
人間にも無害という訳にはいかないだろう。
シリューは、白の装備からグローブだけを換装した。
「お、おいキッドっ、その手袋、いつ出したんだ?!」
通常のマジックボックスなら、着用した状態での出し入れはできないのだから、ドクが驚いたのも当然といえば当然のことだ。
「ドク、余計な事を考えるな」
「そうよ、身体に良くないわ」
ドクが振り向くと、ディックとエマは悟りを開いたような表情で目を閉じ首を振った。
「な。なるほどね……知らなくていい事も、世の中にはあるよな」
二人は、深く追求しないと決めたらしい。ドクもそれに倣うことにした。
ドクたちのやりとりを余所に、シリューは箱から伸びた糸をナイフで切り、その箱を床の上に置いてゆっくりと蓋を開ける。
「やっぱり……」
そこには、真空管やトランスに似た部品の他に、三つの人造魔石が並んでいた。
「あれ、黒くないですねぇ」
シリューの右肩に手を置いて、箱を覗き込んだミリアムが首を傾げる。
「そうだな、透明に近い灰色?」
「私には、ほんのちょっと赤と黄色が混じってるように見えますけど……」
シリューが確認するが、色味に気づいたのはミリアム一人だった。
「どういう事だ……」
研究室にある魔石は黒い。
「魔力を使い果たすと黒くなるのかしら?」
ハーティアの憶測もあり得なくはない。
「でもそれだと、研究室に持ってきた後で色が変わったってのが、説明できなくないかな」
「そうね……では、初めがこの色という事も考えられるわね」
「ちょっと待て、何の話しだ? 魔石の色が何か関係あるのか?」
ディックが二人の会話に割り込み尋ねる。
研究室が違うディックたちには、初めて聞く話しだった。
「とりあえず、コレを研究室に持っていく。それから詳しく話すよ」
シリューは、一旦箱を閉じて両手で持ち上げる。
「研究室でもいいけど、その前に長官室で話しましょうか。そのほうが、誰にも聞かれる心配はないわ」
皆が頷いて、タンストールに続き教室を出ていく。
「問題は、コレで先手を取れたかって事だよな……」
最後に教室を出たシリューは、抱えた箱にふと目をやる。
「それは分からないけれど、一歩進んだのは確かだわ。さすがね、キッド」
シリューの呟きが聞こえたらしく、ハーティアが振り返った。
「へえ、少しは見直したか?」
「私は初めから貴方に夢中よ」
「は?」
ハーティアは上目遣いにシリューを見つめ、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「そんな事も気付かないの? ほんとにばかねシリュー」
「え、あ、ええっ?」
シリューが真意を尋ねる前に、ふふっと声に出して笑い、ハーティアは踵を返して駆けていった。
◇◇◇◇◇
長官室で一通りの説明を終え、今後の対策についても幾つか決められた。
王都を巻き込んだ事態を想定し、王国騎士および魔導士団、それから冒険者ギルドとエターナエル神教会との連携を図るため、タンストールは今日のうちに4者との協議に入る。
有事の際は、魔道学院の生徒たちも武装し王国の指揮下となるが、シリューたち6名はその限りではなく、引き続きオルタンシアの捜索を主に、不足の事態が発生した場合は独自の判断で行動する。ただし、戦闘は住民の保護と安全を最優先させること。
念のため、タンストールの部下によって他の教室もすべて調べられた。
「まあ、今まで通り、自由にやって頂戴って事ね。責任はあたしとエリアス様が取るから心配しないで」
ニタリと笑ってウィンクするタンストールを、今まで以上に気持ち悪いと思ったシリューだが、もう面倒くさいので何も言わなかった。
「じゃあ、俺はコレを研究室に持っていきます」
「ええ、よろしくね」
一同解散となった後、シリューはミリアムとハーティアの3人でバルドゥール研究室へ向かった。
金属製の分厚いドアを開けて研究室へ入ると、魔法で空調された室内は少しひんやりとしていて、ミリアムは両腕を抱えるように組み、ぷるっと身震をいした。
「おや、今日はもう来ないのかと思っていなんだが、こんな時間にどうしたのかね?」
終業時間はとうに過ぎて、各研究室もそろそろ職員たちが帰宅を始めようという時刻に現れたのだから、バルドゥールが多少不思議に思うのも無理はない。
「これを見てください」
シリューは金属の箱を机に置き蓋を開けた。
「これは……?」
「人造魔石ですかぁ? まだぁ透明なんですねぇ。ただの輝石みたいで綺麗ですぅ」
魔石に伸ばしたヴィオラの手を、シリューはがっしりと掴んで止めた。
女性の手を握ることに慣れていないせいか、何となく違和感を覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ヴィオラ先生、素手で触ったらだめですよっ」
「あぁ、そうでしたぁ。忘れちゃってましたぁ~」
ヴィオラはマイペースで、緊張感の欠片もない喋り方も相変わらずだ。
「しかし、これを何処で?」
バルドゥールは、魔石を覗き込むヴィオラを少し下がらせて尋ねた。
「教室です。中央校舎の2階の教室に仕掛けられていました」
「中央校舎……2年3年の成績上位者のクラスだね……」
「この魔道具で、生徒たちから魔力を集めていたようです」
「こんなものをぉ、教室の床下に仕掛けるなんて、盲点でしたねぇ」
リスクさえ楽しんでいるのだとしたら、オルタンシアは想像以上に危険な人物だ。
「でもこれで、一歩だけヤツに追いついた」
シリューはそっと呟き、片方の口角を上げて笑った。
ローレンスの姿が見えなかったが、予め彼の休暇日に合わせて捜索を行ったのは言うまでもない。
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