【第223話】捜索

「それじゃあキッドくん、始めてちょうだい」


 午後の授業が終わり、生徒たちのいなくなった教室に集まったシリューたちに向かい、タンストールは期待のこもった目でいつものようにねっとりと微笑んだ。


「で、具体的に何を探せばいいんだ?」


「そうね、ここには机と椅子とロッカー、それに教壇くらいしかないわ」


 ディックは肩を竦め、エマはぐるりと教室を見渡して首を傾げた。


 床に固定された生徒用の机が24台に、同じく椅子が24脚。それに教室の正面に教壇が一つ、後ろにこれも生徒用のロッカー。


 広さは、シリューが知る一般的な高校の教室よりも若干狭いくらいだろうか。


 物を隠せる場所といえば、後ろの壁に並んだロッカーぐらいしかない。


 ただ、そんな所から今回の探し物が出てくるとは、誰も思っていなかった。


「あとは、床と壁と天井だけど……どれも壊すのはちょっと勘弁かな?」


 ドクが眉をひそめて溜息を零す。


「嬉々として壊したがってるやつが、二人ほどいるけどね」


 シリューは、既に戦鎚を構えたミリアムと、何処に魔法を撃ち込もうかと視線を巡らすハーティアとを交互にねめつけた。


「や、やだなぁキッド。これは、別にそんな……」


「そ、そうね。何か、誤解があるわね……」


 ミリアムはそそくさと戦鎚を背中に隠し、ハーティアはバツが悪そうに目を逸らす。


「お前たち、誤魔化し方、ヘタすぎだろ……」


 破壊の女神たるミリアムはともかく、ハーティアまでもが破壊願望を持っていた事に、シリューは何となく背筋が冷たくなるのを感じていた。


「とにかく、壊すかどうか、とか、どこを壊すか、とかは俺が決める。まずは、何か変わった所は無いか、みんなで徹底的に確認していこう」


「変わった所?」


 ディックが尋ねる。


「ああ。最初に床から。床板に不自然な隙間やキズがないか。凹みとか微妙な段差でもいい、少しの変化も見逃さないようにしてくれ」


「床を……か?」


 顔をしかめて床を指差し、わざとらしく長めの間をおいて目を向けたディックに、シリューはこちらも大袈裟に肩を竦めて手のひらを見せ、涼し気な笑顔で答えた。


「たまには、蟻の気分を味わうのもいいんじゃないかな?」


「まったく……本当に腹の立つヤツだな。そのうち報いを受けるぞお前」


 そう悪態をつきながらも、ディックは素直にしゃがみ込み、床に手を這わせる。


「だってさ、どうするキッド?」


 シリューの傍をすり抜けるように通りながら、ドクが横目ににやりと笑い掛ける。


「ま、その時は、あんたが詩にしてくれよドク」


「任せてくれ。派手な報いを期待してるぜ」


「ああ、少なくとも、あんたたちが膝を汚した分くらいはな」


 ひらひらと手を振り、ドクはディックに続いて腰を落とした。


「シリューさん」


 ハーティアもエマも床に膝をつく中で、ミリアムだけは最後まで立ったまま、シリューの顔をじっと覗き込んでいた。


「ん?」


 ミリアムは誰にも聞こえないように、シリューの耳元に唇を寄せる。


「シリューさんの能力で……探せないんですか? ほら、レグノスで建物の中の人を、見つけたみたいに」


「ああそれな……やってはみたんだけど、ダメだった」


 実際、何度か【探査】を掛けてみたのだが、探す対象が明確でない場合、無機物に対してはほぼ同一の反応しかなかった。


 つまり、壁は壁、床は床と認識されるだけで、X線検査のようにその中まで透過して画像を創り出している訳ではないようだ。


 それでも、何らかの形で魔力を発していれば【探査】に反応するのだろうが、それも無いという事は鑑定系の能力を阻害する技術が使われているのかもしれない。


「ま、地道に探すしかないよ」


「そうですね、頑張りましょうっ」


 ゆっくりと床に膝をついたシリューの目の前に、ふんっと、必要以上の気合を込めて、ミリアムはまるでクラウチングスタートのようなポーズをとる。


 もちろん、ミリアムは意識している訳ではない。訳ではないのだが……。


「ミリアム……」


「はいっ」


「もうちょっと腰を下げろ……」


 他の誰にも聞こえないよう、囁くような声でシリューは言った。


「ふぇ?」


 これが短距離のスタートなら、重心移動の少ない理想的なダッシュの切れる姿勢だが、何分お尻の位置が高すぎる。さらにずり上がったスカートが腰に掛かったままになって、隠すという役割を果たしていない。


「見えてるって……」


「みゅっ!?」


 ミリアムは慌てて捲れ上がったスカートの裾を直し、真っ赤な顔でシリューをねめつける。


「し、シリューさんの、えっちっ」


「や、あの、なんか、ごめん……」


 自分のせいではないとシリューは分かっていたが、それでもしっかり見たのは事実で、多少なりとも感じた罪悪感に思わず謝ってしまった。


「ちょっ、変に謝らないでくださいっ。余計恥ずかしいじゃないですかぁっ」


「え、えっと……うん。そ、じゃあここはお前に任せるから、俺は……」


 こういう場合、これ以上謝ってしまうのは逆効果だ。


 以前、同じような場面に出くわした経験から、シリューはちゃんと学んでいた。


「はい……そうしてください」


 俯いたままでミリアムがぴっと指差したのは、まだ誰もいない教室の端。


「あ、じゃあ、しっかり探してくれ」


「は、はい……」


 シリューは立ち上がってミリアムの傍から離れる。


「あらあら、いいわねえキッドくん、初々しくって」


 二人の成り行きを興味深げに眺めていたタンストールは、生暖かい笑みを浮かべて、すれ違うシリューに囁いた。


「相変わらず毒々しい変な生き物ですね、タンストールさん」


 シリューは対抗するように涼し気な笑みで答えたが、タンストールは「あら、上手ねえ」とまったく気にする様子はなかった。


◇◇◇◇◇


「古い擦り傷はいくつかあるが、床板を剥がしたような跡はないな。そっちはどうだエマ、ドク」


 暫く這いずり回っていたディックが立ち上がり、エマとドクに声を掛ける。


「こちらも同じね。何もないわ」


「ああ、膝が汚れただけ。当てが外れたかな」


 エマは顔を上げて首を振り、ドクは膝を払い肩を竦めた。


「次は、壁かしらキッド。それとも天井裏? どっちにしても脚立が必要ね」


 ハーティアが天井を見上げて指さす。


「いや大丈夫、天井は俺が調べるよ。みんなは壁を」


「あら、脚立なしにどうやって上がるの? この建物には結界が張られているから、飛翔ソアースの魔法は使えないわよ?」


 シリューの能力を知らないタンストールが首を捻り、ディックたちもそれに頷く。


「俺の『翔駆』は、構築した理力の足場を使って、空中を自在に移動できます」


 つまり、結界の中だろうが何の支障もなく使える。


「……あたしも、長い事生きてるけど……そんな理力の使い方は初めて聞いたわ」


「相変わらず、常軌を逸しているわね、キッド」


 目を丸く見開いたタンストールの横で、ハーティアは呆れたように眉をひそめる。実際にシリューが空を駆けるところを目撃した事があるハーティアも、その原理は一種の魔法だと思っていた。


「お前も、相変わらず言い方に棘があるな」


「気に入ってもらえたかしら」


 溜息を零したシリューが天井を見上げた時、未だ一人床を見つめていたミリアムが声をあげた。


「キッド待ってっ。ここっ」


 教室のほぼ中央の床で蹲るミリアムの周りへ、全員が集まる。


「ほら、ここ見てください。ここの二枚の床板だけ、周りと微妙に色が違います」


 ミリアムはちょんちょんと、二枚並んだ床板を指で弾いて見せるが、彼女の言うように色の違いに気付く者は他にいなかった。


「僕には同じ色に見えるな……」


「申し訳ないけど、私も違いがあるようには……」


 じっと目を凝らしたディックとエマが、すまなそうに小さな声を零す。


「いや、うん、そうか……」


 以前、魔石の色の違いに気付いたミリアムは、おそらく普通の人が持つ3つの色覚、青、緑、赤にオレンジを加えた4つの色覚を持っているのだろう。


 そのため人よりも色彩感覚が鋭く、普通の色覚の人が見分けられないような微妙な色の変化にも敏感だ。


 シリューはその板と周りの板に『解析』をかける。


 結果……。


「……材質も色も同じだけど、加工された年月がその2枚だけ新しい。やっぱお前凄いよ、ミリアム」


 涼し気な笑顔でまっすぐに見つめ、シリューはそっとミリアムの頭を撫でた。


「ひゃうっ……あ、ありがとうございますぅ……」


 桜色に頬を染めるミリアムを、ハーティアは少しだけ複雑な表情で見つめていた。


「じゃ、外してみよう」


 そんなハーティアに気付く事もなく、シリューは床板の僅かな隙間にナイフの刃をかけた。



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