【第216話】二人でご挨拶?
ハーティアの実家であるポードレール家の屋敷は、旧市街の外で第二城壁跡の内側、南東地区にあった。
門を抜けた先の前庭には馬に跨った初代当主の彫像が置かれ、その像をぐるりと囲むように石畳の道が建物の入り口へと続く。
三階建ての建物は直線的なデザインで重厚感があり、縦長の窓をいくつも連結させた大きな窓と、屋根上に配置された塔を中心に左右対称となっいる、アルフォロメイ王国では主流の建築様式だった。
「無駄に広いな……」
シリューはその大きさに溜息を漏らす。建物の大きさも敷地の広さも、シューがいた養護施設のゆうに5倍はある。
権力者が大きな屋敷を作りたがるのは、どの世界でも同じなのだろう。自己顕示欲の表れなのかもしれないが、財力のある者が金を使えば、それだけ経済が回り潤う者も増えるのだから悪い事ではない。
「そうね、無駄なのは認めるわ」
ポードレールの屋敷は、王都でも五本の指に入るほど立派な物だった。
ただ……と、ハーティアは心なしか申し訳なさそうに続けた。
「……ポードレール家は幾つか鉱山を持っている代わりに、領地が無いの」
領地を持つ貴族なら、自領内に城を構えるなり宮殿を所有するのが常であり、年に数日から数週間の滞在のためだけに、わざわざ王都に広大な屋敷を作るような無駄な事はしない。ポードレール家の屋敷がここまで広いのは、王都が唯一の拠点となるのに加え、その昔は独自の騎兵団を持っていたからだ。
「まあ、半分は見栄だと思うのだけれど……」
「そっか、貴族もいろいろ大変だな。まあ、お前が気にする事じゃないけどね」
自嘲気味に肩を竦めたハーティアに、シリューは涼し気な笑みを返した。
「でも、大丈夫なのか? 面会の約束もなしに押しかけても」
「そこは問題ないわ。父は今日は休日だし、私は一応娘よ。話しくらいは……聞いてくれるわ」
そこに若干の間があったのは、おそらくハーティアの期待が込められていたのだろうが、シリューはあえて気付かないふりをした。
そして。
「……って、あれ?」
気付かなくていい事にまで気付いてしまった。
目的はローレンスの調査を頼むためだとしても、形としては女の子の家を訪ねて、おまけにその父親にまで会う。
しかも、当の娘であるハーティアと一緒に。
〝や、これって、「僕たち交際してます」とか、「娘さんをください」とかって感じのやつっぽくね!?〟
調査を頼むなら、冒険者ギルドを通して、クラン『銀の羽』として正式に依頼する方法もあったはずだ。
ギルドを通さず非公式であっても、『深藍の執行者』の名を使うのならば、ミリアムやヒスイも一緒に連れてきた方が効果的だったのではないか。
論理的なハーティアが、何を意図して二人だけで父親に会おうとするのか、シリューには見当もつかずに、右隣を歩くハーティアの顔をちらちらと覗き見た。
「緊張しているの? 貴方にしては珍しいわね。でも、大丈夫よ。そんなに硬くならないで」
「いや、お前、言い方……」
「え?」
気を遣ってシリューを安心させようとするハーティアの言葉は、ますますもってそれっぽい。
ここにきてようやくシリューは、出掛けにミリアムが心配そうな顔をした理由が分かった。
「なあ、やっぱりミリアムたちも一緒に……」
「なにを今更言っているの? もう玄関の前でしょう? 覚悟を決めなさい」
もうこれは傍から見れば完全に、父親に会わせようとする女と、尻込みする男の絵面だった。
「一つだけ気を付けて欲しいの」
ハーティアは縋るような目でシリューを見つめた。
「な、何?」
「父はハーフエルフよ。お願いだから変な事は口にしないで」
一番の心配はその事だった。
シリューはなぜかエルフに対して辛辣で、開口一番ツッコみを入れる。それも、かなり失礼な言葉で。
「お願いだから、変な事は口にしないで」
「や、何で2回言った?」
「物凄く大事なことだからよ。約束して、シリューっ」
シリューの服の裾を掴み上目遣いに懇願するハーティアの仕草には、真剣さと同時にいつもは感じない保護欲をかき立てられ、シリューはごく自然にハーティアの肩へ手を乗せた。
「大丈夫、余計な事は言わない。だいたい、今まで会ったエルフが変人ばっかりだっただけで、別にエルフが嫌いとかじゃないから。まともな人なんだろ? 親父さん」
「ええ、少々頑固なところと、家名に拘るところはあるけれど、人の話しはちゃんと聞いてくれるわ。貴方には遠く及ばないにしろ、私から見ても優秀ではあると思う。性格は、そうね。有り体に言えば、ごく普通の人物で特に変わった部分はないわ」
「それ聞いて安心した」
どうやら、初めてまともなエルフに会えるようだ。
それに、昨夜ハーティアは「父親とは上手くいっていない」と言っていたが、その口ぶりから、必ずしも父親を嫌っているわけではなさそうな気がした。
もちろん、親のいないシリューに親子の事が分るはずもなく、勝手にそう思っただけなのだが。
装飾の施された重厚な木製ドアのノッカーを、ハーティアはこんこんこんっと三回叩いた。
映画やドラマの場面では、それで黒い服の執事がドアを開けるものだが、なるほどすぐに内側からドアが開き、イメージ通りの壮年で黒服の男が顔をのぞかせた。
「これはハーティア様、お帰りなさいませ。おや、お客様ですか?」
黒服の男は、ハーティアの後に立つシリューを一瞥して尋ねた。
「ええ、彼は冒険者のシリュー・アスカ。父様に引き合わせたいのだけれど、今大丈夫かしらベネティクト」
「お館様に? それはそれは。では、貴賓室でお待ちください」
ベネティクトは、少し声を弾ませてそういうと、二人を二階南側の貴賓室へ案内し「すぐにお茶をお持ちいたします」と足早に部屋を出て行った。
「まさか、ここに通されるとは思わなかったわ……」
「貴賓室って、あの人何か勘違いしたんじゃないか?」
光を取り込む大きな出窓からは綺麗に整備された中庭の緑が目に映え、オフホワイトで統一された部屋の中央に、細かな装飾の施された赤い起毛のソファと金色に縁どられたテーブル。床は毛足の長いカーペットが敷かれ、天井にはまるで重力を無視したかのようなシャンデリア。
「ぜんぜん落ち着かない……」
その上、ここも無駄に広かった。
「ごめんなさい、父の執務室へ通してもらう予定だったのだけれど……」
ハーティアは困ったように眉根を寄せた。
「あ、いや、別に責めた訳じゃないんだ。俺はほら、こっちに召喚される前はただの庶民だったから、こういう雰囲気に慣れてないんだ、ごめんな」
そう言って頭をかくシリューを、ハーティアは目を細めて見つめた。
「なに?」
「いいえ。ただ、ミリアムが言った通り、貴方ってほんと、自分の非は素直に認めるのね」
「え、ああ、そうかな? まあ……そうかも」
それからハーティアは、近頃はたまに見せるようになった柔らかな笑みを浮かべる。
「貴方のそんなところ、嫌いではないわ、シリュー」
「ありがと。俺もお前のそんなところ、嫌いじゃないよハーティア」
涼し気に笑うシリューの引き込まれるような黒く深い瞳に真っすぐ見つめられ、ハーティアは脈打つ胸の鼓動が耳にまで聞こえるように感じて、思わず顔を伏せた。
「ば、ばかなのっ、ばかシリューっっ」
それは明らかな照れ隠しだったが、ハーティアは自分の心の変化に気付き狼狽した。
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