【第211話】地下に眠るもの

「あなたの見解を教えて頂戴、キッドくん」


 長官室へと連れてこられたシリューは、タンストールの促すまま、ミリアムとハーティアに両側を押さえられる形でソファーに掛けた。


「そうですね、全体的に気持ち悪いです。オカマであるのはどうでもいいですが、とにかく服のセンスが最悪です。青年のようなジジイというのにも問題ありで、ピタピタのタイツとかもう完全に変態です」


 シリューは一気に捲し立てた。


 ミリアムもハーティアも、シリューの話すままに任せて止めなかったのは、少なからず同じ見解を持っていたからだった。


「やだキッドくん。あたしの事じゃないのよぉ」


「いや、自覚してんのかっ!」


 自他共に認める変態だった。


「まあまあ、それは後でジックリって事で、ね?」


「キモイ」


 シリューは、まるで口いっぱいの苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて、きっぱりと言い放った。


「キッド……気持ちは分かりますけど、ここは、耐えましょう……」


 ミリアムはぎりぎり我慢しているらしく、笑いそうな泣きそうな顔をしている。


「そ、そうよキッド……彼には、彼なりの考えが……」


 ハーティアの目の焦点は合っていない。神にも等しいタンストール・ダーレーが激しくイメージと違ったため、大きなショックを受けているようだ。


「お前、この変態と会った事なかったの?」


「入学式とか、行事の時のスピーチでしか知らなかったわ。まさか……」


 行事の際は、長いローブをしっかりと着込んでいるらしく「まさか中身が全身タイツの変態だとは思わなかった」という事だった。


「今のところただの憶測ですけど……」


 シリューは、逃げ出したい欲求をどうにか抑え、気乗りのしない様子で話し始める。こうなったら、さっさと終わらせて退散するに越したことはい。


「一つ目ですが、レグノスからマナッサまでの一連の行動から考えると、オルタンシアは人造魔石を、もう奪い返す必要がないと判断したように思います。ただ理由は分かりません」


 こくこくと頷いて、タンストールは続きを促した。


「二つ目に、人造魔石の目的なんですが、俺はずっと魔獣を生み出し戦力として使役する事だと思ってました」


「それは、あたしも含めて皆そう思ってるけど、違うのかしら?」


 シリューはゆっくりと首を縦に振る。


「たぶん、違います。おそらく、魔獣を生み出すのは副次的なもので、本当の目的は魔神の復活に関係があるような気がします」


「……なるほどねぇ……魔族が絡んでいる以上、それは大いに有り得るわね」


 穏やかだったタンストールの目に、一瞬で厳しい光が宿る。


「それにもう一つ。オルタンシアはもう何かを仕掛けてきてます」


「それはあなたにって事? それともこの学院にって事かしら?」


「学院です。今のところは数人程度ですが、体調不良を訴える生徒がいます。その生徒たちには、他人の魔力を認知できる共通点があるみたいです」


 それが具体的に何を意味しているのかまでは分からない、とシリューは付け加えた。


「それが、オルタンシアによるものという根拠はあるのかしら?」


 たった何人かが体調不良になったからといって、それがどうオルタンシアと繋がるのか。単なる偶然である確率の方が、圧倒的に高いのは確かだった。


 だがシリューは、初めてタンストールの目を見据えて、はっきりと言った。


「勘です」


 何の根拠も証拠もない。


 それでもシリューは確信していた。


 誰も気付かないから、そこにヤツは潜み、そこで謀略をめぐらせる。


 オルタンシアの常套手段だ。


「なるほど……君の、「深藍の執行者」の勘なら、乗らない手はないわねぇ。わかったわ、こちらもそのつもりで動きましょう」


 それに、とタンストールは続けた。


「あなたも、いざという時は白くなるのよね」


「黙れ変態じじいエルフ」


 シリューは、これまでの人生の中でもっとも嫌そうな顔をした。


「キッド……ホントにエルフには遠慮なしですね~」


 ミリアムはそう言いながらも、清々しい笑顔を浮かべている。


「もう、潔過ぎて逆にすっきりするわねキッド」


 ハーティアもニコニコと笑っている。


 もちろん相手がタンストールだから、ではあったが。


 それから改めてタンストールは、シリューへの全面的な支援と、学院での制限のない行動の自由を約束してくれた。(もちろん、常識的な範囲内での事だが)


 長官室を早々に退出して、帰路につく頃には既に街灯と家々の窓から漏れる明かりがさしていた。


 三人並んで歩くまだ人通りの絶えない通りで、溜息をつく声が聞こえる。


「ハーティア、元気ないな」


 シリューは左側を歩くハーティアの顔をうかがう。


「まあ……少しね……」


 言葉少ななハーティアの横顔には、焦燥感が漂っている。


「うん、何となく気持ちは分るよ」


 シリューにしても、世界的に大ヒットした小説に登場する魔法学校の校長や、ファンタジーの礎となった物語で、主人公の小人族たちを支える魔法使いをイメージしていた。


「まさか、アレとはなぁ……」


「あ、でもでも。恰好はあんなだし、喋り方は気持ち悪いですけど、言ってる事はまともでしたよ?」


 ミリアムは至って前向き思考だった。


「それが問題なんだよ」


「それが問題なの」


 これで、言っている事も変態じみているのなら、もう完全無視を決め込むところだが、そうできないところにジレンマがある。


「「たちが悪い」」


 珍しくシリューとハーティアの意見が一致した。ついでに言葉も。


「はあ、そんなものですかぁ。私は面白くていいかなって思いますけど」


「それがお前の良いトコだよな」


「え? は、あ、あの、ありがとうございますぅ」


 近頃シリューはこうして、何気なく褒めるようになったが、ミリアムはまだその事に慣れる事ができずに、ついつい頬を染めて俯いてしまう。


「じゃ、暗くなったし、用心のためだ、送っていくよハーティア」


「「え?」」


 ハーティアとミリアムの声がぴったりと重なり、二人同時に立ち止まった。


「え? 何?」


 振り返ったシリューを、二人が不思議そうな顔で見つめる。


「気持ちはありがたいのだけれど……」


「もしかして、気付いてなかったんですか?」


「や、えっと、何が?」


 三日前にハーティアはクランハウスへ住むことになり、二日前には荷物も部屋に運び込んだ。しかも、シリューはそれを承諾していた。


「あれ……そうだっけ……?」


 そういえば、ここの所ずっと、朝食も夕食も一緒だった。


 オルタンシアや魔神に気を取られて、あまり気にかけてはいなかった。


「ねえ……ホントに、馬鹿なのシリュー……」


「アホの子です……シリューさん……」


 呆れて肩を竦める二人は偽名で呼ぶ事も忘れ、かわいそうな小動物を見るような目でシリューを見つめた。


◇◇◇◇◇


 生徒や職員たちが帰宅し、誰もいなくなった学院の中央棟。立ち入りの禁じられた扉を抜け、タンストールとエリアスは薄暗い階段を降り、迷路のように複雑な地下三階の廊下を進む。


 まったく同じデザインの扉が並び、どこを曲がっても似たような廊下が続く。さらには角度をずらし、正面に立っても姿の映らない鏡が所々に設置され、どの方向から来たのかさえ分からなくなるような造りには、もちろん訳がある。


 侵入者を迷わせ、目標の扉へ辿り着かせない事。


「いつも思うが、よく迷わんものじゃのぉ……」


 エリアスは鏡にぶつけた額をさすりながら、涙目でタンストールを見上げた。


「まあ、あたしが造り上げたんですもの。設計図はちゃあんと頭に入っていますよ」


 シリューの話を聞いた後、タンストールは急ぎ冒険者ギルドへ使いを出し、本部長のエリアスに報告した。


 エリアスが取るものも取りあえず学院へとやって来たのは、事の重大さを十分すぎるほど理解していたからだ。


「オルタンシアの狙いは、本当にここじゃと思うか?」


「シリューくんの言った通り、魔神の復活が目的なら、まず間違いないでしょうね」


「此処の事を知っているのは、今ではもう何人もはおらん。どうやって嗅ぎつけたんじゃろうな」


 エリアスは腕を組んでう~んと首を捻る。


「魔族には何らかの形で、記録なり伝承なりが残っていたのかもしれませんね」


「じゃが千年近くも放っておいて、なぜ今頃になってを狙う?」


「今頃、というより、今になってようやく何か方法を見つけた……とは考えられないですか?」


「……それが……人造魔石、という事かの……」


 タンストールはゆっくりと頷き、扉の前で立ち止まった。


 他の扉と寸分違わず、特に突き当りでも角に位置するわけでもない。


「どうじゃ?」


 扉の枠を手でなぞるタンストールに、エリアスが尋ねる。


「……問題はありませんね。封印は効いています」


タンストールの言葉に、エリアスはほっと胸を撫でおろす。


 閉じられた扉の先は、地中奥深くへと続く洞窟。


 1500年の間、何人なんぴとも通る事を許されなかった、禁断の道。


「渡すわけにはいかんの……」


「ええ……」


 その洞窟の最奥に、何重もの結界でそれは封印されていた。

 

「魔神の……心臓」


 緊張に震えるエリアスとタンストールの声が、しんと静まり返った廊下に響く。


 認識阻害の装備を身に着け気配を殺した監視の目に、二人は気付かなかった。


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