【第210話】ちょっとだけ望む事

「では最後に、キッド。何か意見はあるかね?」


 ミーティングの終わりに、バルドゥールは各人に意見を求めたが、最後に声を掛けられたシリューは、魔石と魔神の関係について考えていたため名前を呼ばれた事に気付かなかった。


「キッド?」


 全員の視線が向けられ、シリューははっと我に返る。


「あ、ああ、すみません。そうですね……」


 シリューは一瞬躊躇したが、自分の能力を隠すメリットよりも、研究の遅れによるデメリットの方が大きいとの判断から、以前の解析結果については隠さずに話す事にした。


「役に立つかどうか……人造魔石には藍柱石らんちゅうせきが約一割と月長石げっちょうせきが約二割使われています。残りの七割は分かりませんけど、魔力による錬成ではなく、素材を化学反応によって生成したものみたいです」


「「「「ええっ!?」」」」


 そして、ミリアムとハーティアを除く皆の反応は、シリューが予想した通りだった。


「「なんでっ、そんな事が!?」」


 バルドゥールはもちろんのこと、タンストールも大きく目を見開いている。


「凄ぉいキッドくぅん。鑑定ができるのぉ~?」


 ヴィオラは驚いているのだろうが、いつもと通り間延びしている。


「そうかっ、聞いた事がありますよ。稀に物体の成分や製造法などを一目で見分ける能力を持つ者がいる、と。ですが、あれはドワーフの話だったような気がしますが、キッド君にはそれがあるんですね。なるほど、それでこの研究室に配属されたわけだ」


 ローレンスは少し興奮気味に語り「羨ましい能力です」と続けた。


「これで、少なくとも数週間分の時間は短縮できたわね。幸先いいじゃない?」


「ええ。調べるべき物がはっきりしたわけですから、助かりますよ」


 シリューにそんな能力がある事など、エリアスからも聞いていなかったタンストールだったが、なんとか落ち着き払っているように見せる事には成功した。


「それじゃ、あとはよろしくねバルドゥール。ああ、それからキッドくん。帰りに長官室に寄ってちょうだい。いいかしら?」


「はあ。ま、仕方ないですね」


 立ち上がって片目を閉じるタンストールから目を背け、シリューは渋々頷く。


「待ってるわ」


 タンストールはにこやかに手を振って研究室を出て行った。


「はぁ~」


「キッド?」


 大きな溜息を零したシリューを、ミリアムが怪訝そうな表情で見つめた。


「エルフって……変なのばっかだけど、アレは極めつけだな」


 ふとシリューの胸に不安が過る。


〝アリエル様、大丈夫だろうな……〟


 なにせ、アリエルはエルフの王女でエリアスの妹だ。


 エリアスは「美しい大人の姿」とは言ったが、人格に関しては何も話さなかったし、考えてみればヒスイからも聞いた覚えがない。


 はっきり分かっているのは、巨乳美女だという事……。


〝……もしかして……〟


「キッド? 何を考えてるんですか?」


 ミリアムは、まるでシリューの心の中を見透かすかのように冷たく目を細め、薄く開いた唇の両端をわずかに持ち上げる。


「や、な、な、何でもないっ」


 頭に浮かんだのはただの妄想で、ミリアムに分かる筈もないのだが、シリューはなぜか罪悪感を覚えてしどろもどろになった。


「長官直々にお声掛かりとは……。やはり、キッド君には何か特別な事情があるんでしょうか?」


 にこにこと笑ってはいるが、ローレンスの目は油断なく光り、どんな些細な事も見逃さないという意思が溢れて見えた。


 シリューは一瞬警戒して顔をこわばらせたのを誤魔化すため、あえて意味を取り違えたと思わせるように、大袈裟な素振りで手のひらを見せ肩を竦める。


「ない事を祈りたいですね、特別な事情なんて。苦手なんですよね、あの服のセンス……最悪でしょ?」


「ああ、分かりますよ……あれは以前、ハイエルフの正装と仰ってましたが……眉唾ものですね。たしかに、最悪です」


 ふふっ、と笑ったローレンスは、シリューの答えに納得したのかそれ以上の追及はせず、実験の手順について、ヴィオラとともにバルドゥールと打合せを始めた。


◇◇◇◇◇


 人造魔石の素材解析はまず、細かく砕いた魔石の欠片を粉末状にし、微量ずつ魔法炉で徐々に熱を加えていき、融点の差によってそれぞれの素材に分ける事から始める。


 解析や実験の方法が元の世界の化学とどう違うのか、せいぜい理科の授業での実験しか経験のないシリューには判断はつかなかった。


 もちろん、一区切り毎にスキルによる【解析】をかけてみたが、今のところ新たな情報は得られてはいない。


 魔石の粉末を息で飛ばさないよう、慎重に計ってトレイに分けている作業中、ふと顔を上げたシリューは、ミリアムが机の向かい側で頬杖をつき、じっと見つめているのに気づいた。


「なに?」


 シリューが不思議そうに尋ねると、ミリアムは僅かに首を傾けて嫋やかに微笑む。


「キッドのそんな顔、初めて見ました」


「え?」


「真剣で楽しそうで、キラキラしてて……なんか得した気分です」


 まっすぐに向けられたミリアムの瞳は引き込まれそうなほどに碧く澄み、シリューは頬が熱くなるのを感じて思わず目を逸らした。


「お、お前っ、サボってんなよっ」


「ふふっ」


 口元に手を添えたミリアムの含み笑いの意味は、シリューには分からなかった。


「私もそう思うわ。もうずっとここにいればキッド?」


 シリューの背後を通り抜けながら足を止め、ハーティアは耳元に口を寄せて楽し気に囁いた。


 一瞬だけだったが、ハーティアの顔に浮かんだ表情には、どことなく艶があるように思えた。


「まあ、な……」


 たしかに、依頼を抜きにして、実験や分析や考察は楽しい。


 捜索もだが、特に戦闘は好きになれない。


 今の能力があれば冒険者という稼業は気楽でいいのだが、本当に望んでいた訳でもない。


「それも、悪くない、か……」


 全部が終わって、それでも生きていたなら、今度は正式にここに来るのもいいかもしれない。


 知的好奇心を刺激されるここでの作業は、地道ではあってもなかなかに楽しく、時間はあっという間に過ぎていく。


「じゃあねぇみなさぁん。ローレンスさんもぉ、たまには早く帰ったほうがぁ、いいですよぉ~」


 今日の実験が終わると、ヴィオラは真っ先に挨拶して研究室を出て行った。


「私はもう少し残りますよ」


「では、鍵を頼むよローレンス。今夜は私も野暮用があってね」


 ローレンスが一人居残るのも珍しい事ではないのだろう、バルドゥールは気軽に声をかけ、ローレンスも同じ調子で「いいですよ」と答える。


「じゃあ、俺たちもこれで」


「ああ、また明日」


 バルドゥールとローレンスに軽くお辞儀をして、シリューは研究室を後にする。ミリアムとハーティアが少し小走りに追いかけるのだが、シリューは真っすぐ魔調研の本棟を抜け正門へと向かう。


「キッド。どこへ行くつもりかしら?」


「うん、クランハウス」


 振り向きもせずにそのまま帰ろうとするシリューの手を、ハーティアとミリアムががっちりと掴んだ。


「待ちなさい」


「待ってください」


 両手を掴まれ二人に挟まれる形になったシリューは、困惑気味に溜息を零す。


「見逃してもらうわけには……」


「いきません」


「いかないわ」


 そのまま、連行されるように、長官室のタンストールの元へと連れていかれた。



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