【第204話】色

「では。実験室に運びますよ」


「はい~」


 ローレンスとヴィオラは魔法防御用の手袋をはめ、魔石の入ったケースをふたりで抱えて慎重にワゴンへと移した。


「実験ですか?」


「いえいえ、まさかここで小動物を魔獣に変える訳にはいきませんからね。先ずはこれの正体をじっくりと暴いていきますよ」


 シリューの問いに、楽し気な様子で答えたローレンスによると、今日から数日、場合によっては一週間ほどをかけて、魔石の安全性を確認するための解析を行うらしい。


 それから、魔石を構成する成分の分析に取り掛かる。


 複製を作る事も視野に入れてはいるが、この研究の目的は、人造魔石の無効化である。


「こんな物を、そう易々と使わせておく訳にはいきませんからね」


 ローレンスは最後にそう締めくくった。


 魔石を載せたままのワゴンを実験室の中央に固定し、バルドゥールとローレンスは他の全員を前室に退避させる。


 もちろん、非常事態に備えて、シリューは実験室に残った。


 バルドゥールがゆっくりとケースを空ける。


「では先ず、残留する魔力を計測しよう」


「はい」


 ローレンスはバルドゥールの指示に従い、計測器を載せた別のワゴンを寄せる。


 計測器自体は40cm四方の金属の箱で、側面にスイッチが幾つかついているだけのシンプルな物だが、その箱から延びたコードの先にマグライトのようなセンサー部が付いている。


 本体上部にあるA4サイズほどの黒いプレートは、エルレイン王国で見た賢者の石板にそっくりだったが、おそらくは同じ技術を使ったものだろうと推測した。


 シリューも念のため解析を行ってみたが、残存する魔力は微量で既に危険はないとの結果が出た。


 魔石を構成する素材については、藍柱石らんちゅうせき11%、月長石げっちょうせき18%、残りの71%は不明。つまり、今までにない新素材が使われており、魔力による錬成ではなく、化学反応によって作製されたものである事だけは分かった。


「安全性の確保は意外に早いかもしれないな。明日、明後日、今度は周波を変えて計測してみよう」


「そうですね。前例のない物ですから、時間を掛けても、できるだけ慎重を期した方がいいでしょう」


 本日の計測予定を終えて、バルドゥールとローレンスは、魔石にケースを被せて厳重にチェックした後保管庫に戻した。


「では、私たちはこれで失礼します」


 ハーティアが頭を下げたのに倣って、シリューとミリアムもお辞儀をする。


「じゃあ~、また明日~」


 バルドゥールとローレンスが「ご苦労様」と頷いたのに対して、ヴィオラはにこにこと笑って、まるで同年代の友達のように手を振った。


 シリューたちが学園の門をくぐる頃にはすっかり日も落ち、薄闇の空には星がまばらに瞬いていた。


「はあぁ、無事に初日が終わりましたねぇ」


 帰り道、ミリアムは両手を広げてほっと溜息を零した。


「本当、何もトラブルが無くてほっとしたわ。上出来よ、偉いわキッド」


 シリューに向けるハーティアの目は、まるで子供を褒める大人のそれだった。


「お前、何企んでる?」


「あら、私は褒めたのよキッド。別に他意はないわ」


「そうですねっ。キッド、偉かったですっ」


 ミリアムはピンと指を立てて、大袈裟に頷く。


「お前ら……絶対馬鹿にしてるよな……」


「してませんよぉ」


「してないわよ」


 ミリアムとハーティアはお互いに顔を見合わせた。


「「ねっ」」


 楽しそうな二人の声が重なる。


 二人は随分打ち解けたようだ。


 ミリアムは元々よく笑う娘だが、ハーティアも近頃は時々楽しそうな笑顔を見せる事がある。


 出会ってからはまだ間もないが、こうして見ていると、十年来の親友同士にも思える。


「何をジロジロ見ているの? いやらしいわねキッド」


「ああ、ね」


 ただし、シリューへの態度は、相変わらず辛辣なものだった。


「あ、そうだ。キッド?」


「ん?」


 ミリアムは突然思い出したように、シリューを見つめた。


「あの、魔石の事で、ちょっと思ったんですけど……」


「なに?」


 あまり自信がないのか、ミリアムは口元に指をあて躰を捩る。


「なんだよ、遠慮しなくていいから。気付いた事があるんなら、教えてくれると助かるよ」


「はい……あの、気のせいかもしれないんですけど、怒らないでくださいね……あの魔石、前に見た時よりも色が薄くなってたように見えました……」


「色が……?」


 人造魔石の色は黒。


「それって、マナッサで見た時よりもって事?」


 ミリアムはこくんっと頷いた。


 思い返してみるが、シリューにはどちらも同じ色に見えた。


「ごめんなさい、私にも同じに見えたわ」


 ハーティアの答えも同じだった。


「あ、あの、やっぱり、私の勘違い……」


「いや」


 眉をハの字にして、困ったように肩を竦めるミリアムの言葉を遮る。


「色覚……」


 以前聞いた事がある。


 男性は青、緑、赤の3つの色覚を持つのに対し、一部の女性は青、緑、オレンジ、赤の4つの色覚を持っている。よってそういう女性は色彩感覚が鋭く、人が見分けられないような微妙な色の変化も見分けられる、と。


「ジェーン、それ、どんな色に見えた?」


 シリューはまっすぐにミリアムを見つめた。


「は、はい。マナッサで、シリューさんが箱に入れた時は、闇のように真っ黒だったんです。でも、さっき見た時は、少し青が混ざったような、少しだけ薄まった黒に見えたんです」


「色が……変わった……?」


 解析の結果は間違いなく同じ物だった


 ならば、マナッサからこの研究室に運ぶ間に変質したという事だろうか。


 それとも、研究室に運んだ後で変質したのか。


「……」


 シリューの脳裏に、もう一つの可能性が浮かんだ。



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