【第203話】光明

「これは、魔石ですか……しかも壊れてる」


 保管庫の奥、魔力遮蔽が施された透明のケースに収められてる魔石の前で、シリューはいかにも初めて目にした、という態度で尋ねた。


「ええそうです。ただ、魔物から取り出した物ではなく、人工的に模造された、所謂『人造魔石』ですがね」


「二人もぉ知ってると思うけどぉ~、魔物から採取した魔石を加工してぇ~……」


「ああ、ヴィオラ。君の解説では日が暮れてしまいますよ」


 話を途中で遮られたヴィオラは、少し困ったような顔をしてシリューとミリアムへ顔を向けた。


「ローレンスさんはぁ、せっかちなんですぅ~」


「いやいや、あんたっ……むぐっ」


 失礼な毒を吐くと感じたミリアムが、シリューの口を素早く塞ぐ。


「あ、どうぞ。続けてください」


 ローレンスはミリアムの行動に首を捻りながらも、「では」と端的に話を進める。


「現在、特殊な装備品に用いられる魔石は、魔物から採取した物を加工し、属性を与えた魔力を封入する方法で作られているのは知っていますね?」


 シリューはよく分からなかったが、とりあえずミリアムと一緒に頷いた。


 魔力の封入には魔力操作に熟達した特殊な技が使われ、これはドワーフやエルフに得意とする者が多い。


「ですが、この人造魔石は違うようですね。成分は未だに不明ですが、これは石本体も人工的に造られたようです」


 魔調研のこの研究室でも、幾つか人造魔石の製造に成功しているが、それはほんの豆粒程度の大きさで、封入できる魔力も微々たるものという事だった。


「天然の物と大きく違うのは、魔力を人が封入するのではなく、人から強制的に魔力を吸い上げ、死体を不死身の魔獣に変えるという点ですね」


 魔物から採取した魔石を使っても、人や動物の死体を魔物に変える事はできない。あくまでも、封入された魔法効果を利用するだけだ。


「いやはや、たとえ魔族とはいえ、これを作った者は天才ですよ。是非とも会ってみたいものですねえ」


 両手を広げ、恍惚の表情を浮かべるローレンスを、シリューは訝し気に眺めた。


「天才、か……」


 たしかに、オルタンシアは天才だろう。悉く先を読み、狡猾に逃げ道を準備する。


〝今回の件も、バレてると思って行動した方がいいのかもな……〟


 少なくとも、それでオルタンシアの裏をかく事ができるかもしれない。


 可能性は僅かだが。


「でもぉ、今からこれを調べたとしてぇ~、役に立つ情報がぁ、得られるかしらぁ」


 否定的な発言に、その場の全員がヴィオラを見つめた。


「ヴィオラ、それはどういう意味ですか?」


 眉をひそめたローレンスの声は、いかにも不機嫌そうだ。


「だってぇ~、その魔族はぁ、この魔石を放棄したようなものですよねぇ~。せっかく取り戻した筈なのにぃ、使ったんですよぉ~。それってぇ、もう要らないって事じゃ、ないですかぁ~」


「勇者を相手に、ですか……?」


「勇者の手に渡ったらぁ、たとえ魔族でもぉ、もう取り返せないですよぉ~」


 ヴィオラの見解には一理ある。


 シリューもその点が不思議でならなかった。


 レグノスでは、強化したワイバーンを陽動に使い、その後は災害級のオルデラオクトナリアと更に『闇切りのノワール』まで差し向け取り返そうとした魔石を、なぜわざわざ手放すような真似をしたのか。


 勇者を相手に、何かの実験をしたという事も考えられるが、それもどこかしっくりこない。


 それに、ヴィオラの言う通り、もし勇者の手に渡れば取り返すのは至難の業だ。


 いや、実際それは無理だろう。


「要らない……」


 それは考えてもみなかった。


 何かの理由で、もうこの魔石が必要でなくなったのだろうか。


「それとも、元から勇者にぶつけるのが目的だった、とか?」


 だがあの時、直斗たちはソレス王国の災害級に対処していた。その直斗たちがレグノスを訪れる事になったのは、事件の後でワイアットの報告を受けたからだ。


 しかも、だからといって勇者がレグノスに来るとは限らなかったし、勇者の訪問を知っていたのは、ワイアットと王国のごく一部のみで一般には伏せられていた。


「……それは、不確定要素が多いな……」


 本当に勇者が目的なら、初めからソレスで待ち構えればよかったはずだ。


「まてよ……」


 シリューは、頭の中の霧が少しずつ晴れ上がってゆくのを感じた。


「根本的に、考え違いしてたのか……?」


 魔石によって生み出された魔人や魔獣が、どれほどの戦力になるのかを実戦で確認するための実験。

ずっとそう考えていた。


 マナッサにドラウグルワイバーンを差し向けたのは、勇者と戦わせるためだったのは間違いないだろう。


 だがそれは計画されたものではなく、勇者の存在を知ったオルタンシアの、咄嗟の思いつきだったとは考えられないだろうか。


 そして、魔石が必要でなくなったのではなく、奪い返す必要がないと判断したのなら……。


 シリューはケースに収められた魔石を見つめた。


「キッド? どうしたんですか? さっきから難しい顔をして……」


 ミリアムが心配そうにシリューの顔を覗き込んだ。


 聞いてはいなかったが、シリューが考えに耽っている間も、ローレンスとヴィオラは議論を続けていたようだった。


「大丈夫ですか? 気分、悪いんですか?」


 ミリアムはローレンスたちに聞こえないように囁き、そっとシリューの胸に手を添えた。


「いや、ごめん。大丈夫……うん、なんかちょっと見えてきたような気がする」


 暗闇の中で探る指先に、何かが触れたのを、シリューは確かに感じ取った。




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