【第201話】ちょっと違和感
まったく頭に入ってこない午前中の授業が終わり、昼食のためにカフェテリアへ行こうと席を立ったとき、慌てた様子で教室を出ていくハーティアが目に入った。
「あれ?」
いつもと違うその雰囲気にシリューは違和感を覚え、アクティブモードで探査を掛けハーティアを追尾した。
もちろん、ハーティアの情報は事前に登録してある。
PPIスコープに映るハーティアを示す輝点は、廊下を抜け校舎の端にある階段を降りて止まった。
速度からみて、走っていたようだ。
ただ、ハーティアがそこに留まったのはほんの3分くらいで、何事もなかったように歩いてその場を離れた。
誰か他の者を示す輝点は表示されていない。
「ちょっと、悪趣味かなぁ……」
そう思ったシリューだが、なんとなく嫌な予感がして、ハーティアのいた階段下に向かう。
校舎の中心にある階段と違いそこは非常階段のようなもので、利便性の面からなのか、今の時間に使う者はほとんどいないようだ。
階段を降りて、その下のスペースの前で立ち止まる。
大きな荷物や外した扉等が置かれ、奥は表からは見えない。
「人に会ってたわけじゃないし……なにしてたんだろ?」
【登録した人物の魔力に、著しい乱れが検知されました】
念のためにかけてみた解析の結果は、何もないと予想していたものとは違った。
「魔力に、乱れ……?」
以前、ミリアムが誘拐された時も同じように魔力の乱れがみられた。
だがハーティアが、自らの力を封じるような魔道具を使っている形跡はない。
「ちょっと気をつけとくか」
今のところは、本人に話さない方がいいような気がした。
◇◇◇◇◇
「あ、キッドっ、こっちで~す!」
シリューがカフェテリアに入ると、先に来ていたミリアムが窓際の席から立ち上がった。
頭の上でぶんぶんと大きく手を振る動きに合わせて、ミリアムのメロンがばいんばいんっと揺れる。相変わらず破壊力は抜群だ。
「ちょっ……」
目の前で異次元な現象を目撃したハーティアは、ふっと自分の胸に目を落とす。
「ダイジョウブ、ワタシハフツウ……」
その声にはまったく抑揚がなかった。
「ジェーン……お前、やめろ……」
理性とか人格とか、いろいろな物を壊されそうな気がして、シリューはなんとかそれだけをミリアムに伝えた。
「あ、はぁ、ついつい大声出しちゃって。ごめんなさいっ、恥ずかしいですね」
「うん、まあ恥ずかしいけどね……」
衆目を集めたのはそこではないが、本人が気付いていない以上、本当の事はシリューの口からは言えなかった。
「入学早々、美女を二人も侍らすとは、さすが師匠だな」
後ろから声をかけてきたのはドクだったが、彼もまた三人の美女と一緒だった。
「キッドだ」
シリューはその馬鹿馬鹿しい光景に肩を竦める。
「冗談だよ。なあキッド、そちらの女性を紹介してくれよ」
「ん、ああ。幼馴染のマーサ・ジェーン・カナリーだよ」
「こんにちは、ジェーンです」
ミリアムはにっこり微笑んでちょこんっと頭を下げた。
「ジョシュア・スカーロック。素敵な髪だねジェーン、ドクって呼んで。ああ、それから、キッドに飽きたら、いつでも俺の所においで」
「え? は? ええっ!?」
いきなりの言葉にミリアムは理解が追いつかない。
「相変わらずね、ジョシュア。少しは節操というものを覚えたらどうかしら?」
爽やかな笑みを浮かべるドクを、ハーティアは呆れたような半開きの目でねめつける。
「俺は誰よりも節義を重んじる男だぜティア」
「はいはい、そうだったわね」
ハーティアはまったく意に介していない。
「邪魔しちゃ悪いから、これでな」
ぴっと指を立ててドクが歩いて行った先は、まだ人も少なく、端の席もいくつか空いているにもかかわらず、カフェテリアのほぼ真ん中付近のテーブルだった。
「変わったヤツだよなぁ。わざわざあんな場所に……落ち着くのかなあれで?」
「ハーティアの知り合いですか? ずいぶんと、あの、なんというか……」
「軽い男、でしょう? 幼馴染よ。それから、私の元許婚」
「えっ!?」
一番大きな声で驚いたのはシリューだった。
「お前に、そんな人間らしい逸話があったのか……ドラウグルワイバーンよりびっくりしたわ……」
「何気に失礼極まりないわねキッド。ジョシュアがまともに見えるわ」
ミリアムは中央のテーブルに座るドクと、向かいのハーティアを交互に見比べる。
「許婚……そんな風に見えませんでした……」
「元、よ。今は違うわ。私たちが小さい時に親同士が勝手に決めて、勝手に解消したってわけ。まあ、私もジョシュアもその気はなかったから、特に問題にもならなかったけれど」
「そんなもの、なんですね……」
親の都合で婚約したり解消したり。親のいないミリアムには今一つぴんとこなかった。
「そんな事より、ほら、料理を取りに行きましょう」
「はい、そうですね」
そう言って料理を取りに行ったミリアムは、いつもと変わらないように見えたが、トレイに載せた料理はいつもの半分だった。
「あれ? どうしたジェーン。またダイエットか?」
「何か、何でしょう? ちょっと食欲がなくって……体調が悪いって程でも、ないんですけど……」
ミリアムは自分でもよく分からない、と困惑した表情を浮かべトレイの料理を見つめた。
「初日だから、緊張しちゃったのかも」
「そうか? それならいいけど、無理するなよ?」
「はい、ありがとうございますっ。キッド」
微妙な違和感を覚えはしたが、それ以上気にする事はなかった。
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