【第200話】初登校
「ちょっと……どういう事ですかぁ」
ミリアムが恨みがましい目で呟いたのは、彼女一人が別のクラスに編入されたからだ。
「俺に言われてもなぁ……」
「キッドとハーティアは同じクラスじゃないですか。ずるいです」
事務室から教室のある校舎へと向かう間、ミリアムはずっとこの調子だ。
「子どもみたいに拗ねるなよ。遊びにきた訳じゃないだろ?」
「そ、それは、そうですけどぉ……」
それでもミリアムは、納得できない、といった顔をしている。
「聞いてジェーン。キッドは異世界人で、この世界にも学院のシステムにも慣れていないから、私が付いて監視しておく方がヘタなトラブルを起こさずにすむと思うの。それに、情報を集めるためには、できるだけ別行動をとるべきよ」
囁くような声でハーティアの言葉は、合理的で説得力があった。
「ま、そこは俺も認める。今はまだ、やらかす訳にはいかないし」
「そのうちやらかすのは決定しているのね」
「いや、まあ……」
派手に動いて敵の不安を煽り、隙を見せて襲ってきたところを一気に殲滅する。
面倒がなくて済むが、それは最終手段だ。
「それに、別行動をとる方がいいのは確かだよ。固まってても拾える情報は少ないからね。悪いけど頼むよ、ジェーン」
「ふぇ」
髪と目の色が変わっても、その涼し気な笑顔は変わらない。
ミリアムは頬が熱くなるのを感じて、思わず顔を伏せた。
「わ、分かってますよぉ。ちょっと、拗ねたフリをしてみただけですからっ」
明らかに嘘とわかる言い訳だったが、シリューはそれ以上言及しなかった。
「ヒスイ、ミリアムと一緒にいてくれ」
「はいなの、です」
ポケットから飛び出したヒスイは、姿消しを使いミリアムの胸元にとまる。
「昨日ディックたちにも言ったけど、何かあったら必ず連絡する事。絶対一人で無茶しない。それと……」
シリューはミリアムの耳元に口を寄せた。
「お前の魔力とかは登録してあるからな……何かあっても、あの、えっと、置いてくなよ……」
「え……?」
ミリアムの顔がみるみるうちに赤くなる。
「……し、シリューさんの、えっち!」
ミリアムは胸を抱えるようにして、ぱたぱたと小走りに自分の教室へと駆けて行った。
「何の話?」
ミリアムの反応を不審に思ったハーティアが、訝し気な顔で尋ねる。
「いや、別に、たいした事じゃない……」
これは、ミリアムの尊厳のためにも、人にはけっして話せない。
「そう」
ハーティアは食い下がる事なく、あっさりと納得した。
「じゃあ、私たちも教室に行きましょうか」
◇◇◇◇◇
思ったよりも簡単な自己紹介の後、ごく普通に始まった授業は予想通り退屈なものだった。
応用魔法理論といっても、単語一つ一つが初めて聞くようなものばかりで、魔法のない世界で育ったシリューにはまったく理解できなかった。
何度か求められた回答は、もちろんセクレタリー・インターフェイスのお世話になった。
「これ……授業とか受ける必要あるのかな……ってか、学生になる必要あったのか……」
初日の、しかも最初の授業で、既に飽きていた。
「聞いたぜ。編入試験の模擬戦闘で、あのディックと引き分けたんだって?」
授業の合間の休憩時間に声を掛けてきたのは、肩にかかる金髪を無造作にサイドへ流した、長身の男だった。
「ああ、すまない。俺はジョシュア・スカ―ロック。ドクって呼んでくれ、よろしくな、ええと……」
「ウィリアム・ヘンリー・ボニーだ。キッドって呼ばれてる」
ドクの差し出した手をとり、軽く握手をする。
当然、その瞬間に解析をかけるが、名前にもステータスにも妖しいところはない。
「キッドか……悪ガキっぽくはないな?」
「あんたも医者には見えないけど?」
「ああ、家が学者の家系なのさ。俺だけ成績が悪い代わりに、魔力が高かったんだ。これでも一応はレギュレーターズだ」
随分と馴れ馴れしい男だが、不思議と嫌な感じはしない。そして、本人の言う通り、高い魔力を持っている。
「なあ、どうやってディックに引き分けたんだ?」
ドクはシリューの前の空いた席に腰掛け、好奇心に満ちた目で身を乗り出す。
「ああ、それは、俺からはちょっと……ま、油断したんだろ? 新人って事で」
「油断? ディックが? なるほどな。まあいい、後で本人に聞いてみるか」
シリューの言う事など、まったく信じてはいないといった顔で、ドクは頷いた。
「仲いいのか? ディックと」
「まあな。長い付き合いさ。あいつの方が、ここへ来るのは早かったけど」
ディックの話によると、二人は同い年で同じ年に魔法学校を卒業したらしい。
「ディックの話はいいか。なあ、あんたと一緒に編入したあの髪の長い女の子。あの子、あんたの彼女?」
いいや、と言いかけてシリューは言葉を飲み込んだ。
このドクという男、かなりのイケメンでしかも社交的、嫌味もなくファッションセンスも良いうえに身長もある。
つまり、かなりモテるはず、とシリューは判断した。
「あいつはダメだからな」
ただ、シリューにはそれが精一杯の言葉だった。
「え? なんだ、やっぱりそうか。う~んあれだけの美人を……羨ましいね、ホント。今度、美人を口説く秘訣を教えてくれよ、師匠」
勝手に勘違いしてくれたのはいいが、なぜか師匠呼び。
本当に調子のいい男だ。
「そういや、ハーティアとは知り合いなのか?」
そして、やたらと質問が多い。
「まあね、以前ちょっとあって」
「ちょっと、ねぇ……けど、ポードレールの関係者ならディックに勝つのも頷けるな」
「いや、勝ってないけど」
勝手に解釈しているのか、それとも勘が鋭いのか。どちらにしても、お喋りは好きらしい。
「じゃ、これからよろしくな、キッド」
そうにこやかに挨拶して、ドクは自分の席へ戻っていった。
と、同時に次の授業のベルが鳴る。
「分かってたのか?」
シリューは眉をひそめて、ドクの背中に目を向けた。
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