【第188話】挑発

「聖魔法をあんな風に対人戦に組み込んでくるとは……やるわね彼女」


 ハーティアが目を見開いて感嘆の声を漏らした。


「ああ。ポンコツだけど、頭もいいし度胸もあるしな。たいがいの相手には負けないさ」


 シリューは、まるでそれが自然の事といった調子で、にっこりと頷いた。


「信頼、してるのね、キッド?」


「ああ、してる」


 何の気負いも感じさせないシリューの言葉が、なぜかハーティアの心を揺らした。


「お疲れ」


 戦闘を終えて戻ってきたミリアムに、シリューが軽く声を掛ける。


「あ、はいっ。あのっどうでした?」


 ミリアムは少し興奮気味に、期待の表情をシリューに向けた。


「どうって、別に」


 だが、シリューの答えはミリアムの思っていたものと違って、あまりにも素っ気なく聞こえた。


「そっ、そんな……もうちょっと……」


 もう少し労いの言葉があってもいいのに、とミリアムは眉をひそめる。


「いや、だってお前が勝つのは分かってたし」


「ふぇ?」


「ポカさえしなきゃ、お前がこんなところで負ける訳ないだろ。そのくらいは俺も知ってる」


「え? や、あのっ、えっと……あ、ありがとうございますぅ」


 涼し気な笑みを浮かべるシリューに、ミリアムは思わず頬を染め顔を背ける。


「……そう……『信用』、ね……」


 シリューとミリアムのやり取りを見つめ、ハーティアは溜息のように囁いた。


◇◇◇◇◇


「まさか……お前が魔法戦で負けるとはな。油断したんじゃないのかエマ……」


 渋い表情を浮かべてエマを迎えたディックに対して、エマは清々しい笑顔で応える。


「とんでもないわディック。彼女の実力は本物よ、もう一度対戦しても勝てるかどうかは分からないわ」


「そこまでには、見えないけどな……」


 訝し気な目で、ディックはミリアムとその隣に立つシリューを眺めた。


「見かけは、ね。でも、それを言うなら私も貴方も、歴戦の勇士には見えないわよ? あのボニーって彼もね」


 ディックは振り返ってエマを睨む。


「僕が、あんなヤツに負けるとでも言いたいのか?」


「いいえディック、貴方が負けるとは思ってないわ。でも、彼はけっして油断していい相手じゃない……気を付けなさい」


「ふん、油断はしないさ。手も抜かない」


 ディックは不機嫌な声でエマに背を向けた。


「ウィリアム・ヘンリー・ボニー、リチャード・ブリューワーの両名は前へ!」


 試験官が名前を読み上げ、二人は訓練館の白線へ並び向かい合う。


「では、始めたまえ!」


 試験官の号令が訓練館に響く。


 だが、それにもかかわらずシリューもディックも動こうとしない。


「覚悟はできてるか? なるべく軽い怪我で済むよう祈るんだなボニー」


 ディックは鋭い眼光でシリューを睨む。


さあやれよgo ahead俺を楽しませてくれmakemyday

 シリューは不敵に口元を緩めた。


「貴様ぁ!!」


 挑発にのせられたのは、ディックの方だった。




 結界線の後でシリューとディックの様子を窺っていたハーティアは、隣のミリアムに目を向け、ふっと笑った。


「さあやれよ、俺を楽しませてくれ(Go ahead make my day)。ですって? やりたくないと言っていた筈なのに、随分と積極的に挑発したわね」


「あれもキッドの才能ですかねぇ、傍で聞いてるこっちまでちょっとムカっとしました」


 ミリアムは苦笑いで肩を竦め、ようやく動いたシリューとディックに目を向けた。




「無情なる槍手の刃、その爪痕を残し、地の果てに轟け。メタルランサー!」


 ディックの放った鋼鉄の槍は三本。


「メタルランサーが一度に三つか。言うだけあって魔力は高いな」


 迫る槍を見つめてシリューが呟く。


「メタルバレット」


 同時に撃った7.62mmの弾丸三発がメタルランサーを迎撃し打ち砕く。


「ちっ。氷結せし霊槍の穂先よ、不動なる敵を貫け。アイスランサー!」


 舌打ちをしながらも、ディックは三本の氷の槍を撃ち出す。


「ウォーターバレット」


 シリューは水の弾丸三発でこれを撃ち落とす。


「なに!?」


 ディックはシリューの予想外の対応に思わず眉をひそめる。




「ほう……中級の攻撃魔法を、同系の初級魔法で凌ぐか……」


 試験官も声をうならせて目を見張る。




「どうした? それで全力じゃないんだろ?」


 シリューは更に挑発する。


「荒れ狂う氷の龍よ、我が行く手を阻む者をその牢獄に捉え、数多の汚濁を破滅へと導く咆哮をあげよ。冬の滅び(インビエルノ・クェアーダ)!!」


 その挑発にのせられたとしても、ディックの魔法には些かの隙もない。


 氷結最上位の凍気の龍がシリューに牙をむく。


「フレアバレット」


 凍てつく龍の顎がシリューを飲み込む寸前、白く輝く拳大のフレアバレットが貫く。


 白熱した炎の弾丸は、その高温で凍気を封じ一瞬にして蒸気へと変える。




「これは……驚いたな……氷結の最上位魔法を、まさか炎の初級魔法で完全に相殺するとは……。しかも、土、水、火の三系統を使えるのかっ」


 試験官は驚愕の表情を浮かべ、手に持った採点表にペンを走らせる。




「ディックと同じく三系統か……しかも、まだ全然底を見せてないし……思った以上の相手ね」


 エマは、自分ならどう戦うか頭の中で考えながら、シリューの力を見極めようと見つめた。




「もうそろそろかしら?」


「そうですね、ある程度攻撃させて、それを余裕で防いでみせてから、って事でしたから……」


 ハーティアとミリアムがひそひそと声を交わした時、戦闘中のシリューがちらりと二人を見て片目を閉じた。


 ミリアムとハーティアはゆっくりと頷いた。




「対戦中によそ見とは、余裕じゃないか」


「男のあんたを見ててもつまらないしな」


 シリューは片方の口角をあげて、ディックを揶揄うように笑う。


「口の減らないヤツだな……お前、なぜ攻撃してこない?」


 模擬戦開始からただ魔法を防いでいるだけのシリューに、ディックは些かな疑念を抱いていた。


「するさ……でも、その前に……」



【ストライク・アイ起動】



 PPIスコープ上に映る輝点は五つ。


 一つは対峙する12時方向のディック。2時の方向の一つはエマだ。


 そして、エマから少し離れた3時の方向に一つと、その一つに向けてゆっくりと移動する2つ。



【ターゲット、ロックオン。魔法発動可能】



麻痺放電ショートスタン


 ばちっ、とうなる鞭のような音が響き、電撃が走る。


「ひっ」


 身体をのけ反らせ、気を失って倒れたのは試験官だった。


 ミリアムとハーティアが素早く試験官の背後にまわって受け止め、ゆっくりと床に寝かせる。


「え? ちょっと、何をしたの!?」


 エマが、倒れた試験官と傍に膝をついたミリアムたちに目を向け、声をあげた。


「少しの間眠ってもらいます。大丈夫、キッドの魔法で気を失っているだけですから」


 ミリアムがにっこりと微笑んで答える。


「……なぜ、そんな事を……? それに、キッドが魔法を撃ったの? 詠唱も魔力の流れも感じなかったし、ここは魔法を遮る結界の中よ?」


 エマの顔には、明らかな脅えの表情が浮かんでいる。


「結界を破れますから、あの人」


「うそ……結界を? そ、そんな事が……」


 平然とした顔のミリアムに、エマは戦慄を覚える。


「常識の範疇にはいないわね。エマ、あの男の事は気にしないでもらえますか?」


 油断していい相手ではない。


 エマがディックにそう言ったのは、キッドという人物に、根拠はないが空恐ろしい何かを感じていたからだ。


 ディックとの模擬戦でよく分かった。


 キッドは未だ一度も攻撃を仕掛けていないが、ディックの攻撃魔法に対して、必ず下位の魔法で対処している。


 しかも、魔力を敏感に感じ取れる筈のエマだったが、キッドの魔法発動には、一切魔力の流れを感じなかった。


「いったい……何が、目的なの……」


 戦って勝てる相手ではない。


 エマは素直にそれを認めた。


「ごめんなさい、危害を加えるつもりはありません。ただ、あなた方以外には知られたくないんです」


 ミリアムは立ち上がって、ぺこりっと頭を下げた。


 そして、不気味な不信感を抱いたのは、エマだけではなかった。


「試験官を……どういうつもりだ……」


 ディックの顔には怒りの表情が張り付き、射殺すほどの眼光でシリューを睨みつける。


「ここから先は、関係者以外閲覧禁止だ」


 シリューはその視線さえ意に介さず、さらりと言ってのけた。


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