【第151話】新たな……仲間?

 シリューたちは、蛇行する小川を何度か渡り、日が真上に昇る頃にはそれまでの乾燥した土地を抜けて、青々と草木の茂る草原地帯へと入った。


『マナッサまで5km』と書かれた道標を通り過ぎた辺りで、先頭を行くエクストルが道脇でキャラバンを停止させた。


「なんだろ?」


「マナッサに入る前に、商人たちとちょっとした話し合いがあるの。出発前にそう提案があったのよ、商人たちのほうからね」


 シリューの独り言が聞こえたのだろう、ハーティアが前の座席から振り向いてそう言った。


「話し合い……?」


 シリューが窓の外に目をやると、商人たちの代表らしい三人と、エクストルがゴドウィンを伴ってキャラバンの中央付近に集まっている。


 それからすぐ、シリューたちの馬車にグレタが駆け寄ってきた。


「ハーティア、それからシリュー君と神官さんも。ちょっといいかしら」


「ええ」


 ハーティアが座席から立ち上がり、馬車を降りた。


「ま、無視するわけにもいかないよなぁ。ほらっミリアム起きろ」


 シリューは、三人掛けのシートに突っ伏して眠るミリアム肩を揺すった。


「ん……もう着きました?」


 目を擦りながら半身を起こしたミリアムは、両腕を上げて大きく伸びをする。


「まだだけど、何か話があるってさ」


「はぁい」


 シリューたちはグレタに続き、エクストルと商人たちとの話の輪に加わった。


「さて、皆揃った事だし、話を聞こうか」


 エクストルがその場に集まった全員を見渡す。


「ああ、では代表して私が」


 商人の一人、長身で髭を蓄えた中年の男が一歩前に進む。


「私はバリー。昨夜、皆と話し合ったんだがね、我々はこのキャラバンを抜けようと思う」


 エクストルもグレタも商人の提案を想定していたのか、まったく表情を変えなかった。


「なるほどね……で、一応理由を聞いても?」


「非常に言い難いんだが……」


 バリーはちらりとハーティアに目を向ける。


「昨日の襲撃は君たち、というより、そのお嬢さんを狙ったものだろう?」


「どうしてそう思う?」


「私たちは人数は多いが、大して価値のある物を運んでいる訳じゃない。我々程度の商人を襲うにしては規模が大きすぎるし、災害級まで使う賊など聞いた事がない。ならば狙いは君たち『疾風の烈剣』か、魔道学院のお嬢さんかだ、違うかね?」


 バリーの後ろに控える二人の商人も、その意見を肯定するように頷く。


「これはあくまで憶測なんだが、私たちは先日レグノスで起こった騒動が関係しているとみている。このキャラバンは隠れ蓑で、君たち『疾風の烈剣』が守っているのはそのお嬢さんではないかとね。ああ、これは応える必要はないよ、真相を知りたい訳ではないからね」


 エクストルは掌を見せて肩を竦め、芝居がかった仕草で首を振った。


「参ったね、当たらずとも遠からずってとこだ。あんたたちの決定に従おう、料金は返すよ」


「いや、それはここまでの護衛料として受け取ってくれ。私たちは……」


「ちょっと待って」


 バリーの言葉を遮り、ハーティアがエクストルの前へ進み出た。


「貴方たちは、このまま『疾風の烈剣』と王都まで行けばいい」


「いや、しかし……」


 ハーティアの余りに堂々とした態度に、バリーは気圧されて言葉に詰まる。


「心配ないわ、私がこのキャラバンから外れるから」


「お、おいっハーティア、何をっ」


 ハーティアは、予想外の発言に慌てるエクストルを手で制して続ける。


「襲撃の目的は、貴方たちの言う通り私よ。だから私がいなければこれ以上襲われる事はないわ。それに『疾風の烈剣』への依頼は、あくまでもこのキャラバンの護衛、何の問題もないわ」


「いや、たしかに、それはそうなんだが……」


「では決まりね」


「ちょっと待って、ハーティア。あなたはどうするの?」


 グレタが目を見開いて尋ねた。


 ハーティアが優れた魔法使いで、Cランクの冒険者といえど、たった一人で行動するのは余りにも無謀だ。


 ハーティアはエクストルたちに向かい、右手を腰に当てて胸を張り、ビシっと左腕を伸ばす。彼女が指さした先は……。


「私は、シリュー・アスカと行くわ」


「ええええ!!」


 その場の全員の声が被る。もちろんシリューの声も。


「ちょと待ったっ、何だそれ!? ぜんっぜん聞いてないぞ!!」


「当然よシリュー・アスカ。初めて言ったのだから」


 ハーティアは極めて冷静に、そしてさもそれが当然といったように答えた。


「ああ、そうか、いや俺が忘れてるのかと思って……って、違うわ! 何で勝手にそんな話になってんのかって聞いてるんだよ!!」


「シリューさん、一体どういう事ですか? いつの間にハーティアさんと?」


 ミリアムが黒いオーラを纏い、半開きの目でじとっとシリューをねめつける。


「いや、待てミリアムっ。話がややこしくなるから、一旦落ち着けっ」


「私は落ち着いてますよ? 慌ててるのはシリューさんだけじゃないですか?」


 声も1オクターブ低くなっている。


「いや、怖い、怖いぞミリアムっ」


「怖い? 変ですねぇ、私笑ってますよ、ほら……」


 大きく上げられた口角は確かに笑っているが、細められた瞳はまるで深淵の闇を映しているかのように、光も生気も感じられなかった。


「喧嘩はよそでやってほしいのだけれど、話を続けてもいいかしら?」


「お前が原因だよっ、ってか続けるのか話! マイペース過ぎだろ!!」


 遂に、シリューの中でハーティは、君からあんたへ、そしてお前に格下げされた。


 ハーティアは眉一つ動かさず、エクストルたちに向き直る。


「そういう事だから、後は心配いらないわ、エクストル」


「そういう事ってどういう事!? 俺の意志はどこ行った?」


 会話、というより一方的に宣言しただけのハーティアに、シリューは必死で抗議するが、ハーティアは一向に気に掛ける様子がない。


「あ、ええと、じゃあそういう事で……」


 エクストルは二人のやり取りに目を丸くしながら頷いた。


 そのあと、ミリアムの誤解を解くのに小一時間掛かったのは言うまでもない。






「あ、ほら、街が見えてきましたよ」


 馬車の最後尾の席でミリアムが窓の外を指さし、隣に座るシリューに微笑みかけた。


 マナッサに到着した事よりも、シリューにとってはミリアムの機嫌が直った事の方が重要だった。


 シリューはふと窓の外に目を向ける。


 マナッサの街には外壁がなく、街の東には幅が40m程の河が流れている。


 人口300人程度で規模としては街というより村に近いが、王都への中継点という事もあり、街の中央を東西に貫く大通りには宿屋が立ち並び、人の出入りが非常に多い宿場町として栄えていた。


 また、付近で栽培される農産物や家畜も豊富で、補給地としての機能も十二分に発揮している。


「シリューさん、良かったんですか? 報酬、断っちゃって」


「ああ、結局昨日の夜と、今までだからな。何にもなかったんだ、受け取るわけにもいかないよ」


 エクストルは、それなら3分の1でも支払うと言ってくれたが、素材も大量に手に入り、元々金には困っていないシリューはきっぱりとその提案を断った。


 シリューの言葉を聞いて、前席に座るハーティアの猫耳がぴくりと反応した。


 彼女は一人掛けのシートの背もたれに左手をかけて、横向きに座りシリューを振り向いた。


「お人好しね、シリュー・アスカ。払うと言うのなら受け取るべきだわ」


「まるで他人事のようだけど、原因はお前だぞハー……」


「ハーティアよ、いい加減覚えなさい。バカなのシリュー・アスカ」


「さらっと問題すり替えたな、猫耳オレンジ……」


 今まで冷静だったハーティアの眉がぴくっと動く。


「そ、そういえば、馬を1頭貰いましたよねっ」


 ミリアムが、二人の間の険悪な空気を気遣うように話題を変えた。


「ああ、旅に役立つだろうからって。宿の隣のコラル(馬や家畜の預かり場)に預けといてくれるってさ」


「馬には乗れるの? シリュー・アスカ」


「いや、乗れない。鞍のつけ方もよくわからん」


 ハーティアは、勝ち誇ったような目でシリューを見下す。


「なに……?」


「本当にバカね」


「いや、ドヤ顔で言われるとめっちゃ腹立つんだけどっ。ってか、そう思うなら何で俺たちと来る気になった!?」


「面白そうだからよ……」


 ミリアムの肩がぴくんと震え、その顔から一瞬にして表情が消える。


「研究材料として」


 実験動物扱いだった。


「シリューさん……お気の毒です……」


 表情を取り戻したミリアムが、憐れむような眼差しを向けた。

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