【第145話】ハーティアは〇〇色?

 夢を見ているのだろうか。


 地面に座り込み両手をついたままのハーティアは、悪夢のような戦闘が終わり、未だ土埃の舞う戦場を眺めそう思った。


 勝てるどころか逃げる事さえ厳しい状況だった。あのままなら、確実に全滅していただろう。


 ハーティアは頭を撃ち砕かれて横たわる、オルデラオクトナリアの死体に目を向ける。


 その結果をもたらしたのは、たった一人の少年。 


 数十発も同時に発射され、敵を追尾するマジックアロー。


 異常なほどの大きさのフレアバレッド。


 まるで無限に降り続く雨のように、僅かも途切れる事なく弾丸を撃ち出すメタルバレット。


 一握りの者にしか使えない筈の雷撃系魔法。


 その全てが無詠唱で同時発動され、常識外の破壊力を見せた。


 圧巻は空を自在に駆け、オルデラオクトナリアの巨体を蹴り飛したそのパワーだ。獣人を遥かに超える身体能力は、Aランク冒険者の戦士でさえも一蹴してしまうだろう。


 戦いぶりだけではない、ノワールたちが消えた後に見えた、少年を包み込んだ淡い光。あれは明らかに治癒魔法の光だ。


 攻撃系の魔法のみならず、治癒魔法まで使いこなす。


「勇者でないなら、一体何者なの?」


“ Eランクの魔法使い ”


 そう答えた少年に対して、ハーティアは遠回しに足手纏いだと言った。


「戦力にならない? 足手纏い?」


 それなのに、少年は気を悪くした素振りも見せず、指示に従ってくれた。


「……足手纏いは……私たちの方だわ」


 そっと口にしたものの、素直にそれを認める事ができずに、ハーティア地面を見つめ握りしめた手で土を掴む。


「立てるか?」


 不意に日差しを遮る陰が落ち、ハーティアは緩慢な動きで顔を上げた。


 目の前に立った少年は、何事もなかったかのように涼し気な笑みを浮かべ、そっと手を差し伸べる。


 だがハーティアはそれを無邪気に受け入れられず、表情を強張らせて睨みつける。


「平気よ、子供じゃないのだから、一人で立てるわ」


 ぱしっと少年の手を払いのけ、立ち上がろうとしたハーティアだったが、腰が砕けて派手に尻餅をついた。


「んっ」


 両膝にも力が入らなかったのが、魔力切れのせいだけではない事に気付き、ハーティアは頬を染め顔を伏せる。


「大丈夫?」


 心配そうに尋ねる少年を、ハーティアはもう一度まっすぐに睨み、少しだけ語気を荒げる。


「平気だと言った筈よ、もう放っておいてっ」


「あ……」


 少年は何かに気付いたように、慌てた様子で目を背けた。


「なに?」


「いや……その、ごめん、何でもない……じゃあ」


 そそくさと立ち去る少年の後姿に、ハーティアは眉をひそめる。


「怪我はありませんか?」


 少年と入れ替わるように呼び掛けてきたのは、聞き覚えのある女性の声だった。


「神官様……」


 少年と一緒に馬車に乗り込んできた、治療院でも声を掛けてくれたピンクの髪の少女だ。


「大丈夫よ、魔力切れを起こしただけ。怪我はないわ、おかげさまでね」


 生きていられたのも、無傷でいられたのも、あの少年のおかげだと理解はしている。それなのに、素直にお礼を言う事もできなかった自分の心の醜さに、ハーティアは自嘲気味に肩を竦めた。


「あのぅ……」


 正面に立った少女が何故か頬を染め、遠慮がちに目を伏せている。


「なに?」


 ハーティアは少しイライラした口調で尋ねた。


「……言いにくいんですけどぉ……その、見えてますよ?」


 恥ずかしそうに顔を背け、ミリアムはちょんちょんと指さす。


「え?」


 指先の示す方向を辿り視線を下にずらしてハーティアはようやく、先ほど少年がぎこちない態度をとった原因に気付いた。


 少し脚を開いたまま尻餅をついたハーティアは、膝を立てた状態で座り込んでいた。当然、膝上のスカートは太ももの付け根近くまで捲れ上がり、したがって隠されるべきその中身が……。


「にゃっ」


 ハーティアは慌ててスカートの裾を正すが、今更、という気がしないでもない。


「み、見られた……? 胸を触られて、し、下着までっ……」


 ぺたんと座りスカートの裾を抑え、ぶつぶつと小声で呟くハーティアの姿に、ミリアムは深い同情の念を抱いて何度も頷く。人の名前を覚えようとしないシリューにとって、この猫耳少女もおそらく色で認識されるのだろう。


 オレンジ、と。


 ジョナサンの駆る烈剣の馬車が、二人の前にゆっくりと近づく。


「ああ、お仲間ですよ。」


 馬車を目にしたミリアムは、ハーティアの腕を自分の肩にまわしそっと立たせた。


「自信……無くすわね……」


 絞るように呟いたハーティアの視線の先には、横たわるオルデラオクトナリアの傍でこちらに背を向けるシリューがいた。


「みんな、そうです……私も、そうですよ?」


 力なくほほ笑むミリアムの横顔を目にして、ハーティアはこの二人の関係が、そう単純なものではないように思えた。


「魔力酔いをおこすと大変ですから、暫くは安静にしてくださいね?」


 治癒術士のララに支えられたハーティアに声をかけ、ミリアムは髪を揺らして背を向ける。


「待って。後で……落ち着いたら、ちゃんとお礼を、言うから……」


 ミリアムは振り向いて頷く。


「はい。それとなく伝えておきますね、ええと……」


「ハーティアよ、ハーティア・ノエミ・ポードレール。貴方は?」


ミリアム、です。ハーティアさん」


 そう言って立ち去ろうとしたミリアムだったが、ふと足を止めもう一度ハーティアの顔を見つめた。


 ポードレールの名は、ミリアムにも聞き覚えがあった。


 過去の大災厄で勇者と共に戦い、武勲を立てて子爵位を受爵し、それ以降も代々英雄を輩出している名門。


 ただ、もう何代も武に秀でた英傑は出ておらず、今ではその力の衰えと共に家名も廃れてしまっていた。


「ポードレール……あのポードレール家の……?」


「ええ。、が何を意味しているのか分からないけれど、あの、落ちぶれたポードレール家の、私は出来損ないよ」


「あ、え……?」


 自嘲するようなハーティアの笑みに、ミリアムはどう応えていいのか分からず眉根を寄せる。


「ああ、ごめんなさい。貴方にこんなことを言っても迷惑なだけね、忘れて貰えるとありがたいわ」


 ララの肩に腕を回したハーティアは、独り言のように呟いて馬車に乗り込んだ。


「は……はい」


 ハーティアの悲し気な瞳がやけに印象に残り、ミリアムの心をざわつかせた。






「シリューさんっ、その怪我!」


 シリューの姿を目にしたミリアムは、思わず大声をあげた。


 藍いコートは両肩を切り裂かれ、まだ乾かない血でべっとりと濡れていた。


「自分でヒールを掛けたから大丈夫。それにコートはガイアストレージの修復機能で元通りになるから……」


「そういう問題じゃありません!!」


 コートを脱ぎ、気楽な様子でほほ笑むシリューに、ミリアムは珍しく声を荒げる。


「どうしていつもそうなんですか! 一歩間違えば死んじゃうんですよ!!」


「え、いや、結構相手が強かったんだけど……」


 ミリアムはシリューの肩をがっしりと掴んで、上目遣いにねめつけた。


「なんで? 災害級も瞬殺するシリューさんが、何で人に苦戦するんですか?」


 必死な形相で訴えかけるミリアムの瞳に、薄っすらと涙が滲む。


「なんでって……だって、人だぞ。俺は、人を……」


 自分が間違っているとは思えない、だがミリアムのまっすぐな視線に耐えきれず、シリューはふっと目を反らす。


「……だから、野盗の時も、森でも、お城でも、手加減をしたんですね……」


 ミリアムの声には、少しだけシリューを責める響きが含まれていた。


「お前だってそうじゃ、ないのか?」


 そして、ミリアムの言葉はシリューの予想とは違っていた。


「私は、優先すべき命を選択します。時には守るべき誰かの命を、そして時には私自身の命を。それが、私たち勇神官

モンク

です」


 粛々としたその言葉は、エターナエル神教の教義である前に、この世界の常識でもあった。


「そう、か……」


 今のシリューには、そう答えるのが精一杯だった。



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