【第143話】荒野の決闘!
「どう思う? エクストル」
両手を膝につき肩で息をしながら、ドレイクがエクストルに尋ねた。
「どうって……俺たちは完全に雑魚扱いだって事だろ?」
片膝をついて額の汗を拭うエクストルの顔には、自嘲するような笑みが浮かんでいる。
ノワールが自分たちを無視した事に対して、思うところがないわけではない。だが今ノワールは10本すべての糸を使い、おそらく全力で闘っている。そしてそのノワールの必殺の攻撃を相手に、藍いコートの男は互角以上に渡り合っていた。
「俺たちは、4本で四苦八苦してたんだから、ま、ムリもないか……」
「何者だ、あの藍いコート」
ノワールとシリューの闘いを眺め、ドレイクは息をのみ呟く。
エクストルには一つだけ思い当たる事があった。レグノスの街で耳にした、あまりにも破天荒すぎてさほど気にも留めていなかった眉唾ものの噂話。
「深藍の執行者、か。まさか本当だったとはな……」
「しかしあの男、ハーティアの話ではEランクだった筈だろう?」
たしかに昨夜、ハーティアははっきりとそう言った。精々避難誘導ができるぐらいで、戦力にはならないと。
「Bランク以上なら、俺たちにも情報が入ってきてるだろうしな、Eランクってのはホントの事だろう……こっちのプライドはズタボロだよまったく、勘弁してほしいね」
「ああ、しかもあれだけ動けて、魔法使いだと……」
エクストルとドレイクはまったく同じタイミングで肩を竦めた。
ただし、オルデラオクトナリア一体を瞬殺し、厄介なノワールの相手をしてくれているのは確かだ。そして、ハーティアの危機を救ってくれた事も。
「だがおかげで助かった、ま、あいつには悪いが、一先ずノワールの相手は任せよう」
「ああ、そうだな」
眼前で繰り広げられる常識外の闘いに、エクストルは半ば呆れながらも、息を整えて立ち上がった。
「いこう! 合流するぞ!」
もう一体のオルデラオクトナリアに、『疾風の烈剣』の仲間たちはかなり苦戦を強いられていた。
おそらくエカルラートが、キャラバンを襲わせていた魔物たちを呼び戻したのだろう。手に余る災害級に加えて、数を増したグレイオルパーとカブラタワームに囲まれ、防戦一方に陥ってしまっている。
「グレタはどうしたっ」
ほぼ全員が満身創痍の中で、エクストルはサブリーダーの姿が見当たらない事に気付いた。
「酸でやられた! でも致命傷じゃない」
ゴドウィンが手短に答える。そのゴドウィンも左腕から血を流し、額には汗が滲んでいる。魔法使いのジーンとイーノックは肩で息をしていた、2人ともかなり魔力を消費してしまったのだろう。
「遅れてすまない、何とか押し返すぞ!!」
疲労困憊の2人加わったところで焼け石に水に思えたが、エクストルは仲間たちを鼓舞するように気勢をあげた。
「剣を使わないのも同じ理由か、随分と余裕だな」
ノワールの表情が、一瞬だけ憎悪の影を見せる。
逆手に持った双剣を、シリューは鋼糸の防御だけに使い、その刃をノワールに向け振るってはいなかった。
魔法も同じく、微妙に位置をずらしていた。
「なめてくれる、ならばくらえ! ブリェスチェーチ・アヴェルス!」
ノワールは真横に広げた両手を、オーケストラの指揮者さながらに踊らせる。
音速を超えた鋼糸が無数の衝撃波を生み、光の弾幕となってまるで横殴りの豪雨のようにシリューを襲う。
「あ……」
飛び上がり避けようと身を屈め踏み込もうとした時、シリューの強化された聴覚が後方で小さく息を飲む声を拾った。
振り向いたシリューの目に、座り込んだまま目を見開いて口元を押さえるハーティアが映った。
「まずいっ!」
距離は20m程。このままシリューが避けてしまえば、魔力切れで動く事ができない彼女が確実に引き裂かれる。
「どうする!?」
その時。
自分も含めたすべての動きが緩やかになる。
【並列思考が思考加速に変化します。通常の50倍での思考が可能です】
「え? 加速って、早くなるのは思考だけ?」
自分が加速して動けるわけではないようだ、実際シリュー自身もスローモーションで動いている。だが考える時間があるだけで十分だ。
「翔駆で一気に後退するか、でも、間に合うか?」
ハーティアのもとへ駆けながら、シリューは加速された思考を巡らせる。
「翔駆? ん、待てよ、そうかっ」
翔駆で踏み込む瞬間、その足元には透明の足場が構築される。その足場はおそらく理力によるもの、ならば……。
「一か八かだ!!」
シリューは脚を止め振り返り、迫る光の豪雨に向け右手をかざす。
要領は翔駆と同じ。そして、同時にいくつもの足場を地面に垂直に、びっしりと隙間なく並べるイメージ。
【
数十枚におよぶ50cm四方の透明に輝く盾が、まるで巨大な傘のように展開し、光の雨をすべて受け止める。
「なに!?」
ノワールの顔に、初めて焦りの表情が浮かぶ。
理力の盾の使い手はいるが、ノワール自身を含めてここまで広く展開できる者はいなかった。
「マルチブローホーミング!!」
その僅かな隙をつき、シリューが魔法の鏃を撃ち出す。糸を戻しきれなかったノワールは、素早いステップで後退しこれを躱してゆく。
勿論、シリューの狙いはノワール本人ではなく、ハーティアからできるだけ遠ざけるためともう一つ。いまだに戦いの続く、オルデラオクトナリアとの戦場へ少しでも近づくためだった。
怒声の飛び交う間近で、シリューとノワールがじっと睨みあう。
お互いに決め手がない。
殺すつもりならおそらく勝てる、だがその選択肢はシリューにはない。
「どうした、もう手詰まりか……」
一方、ノワールに殺しへの迷いはない。だが、自分の必殺の技を防がれたうえに、シリューにはまだオルデラオクトナリアを一瞬で沈めた魔法がある。下手に動けば命とりになる事を、十分に承知していた。
「お互い様、だろ?」
じりじりと摺り足で移動するシリューは、視線だけをずらして戦況を確認する。
烈剣のメンバーたちはオルデラオクトナリアの吐く酸や、鞭のような体当たりを躱してはいるが、キャラバンへの攻撃から呼び戻された20体を超える魔物たちに包囲され、お互いを守りあう事に精一杯になっている。
「まずいな……なんとかしないと……」
「イーノック! ジーンを連れて下がれ! ビリーっ、援護しろ!!」
エクストルは大声で叫びながら、左腕を挙げて大きく回す。その合図を受け、後方で待機していたジョナサンが、巧みに魔物を避けながら馬車を走らせ、魔力が尽きふらふらになったジーンと、彼女を支えるイーノックの傍に着ける。
これで魔法使いは全員戦列を離れる事になる。
「全員距離をとれ! なんとか時間を稼ぐんだ!!」
エクストルは躊躇わずに声を張り上げる。このまま戦っても勝てる見込みはないだろう。だがもう少し持ちこたえる事ができれば、状況は一変する。
たとえそれが、『疾風の烈剣』の勝利ではないとしても。
エクストルは驚異的な速度で繰り広げられる、藍と黒の攻防にちらりと目を向ける。
他力本願は承知の上だ。
「頼むぞっ、『深藍の執行者』……」
エクストルが再び視線を戻した時、オルデラオクトナリアがまるで退路を断つかのように、5人が乗り込んだ馬車を狙い特大の酸を吐く。
「ジョナサン!!」
誰かか悲痛な叫びをあげた時。
「……キャスケードウォール!!」
馬車のすぐ前に3重の滝が出現し、オルデラオクトナリアの放った酸を飲みこむ。
「おお……」
ジョナサンはいきなり現れた凄まじい水流に、驚愕の声を漏らす。
「早く馬車を出してください!」
「わ、わかったっ。すまないっ」
水の壁が消える前に、ジョナサンは馬車を発車させ窮地を救ってくれた少女とすれ違う。
「恩に着るよっ、神官さん!!」
「はい!」
ミリアムは水の壁が消えた先に蠢くモノを睨み、くるくると戦鎚を廻し半身に構える。
「微力ながら、助太刀します」
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