【第142話】藍と黒
「くらえ! ガトリング!!」
オルデラオクトナリアを捉えた7.62mm弾が、まるでレーザーのように突き刺さる。
「もう一つ、フレアバレット!!」
白熱したラグビーボール大の火球が、次々と着弾して燃え上がった。
だが。
「手ごたえ無しか、それならっ、アンチマテリエルキャノン!」
音速の5倍で撃ち出される3発の30mm高硬度砲弾は、雷鳴のような轟音を後に残し、オルデラオクトナリアに牙をむく。
しかし、ワイバーンをも一撃で貫通したその大比重の砲弾さえも、オルデラオクトナリアの粘液による皮膜に衝撃を吸収され、体をのけ反らせる事はできても致命傷を与える事ができない。
「これもダメ、か……」
シリューが溜息まじりに零した呟きを、ハーティアはその背中を見上げながら聞いていた。
「な、なに? 一体……」
風魔法『
無詠唱で同時発動され、ほぼ無制限に撃ち出される魔法。
「ガトリング? アンチマテ……え?」
フレアバレット以外は聞いた事もない。ただし、そのフレアバレットも通常の5~6倍の大きさで、白く輝いていた。
魔法だけではない。
魔法使いだと名乗った筈の少年は、オルデラオクトナリアの巨体を、ただの蹴りで数十mも吹き飛ばした。
もはや同じ人間とは思えない。獣人でさえあれほどのパワーは無い。もしも人間だとすれば、それはすなわちただ一人。
「……勇、者……」
「あ、違うから」
囁くようなハーティアの声に、シリューは振り向くことなく即答した。
当然、その間も3つの魔法は維持したままだ。
「待って。オルデラオクトナリアは、体中にある粘液腺から分泌された粘液で、あらゆる衝撃を分散吸収するのよ。やつの皮膚に攻撃するには、粘液を凍らせるか、爆風で吹き飛ばす必要があるわ」
ハーティアは立ち上がろうとするが、脚に力が入らずよろけてもう一度尻餅をつく。途中で無効となった爆轟の魔法により、魔力だけが消費されてしまった為だ。
「申し訳、ないけれど、私は魔力がもう……」
「ああ、気にしないで。やり方が分かればどうって事ないから」
シリューは魔法を止め、ちらりと横目に振り返り笑った後、勢いよく地を蹴り空中に舞い上がった。
「え? 何を……」
ハーティアの言葉が、最後まで紡がれる事なく消えてゆく。
「だああああああ!!」
鞭のように振り下ろしてくるオルデラオクトナリアの頭部を、身体ごと回転させたケリで迎え撃つ。
大きくのけ反ったオルデラオクトナリアは、更に追撃をかけようと迫るシリューに酸を吐く。
「フレアバレット!」
バランスボール大の火球で酸を迎撃し、シリューは更に加速し頭部への間合いを詰める。
「残念だったな、そいつはデッドマンズ・ハンドだ。アブソリュートゼロ!!」
一瞬でオルデラオクトナリアの頭部が凍結し動きを止める。
シリューは素早く背後にまわり、凍り付いた後頭部に狙いを定める。
「アンチマテリエルキャノン!」
凍結し柔軟性を失ったオルデラオクトナリアの頭部が、高硬度大比重の砲弾によってガラスを砕くように粉々になり消滅した。
「なに? 何なの……これ……」
ゆっくりと倒れてゆくオルデラオクトナリアの巨体を、大きく見開いた目でただ茫然と眺め、ハーティアは目の前で起こった、この現実とは思えない出来事に呻きにも似た声を漏らす。
「意味が……分からない」
だがそれは、その場に居合わせた全員の見解でもあった。
「嘘、な、なに? どういう事、なのさ……あんなのがいるなんて、聞いてないよ……」
魔物を操っていたエカルラートも、まったく理解できずに立ちすくむ。
たった一人で、災害級のオルデラオクトナリアを瞬殺するなどあり得ない。
「こりゃまずいね……ノワール! あいつを止めて!!」
状況が一気に不利に転じた事を悟り、エカルラートが叫ぶ。これ以上あの藍いコートの男に介入されれば、エカルラートたちの壊滅は必至だ。
「承知した」
ノワールはエクストルとドレイクの2人に背を向け、一気にシリューへと駆ける。
それに気付いたシリューが振り向く。
「貴様に恨みはないが、あちらへ行かせる訳にはいかん」
間合いを詰め、腕を交差したノワールの鋼糸は10本。エクストルたちを相手にしていた時とは次元の違う、回避不能、防御不能の必殺戦法。
覇力を纏い自在に軌跡を描く10本の糸は、どんな敵をも絡めとり、そして切り裂く。
「糸使い!?」
陽光を反射させた鋼糸が、八方からシリューに迫る。剣では防ぎきれない。
「ガトリング!」
バックステップで間合いを取りながら、弾幕を張り糸を弾く。
弾丸のカーテンを潜り抜けた1本の糸が、シリューの頬を掠める。
「マルチブローホーミング!!」
魔力により生み出された多数の鏃が、弧を描きノワールを捉える。
「無駄だ」
ノワールは瞬時に糸を戻し、ドーム型に展開させ迫る鏃を悉く切り裂いてゆく。
だが、それはシリューも想定済みだ。
「クイックドロー!」
全ての糸を防御に使い、大きく隙のできたノワールの脚を、
しかし着弾の直前、ノワールの前に構築された透明の盾が、甲高い金属音を響かせ2発の弾丸を弾いた。
「な、理力の盾!? まさかっ、アビリティって同時には使えないんじゃないのかっ」
いつかシリューの質問に答えた、パティーユの言葉が脳裏によぎる。魔力、覇力、理力、それぞれの力は同時に行使することができない。それがこの世界の常識だった筈だ。
「常識を逸脱した力を使う貴様が、下らぬ常識にとらわれるとはな」
ノワールは何の感情も見せず、冷淡に言い放った。
「たしかにね。あんたも相応の天才ってわけか……」
双剣を抜き、シリューは逆手に構える。
「さあな……」
じりじりと牽制するように動き、お互いの間合いを探る。
ノワールが機先を制し糸を繰りだす。
衝撃音が響き、10本それぞれの鋼糸の先端が音速を超える。
土煙をあげ、シリューは瞬時に上空へ駆ける。
「ガトリ……マルチブローホーミング!」
「無駄だと言った!」
ノワールは右手の糸を縦横に走らせ、魔法の鏃を粉砕すると同時に、左手の糸で空中のシリューを追撃する。
下方から迫る5本の鋼糸を、シリューは翔駆で左右に躱す。
「これならどうだっ、サンダースピア!」
雷を纏った4本の槍が閃く。
「同じ事だ!」
ノワールを囲むように展開された4つの盾が、個々にサンダースピアを受け止め、眩い光を発し対消滅してゆく。と、同時に地を蹴ったシリューは、サンダースピアの軌跡をトレースしノワールの懐をつく。狙い通り、ノワールは鋼糸を雷系魔法から遠ざけたのだ。
「はああああ!」
トップスピードに乗せた右拳で、ノワールの顔面を狙う。だがノワールは、表情一つ変えずに、シリューの左手側へと躱す。それはまるで、シリューの動きを読んでいたかのような反応。
すかさずシリューは左脚を軸に回転し、右の回し蹴りを放つ。
ノワールは後ろに飛び退り、同時に左手を薙ぎ5本の鋼糸でシリューを狙う。
右から迫る鋼糸を、シリューは双剣ですべて弾く。
「貴様……なんのつもりだ……」
すべての糸を引き寄せ、両腕をだらりと垂らしたノワールの目が、刺すように鋭い光を帯びる。
シリューは質問の意味が分からず、ただ眉をひそめる。
「スピードもパワーも獣人以上……だが動きはまるで素人だ」
「それは、前にも言われたよ」
まったく同じ事をもう何度も言われたが、素人であるのは確かだ。
「それに、何故あの災害級を倒した魔法を使わない……」
ノワールはシリューの意図を察したのだろう。使わないのではない、使えないのだ。
それはシリューの弱点ともいえる。人を殺す覚悟が無いのだ。
「こっちにも、いろいろ事情があってね」
シリューは、見透かされた心を誤魔化すように笑った。
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