【第133話】クラン、結成します

「でも……ヒスイって冒険者に登録できるんですか?」


 シリューは素直な疑問を口にした。


「私も……初めて聞きました……」


 ミリアムもアーモンドの瞳をさらに大きく見開いて、ぱちぱちと何度も瞬きをしている。


「ん? ピクシーが冒険者になれないって規定はないが?」


 ワイアットの言う通り、冒険者登録の規定に種族の制限はなく、現在犯罪者として手配されていない事が明記されている程度だ。


 実際、人族や獣人族をはじめエルフ族にドワーフ族といった主要種族だけでなく、少数種族である小人族、巨人族に加え、希少種族である鱗人族の登録もある。


 あえて言えば、言葉による意思疎通が可能かどうかだろう。


「……って事だ。まあ、あとはヒスイ姐さんの意志だけだが……」


「ヒスイは冒険者になるの、です!」


 シリューの肩を離れたヒスイが、嬉しそうに空中を飛び跳ねる。


「じゃあ決まり、だな。早速カードのリンクとクランの申請だ」


 申込用紙に必要事項を記入する。ヒスイの分はシリューが代筆した。


 カードのリンクに使う血を採取するための針を受け取ると、ミリアムは迷わず自分の左人差し指の背を刺した。


「え? そっち側?」


 小さな傷口からカードに血を垂らすミリアムが、シリューの言葉に首を傾げる。


「血はほんの一滴で良いんですよ? 指の腹よりこっちの方が痛みも小さいでしょう?」


「そ、そうだな……次は俺もそうする……」


 言われてみればその通りかもしれない。が、ミリアムはまだ機嫌が直ってないらしく、どことなく言葉に棘があるように感じて、シリューは思わず顔を背けた。


「では、ヒスイさん、カードに魔力を流してください」


「はい、なの」


 レノに促されたヒスイが、テーブルに跪きカードに両手を添える。


 5秒ほどヒスイがそうしていると、ミリアムやシリューの時と同じようにカードが輝き、数秒ほどでその光が消える。白のカードに描かれた緑のラインは2本、つまりGランクという事だ。


「これでお二人の冒険者登録は完了しました」


 レノの言葉に、ヒスイがシリューを振り向き、蠱惑的な笑みを浮かべる。


「ご主人様……」


 そしてくるくると星を振り撒ように回転しながら舞い上がった。


「これで、ヒスイもご主人様と同じ冒険者なの、ですっ。これからは、あんな事やこんな事もいっぱいしてあげられるの、です」


 ヒスイは手を組み、祈るように目を閉じる。


「だっ、ダメですっっ! あんな事とか、こんな事とかっ……それは、わたっ、じゃなくて……えっと、あの……と、とにかくだめぇっっ!!」


 ミリアムが何故か頬を薄く染めて叫ぶ。


「いや、ヒスイ、誤解を受けるような言い方やめようか。そしてミリアム、お前は一体何を想像した……」


 ミリアムは潤んだ瞳で、じっとシリューをねめつける。


「言えませんっ」


 ぷいっと背けたミリアムの顔は、まるで火が付いたように真っ赤に染め上がっていた。


「ああ、ね……いや、言われても、困るっ、けど……」


「ご主人様も、ミリちゃんも、顔が赤いのです……?」


 1人だけ平常運転なヒスイが首を傾げ、ぽつりと呟く。


「ああ、あ、あのっ、そ、それはっっ」


 当然それは、2人にとってとどめの一撃となった。


「甘々なお2人の寸劇を、まだまだ見ていたいところなのですが、そろそろクランの手続きに移ってもよろしいでしょうか?」


 とどめはレノの、この一言だった。


「……はい……」


 うなだれた2人の声が重なった。






「それでは、最後にクラン名を決めて下さい」


 クランの申請書に必要事項を書き込み、残すところはクランの名称だけとなった。


「クラン……名……」


 レノが指し示した申請用紙の空欄に目をやり、シリューは消え入るような声で呟いた。


「なんでわざわざ、名前を?」


「え? いや、普通じゃないか?」


 その手の事にちょっとした抵抗を感じていたシリューの疑問に、ワイアットは常識だ、と言わんばかりの表情を浮かべた。


「普通だと思いますよ、シリューさん」


「普通なの、です」


 ミリアムもヒスイも、まるで子供を諭すかのようにシリューを見つめた。


 分が悪い、どうやらこの世界では二つ名やクラン名はごく当然の事らしい。


「お店や宿と同じですよ。登録番号もありますけど、やっぱり名前のほうが分かりやすいでしょう?」


 ミリアムが簡潔に説明するが、言われてみれば確かにそうだ。現代でも会社に名前を付けない人はいないだろう。


「例えば……他のクランは何て名前なんですか?」


 名前の必要性は理解できたが、そうそうアイディアが出てくるわけではない。


「そうですね、有名どころなら、『蒼の隆星』『金燐の風』『重撃の斧』『凛凛の明星』あたりでしょうか……」


 レノが指を折りながら、世界にその名を響かせるクランの名称を挙げた。


「あ、私も知ってますっ、みんな凄そうですよねっ。シリューさんっ、私たちも素敵な名前つけましょう」


 シリューが腕を組み頭を悩ませている横で、ミリアムは小気味よく頷き瞳をきらきらと輝かせる。過剰な期待だ。その上自分からアイディアを出す気は、まったく無いようだ。


「……うーん、そうだなぁ……」


 何かないか、と視線を上げた先にはヒスイがぱたぱたと羽を動かし、こちらも期待に満ちた表情でシリューを見つめている。


「あの……そんなに期待されても……」


 羽ばたきに合わせて、ヒスイの透明な羽がきらきらと光を反射し、銀色の揺らめきを宙に描く。


「……銀の……羽」


 心を奪われるようなその光景に、シリューは何気なく呟きを漏らす。


「はい、では『銀の羽』という事で」


「え?」


 しっかりとシリューの言葉を聞いていたレノは、申請用紙のクラン名の欄に記入を促す。


「え、いや、あの……」


「銀の羽! かわいいですっ」


 手を組んではしゃぐミリアムだが、かわいいの基準がよくわからない。


「ご主人様っ、かっこいいの、です!」


 ヒスイに至っては、何に対してそう言っているのかも不明だ。


「素敵な名前だと思いますよ」


 レノも、2人の言葉を肯定するようににっこりと笑った。


「……じゃあ、もうそれでいいです……」


こうして、なし崩し的にクラン『銀の羽』が、その第一歩を記した。


「では、メンバーの登録とクラン認定証プレートを発行しますので、カードをお預かりします。一階の受付に用意しておきますので、後で受け取りに来てくださいね」


 クラン認定証プレートとは、その名の通り正式に認定されたクランである事を証明する、10インチタブレットほどの金属板である。


 仕組み自体は冒険者カードや神官のメダイと同じだが、書き込まれる情報量は遥かに大きく、クランのランクや登録メンバーの情報、受注したクエストの詳細に討伐した魔物の数など、ギルドにある当該クランの情報が全て記載されている。


なお、クランのランクは初期登録時がEとなり、リーダーにはEランク以上の冒険者が必須となる。


 レノは3人のカードを受け取り、執務室を出て行った。


「じゃあ、例の件よろしく頼む。俺の個人的な依頼って事で、大した額が払えなくてすまんが、王都に着いたらこいつをエリアス本部長に渡してくれ」


 ワイアットはすまなそうに頭をかき、右手に持った手紙をシリューの前に置いた。シリューは手紙を受け取りガイアストレージに収納する。


「構いませんよ、どのみち旅に出ようとは思ってましたから」


 それにもちろん、逃した魔族の動向も気になる。こちらも正式なクエストではないが、中途半端で投げ出すには少々関わり過ぎた。


「まあそのお詫び、と言っちゃあなんだが、明日の王都行きの馬車を手配しといた、朝8:00出発、乗り場は南門前。もちろん一緒だ」


「……わかりました……」


 状況の呑み込めていないミリアムの横で、シリューはゆっくりと大きく頷き立ち上がった。


「じゃあ、俺はこれで。いろいろお世話になりました」


「いや、こっちこそお前さんには随分と助けられた。礼を言うよ、ありがとう」


 ワイアットが立ち上がり、深々と頭を下げる。


「いずれ何処かで会う事もあるだろう、そん時はまたよろしくな」


「ええ」


 ワイアットが差し出した右手をとり、握手をするシリューの涼し気な笑顔がいつもより少し嬉しそうに見えて、ミリアムはほんのりと心が温かくなる気がした。


 執務室を出た後、クラン認定証プレートを受け取るため、一階のカウンターへ向かった。


「お待たせしました。こちらが、クランプレートになります。シリューさんの『銀の羽』はEランクですので、スティールですね」


 クラン認定証プレートの材質は、下からEランクがスティール、Dは青銅ブロンズ。Cランクがシルバー、Bがゴールド、そして最高位のAランクは白銀ミスリルとなり、通常プレートの材質でランクを表す。


「シリューさん、あなたはいずれきっと、勇者様に並ぶ英雄になります。あなたが何処にいても、私はずっと応援していますから」


 なぜだろう、シリューを見つめるレノの視線が痛い。


「英雄は大袈裟すぎですけど、気持ちは嬉しいです。レノさん、お世話になりました」


「いいえ、お世話になったのはこちらのほうです。シリューさん、お元気で」


 短くも気持ちの籠った挨拶を交わし、シリューたちはレグノスでの最後の帰路についた。

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