【第132話】冒険者になるの、です

「いらっしゃい、シリューさん。あら、ミリアムさんも。お揃いで今日はどういったご用件でしょう?」


 ギルドの受付カウンターで、レノがにこやかに立ち上がり会釈をした。


 Cランクの冒険者相手にも、椅子に腰かけたまま挨拶するのが通例である事を考えると、レノがシリューを特別視しているのは明らかだ。


 ただ、2人に向けられたレノの笑顔は、それ以上の何かを期待しているように見える。


「ワイアットさんに話があるんですけど、いいですか?」


、ですか?」


 レノは表情を一変させ口元を手で覆い、他に聞こえない囁くような声で尋ねる。その口ぶりから、事情を知っている数少ない1人であるのがうかがえた。


「はい……」


「わかりました、少しお待ちください」


 シリューが僅かに頷くと、レノはカウンター奥のドアへと消えていった。


「シリューさん……パーティーの届けじゃないんですか?」


 ミリアムの声はいつもより1オクターブ低いうえに、ちらりともシリューに顔を向けない。


「そうだけど、その前にちょっとな……って、お前っ何怒ってるんだよさっきからっ」


「怒ってません、別に怒ってません」


「あ、うん……そっか……」


 機嫌が悪いのは明らかだったが、シリューにはその理由までは分からなかった。


「……わた……めのまえ……がら……ほかの……のこ……ねさわ……」


 ぶつぶつと隣で呟くミリアムから、異様なオーラが立ち昇るように見えて、シリューは思わず身震いした。


 それから、数分で戻って来たレノに案内され、シリューはワイアットの執務室へ向かった。シリュー1人で、というワイアットの指定だったため、ミリアムとヒスイには1階に残ってもらった。


「よう、来たなシリュー。まあ、立ち話もなんだ、座ってくれ」


 執務室に入るとワイアットはソファーに掛け、葉巻の煙を燻らせながら向かいの席をシリューに勧めた。


「どうも」


 シリューが腰掛けると、いつの間にか姿の見えなくなっていたレノがトレイを手に現れ、慣れた手つきでテーブルにティーカップを並べて紅茶を注いだ。


「例の件、引き受けてもらえるか?」


 先に口を開いたのはワイアットだった。


「ええ……ただ、正式な依頼じゃないんで、俺の好きにやらせてもらいます。それでいいですか?」


 シリューはティーカップを口に運びながら、ワイアットをじっと見据えた。


「つまり……俺の作戦じゃあ、引き受けられないって事か……」


「そうです」


 はっきりと断言したシリューに、ワイアットはゆっくりと葉巻の煙を吐いた。


 どちらにしても答えは決まっている。ワイアットとしてはメリットの大きい方をとるだけだ。


「いいだろう、やり方はお前さんに任せよう」


「じゃあ、そういう事で」


 カップを置いて立ち上がったシリューを、ワイアットが手を挙げて止めた。


「ああ、そう言えば、ミリアム嬢と一緒だって事だが、どうかしたのか?」


 シリューは問題ありません、と軽く首を振る。


「一緒に行く事になったんで、パーティーを組もうかと思って」


「ほう、ミリアム嬢と、ねぇ……。うん、そうかそうか、まあ嬢ちゃんは美人だからなぁ」


 ワイアットはうんうんと頷きながら、生暖かい笑みをシリューに向けた。それはおそらく、甥の成長に目を細める叔父のように見えたのだろうが、一人の肉親もいないシリューにはからかうようにしか見えなかった。


「キモイ……」


「きもっ!? っておい、遠慮ねえなまったくっ」


 ワイアットの隣に立ったレノが、肩を震わせ必至に笑いをこらえている。


「おっさんは何でもいやらしい方に考えるから」


 シリューはじとっとした半目でワイアットをねめつけた。


「な、誰がおっさんだっ。俺はまだ38だっ……」


「……おっさんでしょ」


「あ、いや……まあ、そうなんだが……」


 こらえきれずにレノはぷっ、と噴き出してしまう。


「じゃあ、もう行きますよ?」


 付き合っていられない、とばかりにぷいっと背を向けたシリューに、ワイアットは慌てて声をかける。


「待て待て、話はまだ終わってないんだ」


 シリューは無言のまま、ため息まじりに振り返った。


「お前さんパーティーを組むって言ったが、どうせならクランを創ったらどうだ?」


 クランの創設には3名以上の冒険者が必要だが、シリューにはミリアムしか仲間はいない。その疑問をシリューが口にすると、ワイアットは煙の揺れる葉巻のフットを、ひょいとシリューに向けた。


「そこは……な? レノ、を呼んできてくれ」






「やっぱり……わたしもレスターさんと馬車で行ったら駄目ですか?」


 エルレイン王宮の地下にある転移の間。


 中央に操作パネルのある転移魔方陣の上に並び、恵梨香は眉をひそめ隣に立つ直斗の袖を掴んだ。


「いや、そういうわけにはいかないだろ?」


「そ、そうなんですが……」


 今回、転移にてアルフォロメイに移動するのは、直斗たち4人とパティーユ、それにエマーシュの6人で、レスターは馬車で直接レグノスへ向かう事になった。


 エルレイン王都からレグノスまで、馬車だと10日かかるところを、転移にて一旦アルフォロメイ王都へ飛び、その後レグノスへ向かえば半分の5日で済む。


 尚、帰りはレスターの乗って来た馬車で、エルレインへと戻る予定だ。


「どうしたんだ? 恵梨香らしくないな……?」


 いつも凛とした恵梨香が、何処かおどおどとして不安げな表情を浮かべている。直斗は他の誰にも聞こえないよう、恵梨香の耳元に口を寄せた。


「転移が……ちょっと、怖くて……」


「え?」


 転移はこれが初めてだが、特に怖がる要素があるとは直斗には思えなかった。現に、以外と怖がりな有希もほのかも期待に目をキラキラさせている。


 丁度ジェットコースターに乗る前、みたいな感じだろうか。


「転移って、一度肉体を量子レベルに分解してエネルギー態に変換するんですよね? それを転移先にビーム状で送信して、先の魔方陣で再物質化される……」


 恵梨香はぶつぶつと呟くように解説するが、直斗にはそんな説明を受けた覚えはなかった。


「量子にまで分解されるって、言ってみれば死ぬのと変わらないですよね? じゃあ、転移先で再物質化されたわたしは、今のわたしと同じなんでしょうか? わたしと同一の遺伝子と意識を持った、わたしと違うもう1人のわたし……。それに、転移のトラブルでこちらにわたしが残ったまま、向こうにもわたしが物質化されたら、わたしが2人に……? もしかして、この世界に転移したわたしはわたしのコピーで、本物は元の世界にちゃんと存在してるのでは?」


 それは恵梨香の父が好きだったSFドラマの一幕。転送事故で分裂した人物が、片方は昇進して栄光をつかみ、片方は何年も取り残され悲惨な末路を遂げる。


 当時恵梨香は、かなりの衝撃を受けたのをはっきりと覚えていた。


 そして恵梨香は、怖い事があると饒舌になる。


「……それ、有希とほのかには言うな、特に有希には……」


 恵梨香はこくんっ、と頷いた


「まあ、お前の不安がとれるか分からないけど……」


 直斗はそっと恵梨香の手を握った。


「心配するな、お前1人じゃないよ」


 恵梨香はもう一度、大きく頷いた。


 同時に、魔方陣から光が立ち昇り、そこに立った6人のシルエットが揺れ、彼方の国へと送り届けた。






「これは、ギルドカード……?」


 ソファーに座ったシリューたちの前に並べられたのは、緑のカードと白のカードだった。


「なんで、2枚?」


 緑の1枚は当然ミリアム用と分かるが、もう1枚が何のためなのか分からず、シリューは首を捻って向かいに座るワイアットとレノを見た。


 ワイアットが頷くのを確認して、レノが緑のカードをミリアムの前へ置く。


「1枚は勇神官モンクであるミリアムさんの分です。こちらは血液で本人と関連付けリンクする、通常のカードです」


 神官が冒険者としてはじめて登録する場合、その階級に関係なくEランクとなる。また、神官としての証明には神教会発給のメダイ(ギルドカードと同じ機能を持つメダル)を用いる。


「そしてこちらは、特殊な理由で血液の採取ができない方用の、魔力でリンクするタイプのカードです」


 白のカードをシリューの前に置き、レノはにっこりと笑った。


「え、っと……?」


 シリューは既にカードを持っている、となるとこれは……。


「そいつは、ヒスイ姐さんの分だよ」


「ヒスイの!?」


 シリューとヒスイの声が被る。


「クランの創設には、3人必要だろ? これで、3人だ」


 驚くシリューの顔を眺めて、ワイアットはにやりと笑った。


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