【第128話】いつかきっと……

「イヴリンは何処へいくの?」


 ミリアムが着替えを済ませ支払も終わると、ベアトリスはこの街での記念にと、紅茶を勧めてくれた。


「そうね、ヒスイちゃんには言ってなかったわね。私、アルタニカにお店を出すのよ」


「アル、タニカ……?」


 ヒスイは意味が分かっていないらしく、顎に指を添え首を傾げている。


「成功を祈ってます、ベアトリスさんならきっと大丈夫です」


「ありがとう、シリュー君に言われると、なんだか心強いわ」


 心なしかベアトリスの頬が紅潮しているように見える。


「でも、シリュー君もいずれ此処をでるんでしょう?」


「そうですね……考えてます」


 シリューがはっきりそう言った事に、ミリアムは心臓が跳ねるのを感じた。


 “ シリューさんが、この街を出る? ここからいなくなる? ”


「早いほうがいいわ、君はこんな街一つに納まるタイプじゃないもの。もっと大きな目標に向かうべきよ」


「そうなの!」


 ヒスイがミリアムの肩から飛び、シリューの目の前で腰に手をあて、まるで仁王立ちするかのように胸を張る。


「ご主人様は、いずれ世界を制覇して、何百人ものハーレムの王様になるのです!!」


「うん、ヒスイ、ならないからハーレムの王とか。あと世界も制覇しないから」


 冷静にツッコんだシリューの横で、ミリアムが立ちあがり声を上げる。


「だ、ダメですっ、ぜったいダメぇ! そ、そんな何百人なんて……わたしっ……せめて、5、6人に、して……」


「いや、いいのかよ!? ってかダメだろっ、落ち着けミリアム!!」


 そう叫んだシリューが、実は一番動揺していた。


「あら、でも伝説だとユルティーム・ピクシーを従えた2人の英雄は、どちらも王様になってるし、大きな後宮をもっていたそうよ?」


「ヒスイはきっとユルティーム・ピクシーになるの、です」


「うん、なれるといいねヒスイ……ってミリアムっ、ちょ、そんな目で見るなっっ」


 ミリアムは半分泣きそうな、ジトッとした目でシリューを睨んでいた。


 因みにこの世界、重婚は認められているらしい。


 ひとしきり皆で盛り上がった後、シリューはカップをテーブルに置きすっと立ち上がった。


「長居してすみません、俺たちはこれで」


「ええ、引き留めて悪かったわね、付き合ってくれてありがとう。いつかアルタニカの店にも遊びに来て」


 ベアトリスも立ちあがり、シリューの手をとる。


「はい、きっと」


 握手をする手に、ベアトリスがもう片方の手をぽんっと重ねる。


「君の活躍に期待してるわ、シリュー君」


 店の戸口で手を振るベアトリスに見送られながら、シリューたちはすっかり日の落ちた街へと歩いていった。


「ヒスイは先にお部屋に戻るの、です」


 ヒスイはシリューの前で、ちょこんっとお辞儀をした後に姿を消した。


 おそらく気をきかして、2人だけにしてくれたのだろう。


 それから、シリューとミリアムは『リンデンバオム』で夕食をとり、夜の街を散策した。


「あっ、ねえねえシリューさん、これ、見てっ」


 女の子に人気の、おしゃれな雑貨を扱う店で、ミリアムは手の平サイズのぬいぐるみを見つけて、はしゃいだ声をあげた。


「な……」


 両手にもったそれは、一つが藍い服の黒髪、もう一つが白い服を着た銀髪。それは明らかに……。


「それ、今若い女性に大人気なんですよ。在庫がそれだけで、次はいつ入荷になるか分からないんですっ」


 にこにこと愛想を振りまく30代の女性は、この店の店主だろうか。余計な解説が結構うざい。しかも一つ15ディールと、なんとなくぼったくりっぽい。


 シリューはその女性店主を横目でねめつけた。


「あれ、ええとお客さん? 何か気に入らない事でも?」


 気に入らないと言えば、断りもなく勝手に商品にされている事だ。


「え? 黒髪に、ピンクの髪……? もしかして、本物!?」


 結局、二つとも買わされた。


 にこやかな顔で訴えると言ったら、一つが3ディールになった。


 にまにまと嬉しそうに笑うミリアムに、シリューはため息を漏らす。


「まるで子供だな、ぬいぐるみなんて、そんな嬉しいかねぇ……」


 冗談交じりの言葉に、ミリアムは二つのぬいぐるみをそっと胸に抱いた。


「嬉しいですよ? だって、今夜の……記念ですから……」


 微妙な意味を含んだ言葉の後、ミリアムは不意に立ち止まる。


「シリューさん……街を、出るんですか……」


 消え入りそうなミリアムの声に、シリューはそっと振り返る。


 いずれちゃんと話すつもりでいた。この街を拠点にするつもりが無い事、一つの場所に長く留まるつもりが無い事を。


 話すきっかけが無かった、というのは言い訳だろう。


 この街は居心地がいい。


「ああ、そろそろ旅に出ようと思ってる……」


 龍脈から生還して、初めてたどりついた街がこのレグノスで本当に良かったと、心から思う。


「事情があってさ、あんまり一つ所に長くいられないんだ」


 シリューは大きく伸びをして、星の瞬く空を見上げた。


「……それに、この国だけじゃなくて、いろんな所を見てみたい」


 幸いにして、纏まった金も手に入り、力の使い方も何となく分かってきた。生きていくための目途は立ったように思う。


「なあ、ミリアム……お前にはいろいろ感謝してる。お前に会えて、良かった」


 それはシリューの、偽りのない、心からの想いだった。


「私もです、シリューさんに会えて本当に良かった……」


 ミリアムは今にも溢れそうな涙をこらえ、朗らかに笑った。


 ベアトリスの言った通り、シリューはこの街程度に収まる器ではないと、ミリアムにも分かっていた。


 そして、いずれは旅立ってゆく人だという事も。


「私、待ってます……ずっと、ずっと待ってます。だから、いつかきっと帰って来てください。そして……シリューさんが見た事、わたしにも聞かせてください……きっと、いつか……」


「……ミリアム……」


 俯いたミリアムの肩は、心なしか震えていた。


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