【第127話】紫の……装備?
病室のベッドのシーツを綺麗に整え、ハーティアは自分の荷物をバッグごとマジックボックスに収納し、財布やハンカチを入れたポーチのストラップを肩にかける。
検査の結果は、予想していたものとほとんど変わらなかった。そして結論は始めから準備していた。
治る可能性があるのなら仕事をキャンセルして治療を受ける、だが可能性が無いのならこれ以上の治癒は拒否する。
「ハーティア様っ、何処へ!?」
病室を出て受付で支払いを済ませ、治療院の玄関へ向うハーティアの背後で、彼女を呼び止める声が響いた。
「ニーリクス先生……」
ハーティアが振り向くと、医師のニーリクスが慌てた様子で駆け寄って来た。
「仕事もあるから宿へ帰るわ、いろいろとありがとう」
「いや、ですが……」
引き留めようとするニーリクスに、ハーティアは感情の籠らない乾いた笑みを向ける。
「聞いてニーリクス先生」
回復の見込めないハーティアに対し、これから行われるのは延命治療である。
もちろん、治療を受ければ、運が良ければ数か月は死を先延ばしに出来るかもしれない。だがそれは同時に苦しみもまた内包し、ありもしない未来を夢見て、絶望に耐えなければならないという事だ。
ハーティアには、それが意味のある事だとはどうしても思えなかった。
「残り少ない人生を、病室のベッドの上で過ごすのは嫌よ」
今までにない強い意志の光るハーティアの瞳に、ニーリクスは諦めたように、そして納得したようにゆっくりと頷いた。
「……わかりました……貴方の意志を尊重します。もう何も言いますまい……。薬を用意しますので、明日受け取りに来てください」
「薬?」
「体内の魔力の流れを整えるもので、僅かではありますが病気の進行と痛みを抑える効果があります……」
ハーティアは顔を上げて笑った。
「……ありがとう、今まで本当にお世話になりました。ご厚意に感謝致します」
深く頭を下げ、改まった言葉を使ったハーティアの態度に、それが最後の挨拶なのだとニーリクスは感じた。
「いいえハーティア様。わざわざ訪ねて頂いたのに、力が及ばず申し訳ありません」
「いいのよ、気にしないで。人はいつか死ぬわ、早いか遅いか、それだけよ」
一瞬だけ感情を宿したかに見えたハーティアの瞳は、すぐに元の通り、冷めて乾いた光を映すだけに戻った。
「あまり、無理をなさらないように……」
「ええ、預かり物を王都の学院へ持ち帰るだけの簡単な仕事よ、問題ないわ」
そう言って振り返る事なく歩き去るハーティアを、ニーリクスは黙って見送った。
「あ、あのっ、これ……」
「うん、思った通りよく似合ってるわ」
ミリアムがベアトリスに着せられたのは、鎧や防具のイメージからは程遠い、ごく普通の衣服に見える物だった。ごく普通の……。
「あのぉ、これって……ビスチェ、ですよね」
紫を基調にして、ところどころ白いラインで彩られた、優雅な雰囲気を持ったビスチェ。カップはしっかりと双丘を覆い、両脇からチョーカーで飾った首元まで、太めのストラップが伸びている。
大きく開いたデコルテラインには、ほとんど透明の生地が縫い付けられて、同じ素材で作られた、こちらは透けない純白の短いフレアスカート。
ガーターベルトて留められたストッキングに、足の甲から膝上までの、白地に金の縁取りのされたレッグガードと、同じ流れのデザインで統一されたガントレット。
全てワイバーンの素材で作られた非常に防御力の高い防具だが、一片の無骨さもなく、妖艶さと可愛らしさが絶妙なバランスで表現されたミニドレスといったところだ。
「動きはどうかしら?」
ミリアムは腕をくるくると回したり、左右の脚を上げてみた。
「何かっ、全然違和感がないですっ!」
「じゃあ、調整もばっちりね」
だがミリアムは、不意に視線を落とし、困ったように眉根を寄せた。
「で、でもこれ……ちょっとえっちじゃないですか?」
胸元は開いているし、スカートは薄くて短い。更に、そのスカートの裾とストッキングの間からは太腿が露出している。
「大丈夫、それくらい平気よ、可愛いわ」
たしかに動きやすいし、可愛いとは思う。ただ少し恥ずかしい。いや、結構恥ずかしい。
「慣れよ、街中をそれで歩くわけじゃないんだし、その上から法衣を着てもいいしね。ただ……」
ベアトリスはミリアムに向かってぴんっと指を立てた。
「魔法効果が付与されているから、戦闘のときは脱いだ方がいいわね。ほら、その胸のスイッチを押してみて」
ミリアムは言われるままに、胸元にある小さなスイッチを押した。各部位に取り付けられた魔石が、緑色の光を放つ。
「ひゃうっ」
一瞬風が巻きあがり、ミリアムの全身を包み込んだ。
「え? 身体が……軽いっ!?」
「風の魔法効果よ。魔石が光っている間、貴方のスピードを数倍に上げてくれるわ。勿論、蹴りにも風の追加効果が発揮される、ああ、ここで試さないでね?」
「す、凄いですっ……」
いったい幾らかかるんだろう、とミリアムは不安になった。いや、金額だけではない。シリューが何故、自分にこんな高額な防具を用意してくれたのか。その真意がミリアムには分からず、ただ漠然とした不安に駆られた。
「じゃあ、お披露目といきましょうか」
「え? え?」
ベアトリスはそんなミリアムの気持ちにお構いなく、彼女の手を引いて店へと連れ立つ。
「お待たせシリュー君っ」
ベアトリスが勢いよくドアを開け、ミリアムをカウンターの前に立たせる。
「え?」
いきなりの声と音に驚いたシリューだが、ミリアムの姿にさらに驚いた。
もじもじと太腿を摺り寄せ、頬を染めて身をよじるミリアムの髪はポニーテールに纏められ、恥じらいを秘めた瞳は瑞々しく潤んでいる。
紫を基調にしたビスチェは少し大胆な印象だが、ミリアムに良く似合っている。
「あ……かわいい……」
無意識のうちに声が漏れた。
「ほ、ホントっ、ですかっ?」
ミリアムの顔がぱっと明るくなる。
「うん……ホント……すごく、かわいい」
少し前まで、何と言ってからかってやろうか、と考えていたシリューだったが、予想していなかったミリアムの姿に放心したように見とれてしまい、本音を隠す事ができなかった。
「やったぁ♪」
まさかシリューから、そんな言葉が聞けると思っていなかったミリアムは、舞い上がるような気持ちを抑えきれず、その場でくるりと回った。
白いスカートが風のように翻り、太腿の付け根まで露わになる。
「ばっ、お前っ、見え……」
新調された紫が、しっかりとシリューの目に焼き付けられた。
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