【第129話】一緒に行こう!

 シリューは震えるミリアムの肩にそっと手を伸ばした。


「ミリアム……?」


 その両手を、ミリアムはがっしりと掴んだ。


「……なーんてっ、そんなしおらしい事言うと思いました?」


「え、え?」


 顔をあげたミリアムは、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「シリューさんに会えて良かったのはホントです。でも私、健気に帰りを待つような女じゃありませんよ?」


「え、っと……?」


 話が見えてこない。


「相変わらず鈍いですねぇ、一緒にいくぅっ、て言ってるんです」


 はっきりと宣言したミリアムに、ようやくシリューの理解も追いついた。


「ダメだ……一緒には……行けない。傍にいたら、俺はいつかきっと……お前に、取り返しのつかない迷惑を……かける」


 未練が無いわけではない、一緒にいたいと、傍にいたいと、本気でそう思う。


 だが、取り巻く状況が、果たしてそれを許してくれるのか。シリューにはそれが不安だった。


「平気よ……いっぱいかけて……」


 ミリアムは蠱惑的な瞳で、シリューを見つめた。


「ミリアム……俺は、お前を不幸にするかもしれない」


「そう……ですね。シリューさんは、いろいろとアレですから、私泣いちゃう事もあるかもしれません。でも、それでも傍に居られない不幸よりいいです。どんなに辛い事が待っているとしても、私、いきたいんです。お願い……いかせてっ」


 何と言われても絶対に引かない、そんな強い意志がミリアムの表情に浮かぶ。


 不本意だが、ここは憎まれ役に徹するしかないだろう。


「じゃあ、正直に言うけどお前足手まといなんだよ」


「そうですね、シリューさんから見れば、勇者様以外、みーんな足手まといですねぇ」


 ミリアムはまったく動じる事なく、澄ました顔で言い放った。


「それに、シリューさんそういう嘘は下手ですね?」


「う……」


 見透かされていた。昔からわざと人を貶めるような嘘は苦手で、それならばと、少し本当の話を混ぜる事にした。


「……あのなミリアム……前に俺はアルヤバーンって国から来たって言っただろ」


「はい、たしか森の扉に巻き込まれたんでしたよね」


「逃げて来たんだ……ってか逃げる途中で……」


 シリューは自分の左胸を、右手でぽんと叩く。


「お前、見たんだろ? 後ろからぐっさり、さ。相手も俺は死んだと思ってるはずだけど、もしも生きてるのがバレたら……」


 ミリアムはここではじめて目を逸らした。


「……生きてるのがバレたら、多分、追手がかかると思う……。どうあっても、生かしてくれるとは思えないんだ」


 背中から心臓を狙い胸にまで貫ける傷痕。その傷を目の当たりにしたとき、ミリアムは涙が止まらなかった。


 それほどまでに強い殺意。


 ミリアムはふと、森でシリューが痛みに苦しんだ時のことを思い浮かべる。あの時ミリアムが咄嗟に差し伸べた手を、シリューは激しく振り払った。


 シリューが、簡単に背中を取られたとは考えにくい。ならば、おそらくシリューを刺したのはごく身近な人、たとえば……恋人?


 それは確証も何もない、女の勘。


「そうですか……でもそれならっ、私も一緒に闘います!」


「勝てない、俺たちじゃあ……」


 追ってくるのはおそらく勇者たちだ、シリューには彼らに勝てるイメージすら湧いてこなかった。


「し、シリューさんが、ですか? でもでもっ、それなら一緒に逃げましょう」


 勇者以外にそんなに強い存在があるのかと疑問に思ったが、ミリアムにはそんな事はもうどうでも良かった。些細な事だ、大事なのはそこではない。


 一歩も引く様子の無いミリアムに対して、シリューは最終手段に打って出る。


「襲うぞ……」


「はい?」


「だから、って言ったんだ。一緒にいたら、絶対襲う。二度とっ、立ち直れないぐらい、ぐっちゃぐちゃにしてやるっ」


 自分で言って恥ずかしかった。が、


「いつでもどうぞ♪」


 ミリアムは両手を広げ、天使の微笑でシリューを迎え入れる仕草をとる。


 逆効果だった。


「ばっ、ばーかっ、じょ、冗談に決まってるだろ! ばーかばーかっ」


 セクハラ攻撃をまさかの逆セクハラで返されたシリューは、動揺のあまり語彙が小学生レベルにダウンしていた。


「あら、残念♪」


 トドメの一撃……。


「うっ……」


 もはや反撃の気力さえ無い、どこまでいってもヘタレはヘタレ、という事だろう。


「もう諦めなさいっ、お姉さんは、あなたがっ、何と言おうと、絶対っっ、一緒に、いっちゃうっ!」


 ミリアムは一言一言、確認するように区切りながら、シリューの目の前に指を立てる。


「ってか、シリューさん、何でそんなに必死なんですか?」


「え……?」


 ミリアムに迷惑をかけたくない、ミリアムを不幸にしたくない、ミリアムの瞳を涙で曇らせたくない。


 裏返せばそれは、ミリアムを……。


 2人はじっと見つめあった。


 当惑ぎみのミリアムの眉が、困ったようにハの字に歪んでいる。


「ぷっっ」


 シリューは思わず噴き出してしまった。


 ミリアムの顔が可愛くて、可笑しくて。それにも増して、自分の態度が可笑しくて。


「はははは……」


 何を頑なになっていたのか。


 狙われる? たとえ命を狙われるとしても、直斗たちがミリアムの命まで脅かす事はないだろう。


 覚醒、メビウス、それに魔神? 分からない事を今考えても仕方が無いだろう。


「シリューさん、ぷっ、な、なに笑って、あはは、ははは……」


「お前っ、はははは、結構頑固、だよな、ははは」


「あははは、そういうシリューさんは、たらしでヘタレですよね、あははは」


「い、今それ、か、関係ないだろ、紫パンツ残念変態神官娘、ははははは……」


「みゅっ、久々に聞いたソレっ、はははは、ひどいっ、あはははは……」


 なぜだか2人とも笑いが止まらなかった。


 人目も気にぜず、夜の街の街灯の下、こだわりもわだかまりも吹き飛ばすように笑った。


「なあ、ミリアム」


 ようやく落ち着いたシリューが、穏やかに口を開く。


「はい……」


 ミリアムも、そんなシリューを見て姿勢を正す。


 そしてたった一言、想いを乗せてシリューは囁く。


「一緒に行こう」


「はい♪」


 月の照らす淡い光が、手を繋ぐ2人の髪を、きらきらと揺らした。






 因みにそのあと……。


「ご主人様、お早いお帰りなの、です」


 部屋に戻ったシリューの周りを飛んで、ヒスイがぽつりと呟いた。


「ミリちゃんの匂いが弱いの、です。また……ミリちゃんと寝てあげなかったのです?」


「ひ、ヒスイ……ご、誤解を受ける言い方、やめようか……」


 だがおそらく、誤解ではない。ヒスイは大人なピクシーだ。


 そして同じ頃、神殿の女子寮では……。


「……せっかく、新調したお気に入りだったのに……」


 部屋の姿見に紫の下着姿を映したミリアムが、複雑な表情で呟いていた。


「……ホント……へたれ……」

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