【第95話】戦いのあと

 話は一旦戻り、人造魔人との戦闘直後。


 ミリアムを神殿に送りとどけたあと、シリューは地上からは見えないぐらいまで上昇し、誰にも見られないよう森の中に降りた。


 それから森を抜け、全速で街に引き返し、避難から街へ戻る人ごみに紛れて中に入る。


 目的は戦闘跡の調査。


 広場から延びる通りのあちらこちらに、その痕跡は残されていた。


 崩壊した家や商店、倒れた街灯。点々と続く砕けた石畳は、魔人のつけた足跡だろう。そして、何か所かは石畳が捲れ、土が露出し、更にはクレーターのように深く抉れている箇所もあった。


 シリューは、最後に魔人の魔石を砕いた場所に立った。




【チェイサーモード起動します。設定された対象の魔力痕を視覚化します】




 人造魔人、ランドルフの体内にあった黒い人造魔石。砕いたその欠片を集めた際、残留する魔力を解析し探査目標への登録を済ましておいた。


 時間はそれほど経っていない。思った通り、かなりはっきりとした黒いラインが視界に表示される。


 あわよくば、魔石の製造元を突き止めたいが、さすがにそこまでは難しいだろう。ならばせめて、いつのタイミングでランドルフの体内に埋められたのか、それだけでもはっきりさせたい。


 シリューは、広場へと続くラインを辿る。


 破壊され、まだ片づけられていない、絞首台の残骸。一旦空中に上がったラインは再び地上に降り、囚人が集められていた場所を過ぎ、広場を離れる。


 仮に、魔石が埋め込まれたのがこの場所なら、ここから延びるラインは製造元へと繋がっているだろが、あの時そんな事が出来る機会があったとは思えない。時間を止める魔法でもあれば別だが。


「この先は……」


 街外れに向かうラインの先にあるもの、それはランドルフら囚人たちが収容されていた拘置所だった。


「結局ここまで、か」


 表示されているラインは1本、つまり今日移動した痕跡のみで、それ以前のものは時間が経過しすぎて既に消えてしまったか、若しくは……。


「……元から無かった……?」


 誰かかこの拘置所に侵入して、牢の中のランドルフに魔石を埋め込む。此処までは、魔力を封じるアイテムに入れて運んだと考えれば、魔力痕も残らない。


 あり得ない話ではない、とシリューは思った。


 たとえば高度な認識阻害のアイテムと、闇系の魔法を合わせて使う。


 壁は飛翔ソアースで難なく飛び越えられる。というのもここの警備自体、外からの侵入に備えたものではなく、内側からの逃走防止に重点が置かれていると思えるからだ。拘置所という特性を考えれば、それも当然と言えるが。


 シリューは正面の門を左に折れ、壁沿いの道を注意深く歩いた。


 壁に沿って右に曲がった時、ポケットから飛び出したヒスイがシリューの顔の前に飛び、空中で振り返って壁の中を指差す。


「ご主人様、この中に闇魔法の魔力を感じるの、です」


「え?」


 シリューはすぐに【探査】を掛けてみるが、情報の登録がない闇系魔法の魔力痕を検知する事は出来なかった。


 【解析】には壁が邪魔なうえ距離が遠すぎる。


「……どうするかな……」


「もう、ほとんど消えかかっているの、です」


 しばらくの間、じっと壁を見つめていたシリューは、やにわに踵を返し駆け出す。行く先は冒険者ギルド。今日中に許可を貰い、魔力痕が消える前に調査する。ワイアットに頼めば、何とか融通をつけてくれるかもしれない。


 シリューは一縷の望みを掛けてギルドへと急いだ。






「なあレノ、どう思う?」


 戦いの後整理の為皆出払ったギルドの1階で、ワイアットは受付カウンターの奥に壁を背にして座り込んでいた。


 広場からからここまで、騎士の1人に肩を借りてようやくたどり着いた。回復薬

ポーション

で、傷や痛みは癒えたものの、3階の自分の執務室まで上がる気力は残っていなかった。


「アリゾナ・コルト? ですか」


 ワイアットは、パンをかじりながら頷いた。


「完全に偽名でしょう? 顔を隠していたんですから」


「いや、まあそれはいい。要は何者かって話だ」


 レノは顎に指を添え、天井を仰ぎ見る。


「……そうですね、それだけの事が出来る人といえば、思いつくのは……」


「だよなぁ……」


 ワイアットにもだいたいの察しはついていた。だが、そうだとしたら、何のために顔を隠しているのかが分からない。


「正体については、余り追及しない方が良さそうだな」


「ええ、それに名前についても、すぐに誰かが二つ名を付けてくれますよ」


 シリューが聞いたら青ざめそうな事を、レノが口にした丁度その時。入口のスイングドアが勢いよく開き、シリューが駆け込んできた。


「ああ、良かった、レノさん。ワイアットさんはっ?」


 あまりのタイミングの良さに、びくっと肩を震わせたレノがカウンター奥を指差す。


「あ、あの、こちらに」


 シリューがカウンターを覗き込むと、壁に背を預けて座り込んだワイアットが、ひょいと片手を上げた。


「あれ? 今日は葉巻じゃないんですか?」


 パンをかじるワイアットに、シリューは声を掛ける。


「まあな、今は煙より糖分だ。で、慌ててどうした?」


「拘置所を調べさせて下さい」


 シリューは一切間をおかずに答えた。


「……まあ、お前さんが何を言いだしても、もう驚かんが……何を見つけた?」


「誰かが拘置所に侵入して、ランドルフに人造魔石を埋め込んだ可能性があります」


 一瞬ワイアットの表情が固まる。レノは大きく目を見開いてシリューを見た。


「……わかった、どうやってそれを掴んだのかは聞くまい。一緒に行こう、何としても許可はとってやる」


 ワイアットはゆっくりと立ち上がり、シリューの肩を2度叩いた。






 許可は比較的簡単にとる事が出来た。

 冒険者ギルド、レグノス支部長の名と、何より、野盗団全員を生かして捕えた、『深藍の執行者』本人の願いとあれば、官憲隊が協力を惜しむ筈がない。


「おおっ貴方が、あの『深藍の執行者』殿!」


「あ、はあ……」


 シリューにとってははた迷惑な二つ名だが、今回ばかりは利用しない手は無い。ひそひそと噂されているのにも目を瞑り、シリューはワイアットと共に拘置所の敷地へと入る。

 案内役の兵士が、シリューの指定した場所へと先導してくれた。


「この辺りでしょうか?」


「はい、ありがとうございます」


 当然ながら、地面には何の痕跡も残されていなかった。


「少し離れてもらっていいですか?」


 ワイアットと案内の兵士が、5m程離れる。




【解析を実行します】


【解析が完了しました。残留魔力を検知しました。この地点から、建物を覆う規模の闇系魔法陣魔法が使用されたと思われます】


「ヒスイの言ってた通りか……魔法の種類と使用された時期は分かるか?」


【催眠

ヒュプノシス

と思われます。使用された時期は、魔力の残留値から4~6日前と推測します】


「地面には魔法陣が描かれてなかったみたいだけど?」


【魔法陣は必ずしも地面や床に描く必要はありません。龍脈からの力を利用する性質上、その付近であれば、一部を除き、紙や布に描かれた物からでも魔法を発動する事が可能です】


「なるほどね……」


 シリューは腕を組み、暫く考えた後で案内の兵士に声を掛ける。


「次は、中を見せて貰ってもいいですか?」


「ええ。こちらへどうぞ」


 案内してくれたのは地下の最奥にある、ランドルフの収容されていた牢だった。


 チェイサーモードに表示される黒いラインは、壁からぶら下がる2本の鎖の間から延びている。おそらくランドルフが繋がれていた場所だろう。


 そして、その鎖の間からもう1本、随分薄くなったラインが牢の檻を抜け、そこで完全に消えていた。


「ありがとうございました、色々と参考になりました」


 シリューは兵士に頭をさげてお礼を述べ、拘置所を後にした。


「それで……何か分かったのか」


 すっかり日も落ちて、薄闇に覆われた街を歩きながら、それまでは黙って見ていたワイアットが、シリューの横に並び少し遠慮がちに尋ねた。


「4~6日前の多分夜、誰かが拘置所に侵入して魔法陣魔法『催眠

ヒュプノシス

』を使ったようです」


「魔法陣っ?」


 ワイアットは隣で歩くシリューに顔を向けた。


「ええ。その魔法で看守全員を催眠状態にした後、地下の牢に向かい、そこでランドルフに魔石を埋め込んだ……要約するとそんな感じですね」


「ちょっ、ちょっと待った。一体いつの間にそんな……」


 シリューが、人とは違う特殊な能力を持っているという認識は、ワイアットにもあった。


 だが、拘置所での行動をみる限り、何かをしたり、魔法を発動した形跡は無かった。ただ、じっと現場を見つめていたたけだ。


「えっと、信じてもらわなくてもいいんですけど」


 シリューはワイアットを気にする素振りも見せず、ただ涼しげな笑みを浮かべた。


「つまり、話す気は無いって事か……まあいい。それで、これからどうするつもりだ?」


「とりあえず、その魔石がどこで作られたのか、重点的に探ってみようと思います」


 冒険者ギルドの前で、2人は一度立ち止まった。


「やり方はお前さんに任せる。それより、どうだ、これから晩飯でも」


「いえ、遠慮しときます。ミリアムのところにお見舞いに行きたいんで」


 そう言ってシリューは軽く頭をさげ、ミリアムのいる治療院へと足早に向かった。


 一旦宿に寄り、ロランにお勧めのお菓子屋を尋ねたが、時間も遅くもう閉まっているという事で、宿で買い置きしてある物を譲ってもらった。


 お見舞いに、と話した時、カノンがどこか寂しそうな顔をしたが、シリューがそれに気付く事はなかった。


「ご主人様、ヒスイはお部屋で待っているの。ミリちゃんとごゆっくりなの」


 そう言って、近頃は1人で行動する事も多くなったヒスイが、なぜか艶っぽい笑みを浮かべ部屋へと飛んで行った。


 気を利かせてくれたのだろう、ヒスイは空気の読めるいい子だ。と、思ったシリューだったが……。


「おかえりなさい、ご主人様。随分早かったの」


「え? そうかな」


 お見舞いから戻ったシリューを出迎えたヒスイが、眉根を寄せて首を傾げる。


 そして、シリューの肩にとまると、


「ミリちゃんの匂いがしないの。ご主人様、なんでミリちゃんと寝てあげなかったのです?」


「なっ、げほっごほっっ……」


 爆弾発言。


 とてつもない空気の読み方をした、ヒスイだった。


 ……勿論、ヒスイには言葉通りの意味でしかなかったが。

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