【第83話】痕跡

 シリューは、ワイアットから借りた報告書の綴りを、平たい石の上に広げた。


「何ですか、それ?」


 ミリアムが、興味ありげに覗き込む。ヒスイもミリアムの肩で、同じような仕草をとる。


「ああ、ギルドで借りた調査報告書だよ。中身はまあ……何も分からなかったっていう報告だけど」


「そう、ですか……」


 冒険者ギルドの調査隊は、この一帯をくまなく捜索した。報告書によると、遺留物は無し、ところどころにゴミや残飯を埋めた跡。数多くの蹄の跡と、いくつかの偽装痕。そして最後の頁の地図に記された、地面を抉ったような跡。


 ランドルフの臭気と魔力痕を追うという方法は、最初からシリューの選択肢になかった。装備以外の服は官憲隊に渡していたし、そもそも男の服の臭いを嗅ぐなど、例え天地が裂けてもお断りだ。どのみち、時間が経ち過ぎて追える程の痕跡は残っていないだろう。


「どうします? 分かれてこの辺りを調べますか?」


「……そうだな……」


 シリューは報告書から顔をあげ、ミリアムをじっと見つめた。


「お前がそうしたいなら、手伝うけど……」


 シリューがそういう言い方をしたのは、今回の依頼が教団からのもので、その内容もミリアムを支援する事となっている為だった。支払われる報酬についても、通常のクエストのような成功報酬ではなく、稼働時間に対する調査費である。


「その言い方だと、何か考えがあるって事でしょうか?」


「まあ、な。この辺りはギルドの調査員がくまなく調べた筈だ」


 ミリアムが確かに、と頷く。


「なら、これ以上ここを調べたって、多分時間の無駄だ……」


「……そうですね……じゃあ、どうしましょう」


 顎に指を添え眉を八の字にして、ミリアムは考え込む。実はここに来た意味も、よく分かっていなかった。


 シリューは報告書を手に持ち、頁の最後に綴られた地図を開いてミリアムに向けた。


「これさ」


「えと、地図……ですか? このバツ印は何でしょう……」


 地図に記されたバツ印を指差し、ミリアムは首を捻る。


「それを今から調べるんだ。ここから少し離れた場所に3か所、地面に抉れた跡が見つかったらしい」


「はい、行ってみましょう!」


 コンパスも計測器も無い状況でざっくりと描かれた地図であるため、方向や距離も随分とあやふやだった。


 途中、魔物の襲撃に備えシリューもミリアムも、武器を携えてはいたが、結局それを振るう機会は無かった。


「考えてみれば、シリューさんが大量に殲滅しちゃった後ですもんねぇ」


 ミリアムが、なんとなく残念そうに言ったのは、決して戦いたかった訳ではなく、やれば出来る、というところを見せたかったからに他ならない。彼女も一応勇神官、魔物を排除するのも仕事の一つなのだ。


 それから1時間以上かけて、なんとか1カ所目に辿り着く事が出来た。


「これか……」


「ふわぁぁ……シリューさん、よくこんな森の中で、迷わずに辿り着けますねぇ……」


 ミリアムは顎の前で手を組み、瞳をキラキラと輝かせ感嘆の声をあげた。


「そんなに難しい事じゃないんだ。ほら、よく見れば小枝が折れてたりとか、草を掻き分けたり踏みつけたりしてるだろ。これって明らかに人が踏み入った跡だ」


 シリューは通り過ぎて来た方向を、振り返って指差す。


「……は、はい、なるほどぉ……?」


 返事はするものの、ミリアムの目は焦点があっていない。


「慎重にそれを見極めれば、時間はかかっても必ず辿り着けるんだよ」


 こんな風になと、シリューは肩越しに親指を向ける。


「尊敬しちゃいますぅ、私なら一生辿り着けない自信があります……」


 森の中で迷い、何だかんだでしぶとく生き残り、野生化したミリアム……。


 そんな姿が頭に浮かんで、シリューは思わず吹き出してしまった。


「な、何ですか急にっ?」


「いや、何でもないよ。さ、調べてみるか」


 首を傾げるミリアムを横目に、シリューは報告書に記された通りに抉られている、地面の前へ立った。


 大きさは直径が約1mのほぼ円形で、深さ40cm程の穴になっていて、周囲には飛び散った土が散乱し、まるで爆発の跡のようだ。ただ通常、爆発や落下物により形成された場合、すり鉢状になるはずだが、この穴は深さが一定したほぼ平らな状態であった。


「……これ……?」


 シリューは円の縁に腰を下ろし、穴の底の土を一掴み手に取った。土に混じっていたのは、表層に生えていたと思われる小さな草。穴をよく観察してみれば、同じような草がいくつも見て取れる。


 報告書によれば、調査隊は一切この穴に手を加えていない。また風で飛んできたにしては数が多く、しかも土に埋もれている。


 導き出される結論は、この穴がなんらかの方法で形成された時、一度吹き上がった表層の土が、再びこの穴の中に降り注いだという事実だ。


「って事は……」


 シリューは周囲を眺め、飛び散った土を確認した。ごく狭い範囲に、ほぼ均等に広がっている。


「なるほど……そういう事か……」


 納得したように立ち上がったシリューを、ミリアムは大きく瞳を見開いて見つめた。


「あのっ、何か分かったんですか?」


「ああ、この穴がどうやって出来たのか、はな」


 ミリアムはちょこん、と首を傾げた。


「どういう事でしょう……?」


「つまり……」


 魔物を含めた動物や、人の手によって掘られたものであるなら、掘り起こされた土は、もっと穴の周囲の偏った方向に集中する筈だ。そして穴の底部がほぼ平らな事から、爆発や落下物の可能性も低い。となれば、残る可能性は。


「噴出、だと思う」


 つまり、内部からぼぼ真上に向かって爆発的に噴き上げた後、一部を周囲に撒き散らしながら、巻き上がったその土の殆どが、形成された穴へ落ちていった。


「……って事だ」


「はい、なるほどっ」


 穴やその周囲を、その都度指差しながら説明するシリューの言葉に、ミリアムは熱心に聞き入っていたのだが、そのあまりに朗らかな態度はあからさまに怪しい。


「……お前……絶対わかってないだろ」


「はいっ、い、いえっ、わ、わかってますよ、ななな何言ってるんですかぁ」


 シリューは半開きの目でじっとりとミリアムをねめつけた。


「じゃあ聞くけど、どういう事だと思う?」


 ミリアムはこくんっ、と唾をのみこむ。


「これは、あの、アレです。だ、誰かが掘ったんですよね……」


 様子を窺うようなミリアムだったが、シリューは黙ったまま何も答えない。


「えっと……、掘った?」


「そこじゃないわっ、、は変わらずかっっ。俺の説明全部無駄か!!」


 アホの子だった。


「そ、そんなに怒らないでくださいぃ」


 ミリアムは肩を竦めて頭を押さえ、叱られた猫のように身を縮めた。


「まったく……まあいい、とりあえず見てろ……」


「はいぃ、ごめんなさい……」


 大きくため息をついた後、シリューは気を取り直し、穴に対して解析を掛ける。




【解析が完了しました。微量な残留魔力を検知しました。】




「残留魔力? つまりこれは魔法を使った跡って事か……?」




【少なくとも、2種類の魔法が行使された形跡があります。1つは土魔法、もう1つは空間、おそらく転移系の魔法陣魔法と思われます】




「魔法陣……」


 シリューの脳裏に浮かんだのは、この世界で最初に見た、異世界召喚の魔法陣だった。


「なぁミリアム……魔法陣魔法って知ってるか?」


「魔法陣、ですか……。正確な陣を描くのに時間が掛かるので、今はあんまり使われなくなりましたけど、かなり便利な魔法が有りますよ、例えば……」


 ミリアムは、まるで書いてある答えを探すように、人差し指を立てて空を見上げた。


「転移?」


「えっ?」


 小さく呟いたシリューの言葉に、ミリアムは耳を疑った。


「まさか、転移魔法がここで使われたんですか!?」


 ゆっくりとシリューが頷く。


「……そんな……転移魔法は、3大王家の管理下になっていて、むやみには使えない筈なんです……」


 呟く口元に手をあてて、ミリアムは眉根を寄せる。


「じゃあ、使える者も限られるって事か……。それで、証拠隠滅の為に、転移した後土系の魔法で、魔法陣ごと吹き飛ばしたって訳か……」


「シリューさん……」


 疑問を口にしようとして、ミリアムはぐっと言葉をのみこんだ。


 何故、この状況を見ただけで、そんな事まで分かってしまうのか。先程空を飛んだ時に、風魔法の魔力の発動を感じなかった事といい、子供たちを追跡する時に使った能力といい、最早シリューが同じ人間だとは思えなくなっていた。ただ、だからと言って恐怖を感じている訳ではない。


「3大王家の関係者が、今回の事件に絡んで糸を引いてるのか……?」


 その可能性もある、だが、ミリアムにはもう一つの可能性が浮かんだ。


「……いえ、転移魔法を使えるのは、3大王家だけじゃありません……」


 転移魔法の使い手の全てが、王家の管理下にある訳では無い。


 その管理を逃れ、秘密裡に動く者たち……。


「……魔族、です」



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