【第82話】ミリアムさん、暴走?
東門をくぐり街の外へ出ると、まだ低い位置にある日が、風に揺らめくエラールの森の木々を照らし、艶のある広葉に反射されたその光は、きらきらと宝石のように輝いていた。
「わぁぁ、何か……綺麗ですねぇ……」
その壮大な眺望に、ミリアムは思わず感嘆の声を漏らす。
「そういえば、この時間にこうやって景色を眺めるって、無かったなぁ……」
あのまま龍脈にのみこまれていたら、自分もあの景色の一部になっていたのだろうか……。ふと、そんな思いがシリューの脳裏を過る。一度消滅した筈の自分が、何故、どうやって復活出来たのか、シリューには未だに分からなかった。
「シリューさん?」
魂を捕らわれたかのように見入るシリューに、ミリアムが心配そうな表情を向ける。
「あ、ああ、ごめん。見とれてた」
ミリアムの目には、ただそれだけではないように映ったが、それ以上何も言わなかった。
涼しげに笑うこの少年は、時折こんな哀しそうな、寂しそうな、憂いを秘めた表情を見せる事がある。本人は気付いていないのかもしれないが、そんな顔を目にする度、ミリアムはきゅっと胸が締め付けられるのを感じでいた。
「ほら、行くぞ」
そんなミリアムの心を知ってか知らずか、シリューはさっさと森に向かって歩き出す。
「あんっ、待ってくださぁいっ」
とことこと走り、ミリアムはシリューの隣に並んだ。
街道を逸れ、森の手前に広がる草原に足を踏み入れた頃。
「……シリューさん、あのぅ、いつまでこうやって歩くんですか?」
ミリアムが恐る恐るといった調子で、シリューの顔を覗き込んだ。
「ん、そうだな……もうこの辺でいいか」
シリューは立ち止まって、一旦街の方向を振り向いた。
「よし……ヒスイ」
「はい、です」
空中から姿を現したヒスイが、いつものようにシリューのポケットに収まる。
だが、付近に誰もいない事を確認し一歩踏み込もうとして、重大な見落としをしていた事にシリューは気付いた。
そっとミリアムの顔を見る。
「あの……って、え? え?」
じっと見つめられたミリアムは、どぎまぎして言葉が出ない。
「いや、あの……」
どう説明すればいいか、シリューはすぐには思いつかなかった。
予定では、この辺りから例の洞窟まで、翔駆を使って一気に空を行くはずだった。おそらく20分ほどで着くだろう。
ただし、1人なら。1人なら……。
そう、ミリアムが一緒だという事を、完全に失念していた。
はじめから、2人で行動する予定であったにも関わらず、だ。
「あーミリアム、ちょっと話が……」
ばつの悪い思いに、シリューの目が泳ぐ。
「話? ですか、何でしょう?」
屈託のない笑顔でミリアムは首を傾げた。
「お前、ここに残れ」
「なぁんだ、そんなこと……って、ええええええ!?」
一瞬意味の分からなかったミリアムだが、意味に気付いてそのアーモンドの大きな瞳を、更に大きく見開き絶叫した。
「い、い、い、意味わかりませんっ、何ですかそれっっ、酷いじゃないですかいきなり!!」
「うん、そうなんだけどね……移動の方法が……」
ミリアムは涙目で、あからさまに目を逸らすシリューの腕を掴む。
「絶対いや!! しがみ付いてでも一緒に行きますからね!!!」
「あ……」
その言葉に、シリューは方法を一つ思いついた。
「なあ、ちょっとの間我慢できるか?」
真面目な顔でミリアムに尋ねる。
「……エロい事じゃなければ……あ、でもでも……ちょっとくらいなら……それも……」
ミリアムは腕を組み、頬を染めて身をよじる。
「いや、エロくないから。この流れでおかしいからそれ」
おんぶする、という方法もあった。が、それだとミリアムが振り落されないか心配でもある。
となれば、あとは……。
「え? ひゃう」
シリューはミリアムを、横抱きに持ち上げた。いわゆるお姫様だっこである。
「あ、あのっ、し、シリュー、さんっ?」
突然の事に、ミリアムは状況をのみこめずに、抱かれたまま縮こまるが、決してじたばたと逃れようとはしなかった。
「悪い、嫌だろうけど、ちょっとの間我慢してくれ」
目を合わせる事なく、シリューが言った。
「は、はい、いえ……イヤじゃ……ない、です」
嫌ではないが、何故シリューがこんな事をしたのか、それが分からないし、とにかく恥ずかしい。混乱しながら、ミリアムがそんな事を考えている時、シリューの身体がぐっと沈み込んだ。
「行くぞ、掴まってろよ」
「え?」
踏み込んだ足元の大地が爆ぜ、シリューは一気に上空へと舞い上がった。
「みやあああああああ!」
垂直に飛んだと思った直後、今度は水平に動き出す。
「んっくぅぅ」
凄まじい衝撃にミリアムの頭ががくん、と揺れる。
「ぎゅむむむむむ」
風が猛烈な勢いでミリアムの頬を叩き、息が出来ない。少しでも身をよじれば、風圧で吹き飛ばされそうで、ミリアムは振り落されまいとシリューの首に腕を廻してしがみつき、その肩に顔を埋めるように押し付け目を閉じた。
顔を寄せて必死にしがみつく、ミリアムのピンクの髪が頬を撫でるが、水平移動の調整に集中しているシリューは気に留めず、もちろんそれ以外のものが、いろいろと密着している事にも気づいていなかった。
およそ20分くらいは飛んだだろうか。耳が痛くなるほどの風の唸りが唐突に消えたかと思うと、すうっと体に浮遊感を覚え、ミリアムは恐る恐る目を開く。
「さ、着いたぞ」
「ひ、ひゃい……」
顔を上げたミリアムの頬が、シリューの頬に触れるが、当のミリアムは放心状態で気付いていない。
「ち、ちょっ、ミリアムっ」
頬だけではない、シリューが見下ろすと、押し付けられて形を歪めた、ミリアムのたわわな双丘がすぐそこに迫っていた。服越しにもはっきりとわかる、優しい柔らかさ。
シリューは言葉につまるが、次の瞬間、はっと我に返る。ヒスイが胸のポケットの中だ。
「って、やばいっ、ミリアム離れて!」
ミリアムの足を地面に降ろす。
「え? え? きゃうっ」
完全に密着している自分の姿に気付き、ミリアムは羞恥の声を漏らし、大慌てでシリューから離れた。
「ご、ご、ごめんなさいっっ」
「い、いや、俺はいいんだけど、ってちがうっ、じゃなくっ……」
2人とも顔を真っ赤にして後ずさる。
「ご主人様も、ミリちゃんも、顔が赤いの」
ヒスイが胸のポケットの中から飛出し、首を傾げる。
「ヒスイっ、大丈夫だった?」
「はいっ、ミリちゃんの胸はふかふかだったの、です! ご主人様も、気持ち良かったです?」
ヒスイは両手をひろげ、無邪気に笑った。
「や、そ、それは……そ、その……」
シリューは、胸を覆うように腕を組むミリアムの顔を、何度もちらちらと見ながら様子を窺い、ミリアムは潤んだ瞳でシリューをねめつけた。
「……ホントですか、シリューさん?」
「え……? え?」
なんと答えていいのか分からない、全く想定外の質問だった。というより質問の意味が分からない。いっそ、変態っ、とか、エッチっ、とか叫んで一発ビンタされた方が清々しいくらいだ。
「どうなんですか? 気持ち良かったんですか?」
ミリアムの目がだんだんと座ってきている。
「お、お前、なんかおかしいぞっ」
どう見ても、いつもと様子が違う。
「おかしいのは、シリューさんです。あんな、あんな事をして……女の子の体を、何だと思ってるんですかぁ……」
「ばっ、お前っ、誤解受けるような言い方やめろっっ」
「話をすり替えないで」
ミリアムはどうあっても、答えを聞き出すつもりのようだ。
「……あ、あの……」
「あの、は、いいです」
逃げ場は無い。
「……服の上からなので、よく分かりませんでした」
再び日和った。
その数分後。
混乱からようやく我に返ったミリアムは、木枯らしのような羞恥心に打ち震えた。
「な、な、なんで、あんな事、言っちゃったんだろ、完全に変態ですぅ……」
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