【閑話】勇者覚醒!(後編)

「来ました! サウラープロクス、よ、4体です!!」


「くっ4体もかっ」


 兵士の報告に、防衛団の指揮をとる団長が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 ここは、ソレス王国、カースターの街の手前に張られた、災害級の侵攻を防ぐ最前線。


「ここを抜かれれば、カースターだけでなくこの国自体が終わる! 皆、心してかかれ!!」


 C級に分類されるサウラープロクスは、2足歩行の地竜の一種で、体高5m程だが、その倍はある太く長い尾と、巨大な顎を持ち、口からは高熱の火焔弾を吐く。身体は非常に硬い鱗に覆われ、物理攻撃にも魔法攻撃にも高い防御力を誇る。動き自体はそれ程早くはないが、一撃で岩山を粉砕する尾と、一噛みで鋼鉄を砕く顎は、まさに災害級と言える。


 そのサウラープロクスが4体、進行方向に向かって台形の形をとり向かってくる。


魔法弩弓フレシェット、用意!」


 フレシェットは対災害級の兵器で、巨大な弓と矢で構成される。矢は直径10cm全長4mの金属の柱ともいえる物で、先端内部に爆炎系魔法を封じた魔石が装填され、相手に突き刺さった後爆発を起こす。後端には風魔法の魔石が装備され、発射と同時にブースターの役割を果たし矢を音速近くまで加速させる。


「1番弓、撃てー!!」


 号令とともに発射されたフレシェットが、空気を震わせサウラープロクスの一体に迫る。さしものサウラープロクスも、フレシェットの直撃を受ければただでは済まないだろう。


 だが、命中する直前、光る壁が現れフレシェットが触れた瞬間爆発する。


「なにっ、あれは魔法障壁か!?」


 サウラープロクスに魔法障壁を張る能力は無い。にも拘わらず魔法障壁が張られたという事は、その能力をもった何かが近くに潜んでいるという事だ。


 そしてその通り、台形に広がったサウラープロクスの陣形の中に、1体の魔物が姿を現した。


「まずいぞ……イグゾディアシスか……」


 団長の表情が強張る。


 直径3m程の丸い胴体に4対8本の脚を持ち、巨大なダニを思わせるイグゾディアシス。単体での攻撃力は殆ど無く脅威にならないが、強力な魔法障壁と周りの景色に同化する偽態の能力を持ち、他の魔物と同時に出現した場合非常に厄介な相手となり、その為B級にランクされる防御に特化した魔物だ。


「2番3番弓、及び4番5番弓は手前の2体、6番7番弓、8番9番弓は後ろの2体を! それぞれ時間差で攻撃しろ!!」


 8発のフレシェットが次々射出され、魔物たちを爆炎が包み込む。


「どうだ!!」


 やがて立ち昇る炎と煙が収まり、そこに防衛団が見た物。


「な……に?……」


 全くの無傷で、変わらず歩を進めるサウラープロクスとイグゾディアシス。


 防衛団の中に、絶望の嘆きが広がる。


「団長! もう一度、もう一度フレシェットの一斉攻撃を!!」


 副官が恐怖に引きつった顔で声をあげる。


「駄目だ!! イグゾディアシスを何とかしないとっ、同じ轍を踏む訳にはいかん!!」


「し、しかしっ」


 サウラープロクスの口が大きく開かれる。


「来るぞ! 攻撃に備えろ!!」


 直径1mはある高温の火焔弾が、サウラープロクスから先程のお返しとばかりに次々と吐き出される。魔術師たちによる魔法障壁で最初の数発は防いだものの、全てを止める事は出来なかった。


 防ぎきれなかった数発のうち一発が、指揮をとる団長の目に映った。


 もはや逃れる事は出来ない。


 一瞬で死を覚悟した彼が目にしたもの。


 光に煌く銀の鎧と、蒼天を思わせるマント。


 一閃した剣は迫りくる火焔弾を事もなく斬り払い、死の運命と恐怖を退ける。


 それは……。


「ゆ、勇者……様」


 団長の口から思わず声が漏れる。


「兵を引かせて下さい。後は俺たちが」


 勇者は力強く大地を蹴り、災害と死をもたらす者へと立ち向かった。






 今度は間に合った。


 直斗はそんな思いを秘め、サウラープロクスの群れへと飛び込んでゆく。


 だが、まずは厄介なイグゾディアシスの魔法障壁だ。


「有希!」


「まかせて!」


 直斗に援護された有希の拳が、魔法障壁に触れた。


「いくよっ、バースト!!」


 固有スキル、バースト。敵一体の魔法効果を無効化し、一定時間その能力を封じる。


 イグゾディアシスの張った魔法障壁が霧散し消えた。


「波状する無数の火種よ、霧中へと誘い、早暁に瞬く風となり猛威を振るえ! 爆轟デトネーション!!」

「喰らいなさい! 狼牙ろうが!!」

 無防備をさらしたイグゾディアシスに、ほのかの爆裂の魔法と恵梨香の矢が突き刺さる。


 そして爆発。だが。


「何っ」


「どうしてっ?」


 直斗と有希が目を見張る。消えた筈の魔法障壁が再び現れ、イグゾディアシスを包んでいたのだ。


「うそっ、あいつの能力は封じたはずよ!」


 有希の言葉は嘘では無い。現にイグゾディアシス能力は今も封じられたままなのだ。


「見ろ!」


 直斗が指さした場所、攻撃したイグゾディアシスの右側に、偽態が解けもう一体のイグゾディアシスが出現した。


「もう一体いたのかっ、有希っ」


「無理だよっ、まださっきの奴の効果が切れてない!」


 有希のバーストはどんな敵のどんな効果も無効に出来るが、その効果はあくまで敵一体に限られる。


「それならっ」


 上段に構えた直斗の剣が輝く。狙いは障壁の無いサウラープロクス。


光牙翔曵斬こうがしょうえいざん!!」


 光の軌跡がサウラープロクスを斬り裂く直前、またしても障壁が築かれその斬撃を弾いた。


「くそっ、まだいたのか!」


 次々と姿を現すイグゾディアシス。その数は全部で5体。


 直斗がイグゾディアシスに気を取られている時、サウラープロクスの1体が、その長大な尾を有希へと振り下ろした。


 気付くのに遅れた有希に、避ける時間は無い。


「バーニング!!」


 吹き飛ばされた有希だが、直斗の掛けたバーニングにより防御力が大幅に上がったおかげで、命に係わるような傷を負わずにすんだ。


「有希っ大丈夫かっっ」


 直斗が駆け寄り、有希を抱き起す。


「んっ……ごめん……、腕と、何か肋骨が、折れたみたい……」


「一旦下がるぞっ」


 直斗は有希を抱き抱え、ほのかたちの元へと走る。この場に留まれば狙い撃ちにされてしまう。


「畜生っ、どうすれば……明日見っ」


 僚なら、この状況をどう跳ね返すだろう。


 直斗の脳裏をよぎる。


 魔法障壁を張れば、当然中からの攻撃も出来ない。ヤツらが障壁を解き、攻撃に転じる瞬間がチャンスだ。だが、5体のイグゾディアシスはそれぞれ交互に障壁を張り、無作為に解くのを繰り返しているため、どの個体が攻撃を行うのか予測が出来ない。


 ほのかは防衛団のためにバリアを張り、恵梨香は敵の火焔弾を撃ち落とすのに手一杯になっている。


 パティーユのキャスケードウォールとエマーシュのストーンウォールが、辛うじてほのかたちを守ってはいるが、魔力もそう長くは続かないだろう。


「まるで、あの時と同じだな……」


 直斗はそっと有希を下ろし、呟いた。


 防戦一方だった、ポリポッドマンティスとの初めての戦い。だが、あの時は僚がいた。


「あれこれ考えたって仕方ないな。明日見ならどうするかじゃない、俺がどうするのか、だよな……」


 直斗は立ち上がり、ほのかたちに声を掛ける。


「ほのか、恵梨香、もう少し頑張ってくれ」


「直斗くん?」


「日向さん、なにを……」


 直斗は魔物の群れに向かい、悠然と歩き出す。


「さあ来い、俺が相手だ」


 後ろで有希の叫ぶ声が聞こえたが、直斗はもう振り返らなかった。


 飛んで来る火焔弾を、一つ一つ剣で斬り裂いてゆく。


 握りしめた剣を見つめ、直斗の脳裏に浮かぶもの。


 娘を庇い、その娘ごと刺し貫かれた父親。恋人の盾になり抱き合うように死んでいた男女。そして、目の前で焼かれた母と子。


 この手ですくえなかった命。零れていった命。そして……。


 直斗の中で、怒りでは無い何かが、強く眩い光とともに弾けた。


「俺は……もう零さない!」


 握った剣に一層の力を籠める。


「全部、すくってみせる!!」


 駆けだした直斗の身体から、目の眩むような光が溢れる。それはまるで、地上に降りたもう一つの太陽。


「俺はっっっ、勇者だあああああ!!!」


 構えた剣から、光の帯が伸びる。


「ライトニング・バーストオオオオ!!!!」


 横薙ぎに振るった剣の光は、魔法障壁さえもただの紙屑のように斬り裂き、イグゾディアシスとサウラープロクスの群れを一瞬で焼き尽くした。


 ライトニング・バースト。覚醒した勇者のみが使える光の剣。全魔力と魔力量をつぎ込み、まるでパルサーのように敵を焼き尽くす。


「はあっはあっ……」


 静寂に包まれた戦場で、直斗はゆっくりと振り向き剣を納める。


 全ての魔力量を消費したせいで足元が覚束ない。が、直斗は少しも揺らぐ事は無かった。一歩一歩に神経を集中させ、悠然と、いやそう見えるようにゆっくり歩を進める。


「日向、さん?」


 恵梨香が直斗の傍に寄り、その顔を見つめた。今までと同じはずなのに、何かか違う。


「勇者、様……」


「勇者様っ」


 防衛団の中から1人、また1人と声が聞こえる。


 直斗は振り向かず、右手でつくったサムズアップを真横に突き出しだ。


「うおおおお!!」


「やったあああ!!」


 小さな声は、やがて大きな歓声へと変わった。


「直斗…」


「直斗くん」


「魔力が尽きてもうヘロヘロだよ、馬車で休ませてくれ……」


 伝説は、今、此処から始まる……。




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