第五章 都市レグノス編 暗躍

【閑話】勇者覚醒!(前編)

(今回は、現在の勇者たちのエピソードです。)






 シリューがレグノスの街で、冒険者をはじめた丁度同じ頃。


 直斗たちは、遠く離れたソレス王国へと足を運んでいた。




 エルレイン王国から西に位置するソレス王国は、国名の由来にもなった辺境のソレス地方に建国された、比較的歴史の浅い小さな国だった。領内には多くの湖沼が点在し、その豊富な水源を利用した農産物の輸出が盛んに行われており、小さな国でありながら、人々の暮らしはなかなかに豊かなものであった。


 だが今、その国の人々は危機に瀕していた。


 数週間前に突如として現れた、複数の災害級の魔物に蹂躙を受けていたのだ。


「こうして見ると、魔物に襲われているようには思えないんだけどなぁ……」


 有希が殆ど揺れない馬車の車内で、ソファーに背を預け外を眺めて呟いた。


「ほんとだね……」


 隣でほのかが頷く。


 湿地帯を進む直斗たち一行を乗せた馬車は、魔術具をふんだんに使用し、特殊処理を施されたかなり大型のもので、人だけならゆうに30人は乗り込める。


内部は長旅でも快適に過ごせるよう、ソファーやベッドは勿論キッチンやバスルームまで装備されていた。まるで、アメリカのキャンピングカー。それが初めてこの馬車を目にした時の、直斗たちの感想である。


 因みに、この馬車を引くのは馬ではなく、カスモリスプという体長4m程のオオトカゲで、馬力と耐久力に優れ性質の大人しい魔物だった。今回は地球のトリケラトプスに良く似た、このカスモリスプが2頭立てで馬車を引いていた。


「この辺りはまだ、魔物の襲撃を受けていないようですね」


 有希の向かいに座ったパティーユが、同じように外を眺めて言った。


「ですが、もうそろそろ被害地域に入る頃です。気を引き締めていきましょう」


「さすが、姫様は落ち着いてるなぁ、あたしなんか心臓バクバクに緊張してるのに……」


 有希が眉根をよせ、肩を竦めた。


 僚の事件の後、試練の迷宮を攻略してから半年。数々の経験をこなし実力をつけてきたが、エルレイン王国を出て派遣されるのはこの世界に来て初めての事である。また、錯綜する情報の中で、戦う相手も明確に分からず、数も不明となれば不安も一入だ。


「いえいえ、私も心臓ですよ」


 パティーユは胸に手を添えておどけてみせた。


 近頃はよく笑うようになった……。2人のやり取りを少し離れた席で見ていた直斗は、パティーユの浮かべる笑顔にふとそう思った。


 僚が死んだ直後は、別人のように暗い表情で生気もなく、突然取り乱したり、発作的に過呼吸になったり、見ていて痛々しい程だった。あの短い期間に、僚との間に何があったのか直斗には知る由もないが、恵梨香から無粋な事を尋ねるな、と釘を刺されたという事は、そういう事なのだろう。直斗にはパティーユの傷が早く癒える事を祈るぐらいしか出来なかった。


「でも、まさか姫が同行するって言い出すとは、思いませんでしたけどね」


「本当ですね。わたしも、姫はもっとこう……お淑やかな感じだと……」


 恵梨香は頬に手を添えて、直斗の言葉に同意した。


「そうだよねぇ、インドア派、みたいな」


 ほのかが、ぴんっ、と人差し指を上げる。


「そうですか? 私こう見えても結構ワイルドなんですよ?」


 袖をめくり、パティーユは得意満面な表情で、ぎゅっと力こぶをつくる。


「姫、めっちゃ柔らかそう……」


 有希がぽつりと呟いた。


「ええっ、そんなあ」


 眉をハの字にして嘆くパティーユの反応に、その場の全員が笑った。勿論パティーユ自身も。


 その時、急に馬車が止まり、レスターが前部のドアから駆け込んできた。


「前方の集落から煙が上がっています! 魔物の襲撃かもしれません、皆様ご準備を!」


 直斗が誰よりも早く剣をとり、馬車から飛び出す。有希たちもそれに続いた。


 確かに、進行方向の先には集落の屋根が見え、もうもうと煙が上がっている。


「先行しますっ!!」


「あたしも!」


 直斗と有希が覇力により強化した脚力で踏み出し、大地が爆ぜる。


「体力組はいいよねぇ。こっちも行こうか恵梨香ちゃん」


「はい、お願いします」


 覇力はあっても先行した2人ほど爆発的な強化の出来ない恵梨香と、覇力自体を使えないほのかだったが、ほのかの風魔法『飛翔ソアース』により空を飛び直斗たちを追った。


「な、何だ、これ……」


「ひどい……」


 元は人の営みがあったであろう集落の惨状に、直斗と有希は声を詰まらせた。


 焼け落ちた家々に、無造作に転がる死体。ある者は焼けただれ男女の判別も出来ず、またある者は腹を食い破られ臓物をまき散らし、四肢や頭の無い者もいた。中には、後ろに庇った娘ごと腹を貫かれた父親や、恋人の盾になったであろう男女の姿もあった。


「ま、まだ生きてる人がいるかもしれないっ……」


 直斗がそう言った時、集落の奥から女性の悲鳴が聞こえた。


 有希に振り向く事もせず、直斗は声のした方へ駆ける。たった1人でも救える命があるのなら。


「お願い! 子供はっ、この子だけはっ!!」


 燃える家屋の横を抜けて路地を曲がった先、直斗から100m程離れたところに、子供を抱え蹲る若い母親の姿があった。そしてその背後には、額に長く鋭い角をもつ馬に似た漆黒のモノケロースが、追い詰めた獲物を血祭りにあげんと迫っていた。


 モノケロースの赤い目が光る。


「やめろおおおお!!!」


 モノケロースが何をしようとしているのかを悟った直斗が、自分に注意を向けるため大声で叫ぶ。この距離では攻撃も魔法も届かない。直斗は全力で走った。


 焦る直斗を嘲るように、モノケロースが口を開く。


「くっそっ、こっちだああ!!」


 子供を胸に抱えた母親が顔を上げ、直斗を見つめる。距離があるにも関わらず、彼女の涙に潤んだ縋るような瞳を、直斗ははっきりと認識する事が出来た。


“ たすけて ”


 声は聞こえなかったが、彼女の口がそう動いた。


 次の瞬間。モノケロースの吹いた火炎が親子を包み込む。


「よせっっっ!!」


 目的を果たし満足したモノケロースは、直斗に向き直り地を蹴って突進する。


「くっそおおおおお!!! くたばれこのバケモノがあああ!!!」


 直斗は剣を抜き、僅かに身をずらして野球のフルスイングのように一閃、角を向けて迫るモノケロースを、その角もろとも横薙ぎに切り裂いた。


「直斗っ」


 追いついた有希が直斗に声を掛ける。


 ほのかが水魔法で燃え上がる親子を消火する。


「はやくっ、姫かエマーシュさんをっ!!」


 取り乱したように叫ぶ直斗に、恵梨香が静かに首を振る。


「日向さん、落ち着いて……、残念ですが、もう……」


 直斗は炎の消えた親子を見た。最後の最後まで子供を庇った、母親であったものと縋りつく小さな子供であったもの。ついさっきまで存在していた、目の前で失われた2つの命。


「くそっ、くそっ……」


 直斗は膝をつき、血が滲むほど拳を握りしめて地面に叩きつけた。





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