第66話 激突! シリューVS野盗団

「お、お前は……」


 絞り出すような声にシリューが顔を向ける。そこに立ち尽くしていたのは、見覚えのある男だった。


「ああ、ナディアさんたちを襲ってた奴……名前は……どうでもいいか」


 ザルツは訝し気に辺りを見渡し、シリューの他に誰もいないのを確信してにやりと笑った。


「まさか、1人で乗り込んできやがったのか?」


「ああ。お前たちにとっては、最悪な知らせだろ?」


 何の気負いもなく、シリューが答える。


「頭はよくねえらしいな……ここには20人以上元冒険者や、傭兵だったヤツらがいるんだぜ……」


「それが?」


 ザルツは口笛を吹いた後、大声で号令をかけた。


「野郎ども! 敵だぜ!! 構えろっっ!!!」


 ザルツの号令に、異変に気付いた野盗達が、見張りも含めて全員集まってくる。


「ザルツさんっ、こいつは俺に殺らせてくれ!」


 シリューの背後で、吹き飛ばされたディエゴが立ち上がり大剣を構えた。


「さっきは不意をつかれたが、今度はそうはいかねえっ。死ね小僧!」


 横薙ぎに振るうディエゴの大剣に向け、シリューは振り向きざまに双剣の一振を抜き放つ。


 甲高い金属音と共に、半ばで折れた刃先が宙を舞う。


「な、に……」


 ディエゴは折れた自分の剣を、愕然とした表情で見つめる。


「何でお前だけ立ち上がれたか分かるか?」


 ミリアムの脚を抑えていた2人は、胃の内容物をぶちまけて痙攣しながら気を失ったままだ。


 シリューは答えを待つ事なく、左拳をディエゴの右頬に叩きこむ。


「ぶごっ」


 左に吹き飛んだディエゴに一瞬で追い付き、今度は左頬に裏拳を放ち右へ飛ばす。


「べへっ」


 そして次は右頬。殴る度に折れた歯がディエゴの口から飛び散る。


「ぐばっ」


 決して殺さないように。力を加減しながら、右へ左へと何度も何度も交互に繰り返し殴り飛ばす。ディエゴは既に気を失っていたが、シリューは構わず殴り続ける。


 時間にすればほんの十数秒。ディエゴの前歯が全て無くなったのを見計らって、シリューはようやく手を止めた。


 糸の切れた繰り人形のように、がくりと倒れ込むディエゴに向かい、シリューは、さっきの答えだ、と声を掛ける。


「……お前はな、じっくりと、徹底的にボロボロにしてやりたかったんだよ……ああ、聞こえてないか」


 血の混じった泡を吹き、白目をむいたディエゴの顔にダメ押しの蹴りをいれた。


「何人いるって言ったっけ?」


 シリューはザルツに向き直り、問いかけた。


「……何人いても関係ないけど、そいつらグロムレパードより強いんだろうな?」


「くっ……」


 ザルツはシリューの鋭い眼光に気圧され、無意識に後ずさる。


「まさか、そこで伸びてる髭と同程度なら……蟻の群れと変わらないけど?」


「なめるな! 全員で一気にかかれ!!」


「うおおお!」


「くたばれぇ!」


「ぶっころぉす!!」


 その場にいる、文字通り全員が、一斉に武器を振り上げシリューに襲い掛かってくる。


 だがシリューは剣を鞘に納め、目を閉じて口角を上げた。


 地面が弾け、一瞬でシリューの姿が消える。


「なにっ?」


 シリューを見失った野盗達は、たたらを踏んで視線を巡らせる。


 次の瞬間。


 凄まじい破裂音が響き、5人の男が洞窟の壁へと叩きつけられる。


「な、なんだっ、ぐえっ」


「ごっ」


「おごぉ」


 間髪を置かず、3人が車に撥ねられたように宙を舞う。


「くそ、何処だ、ぐべっ」


「ふざけん、がばっ」


 更に4人が二転三転と地面を転がり動かなくなる。


 ザルツの前にいた3人は、血を吹きながら回転して地面に落ちる。


「な……」


 シリューの動きはザルツには全く見えなかった。


 あの時、ナディアたちを襲った時と殆ど同じ光景が、ザルツの目の前で繰り広げられている。


 違うのは、それが一度では終わらないという事だ。


 なすすべもなく、次々と屠られて数を減らしてゆく野盗達。


 驚愕の目で見ていたのは、ミリアムも同じだった。


「シリュー……さん……」


 強い事はある程度分かってはいたし、想像もしていた。だが、桁が違い過ぎる。


 これはもう戦闘と呼べるものではない。


 シリューの言った通り、蟻の群れを踏みつぶすだけの、ただそれだけのだ。


「じ、冗談じゃねえっ、こんなの相手にできるかっ」


 ザルツは反転し、仲間達に目もくれず洞窟の入り口へ走った。


「ちょっと待ってよ、1人で逃げるつもり!!」


 クロエが驚いた顔で叫ぶ。


「悪いな、後は自分で何とかしな!」


 だが、ザルツの決断は余りに遅過ぎた。


 ほんの一瞬クロエを振り返り、再び入口に向き直ったその僅かな間に、退路は完全に断たれていた。


「逃がす訳、ないだろ?」


 他の全員を屠り、息を切らせることもなく、シリューがそこに立っていたのだ。


「こ、このバケモノがあああ」


 ザルツはがむしゃらに剣を振り回し、シリューに斬りかかる。


「上等だよ」


 シリューは剣を振るうザルツの腕を片手で止め、押し出すような掌底突きを放つ。


「ぐあああっ」


 勢いよく地面を転がるザルツは、クロエをまるでボーリングのピンのように弾いて止まった。


「後は、お前1人……ん? 23人?」


 1人足りない。カミロの話では、残り24人だった筈だ。


「シリューさんっ後ろ!」


 ミリアムの声が響き振り向いたシリューは、音もなく飛んできた黒塗りのナイフを手で掴んだ。


「おいおい、躱さずに掴んだか……」


「お頭っ!」


 男に気付いたクロエが叫ぶ。


「へえ、お前がこいつらのリーダーか……」


 シリューはさほど興味無さそうな気怠い声で尋ねた。


「ああ。俺はランドルフ、これでも結構有名な冒険者だったんだぜ?」


 この世界に疎いシリューは全く反応を示さなかったが、ミリアムは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。


「シリューさん、気を付けてっ。その男、元Cランクの冒険者です!!」


「へぇぇ、そうなんだ。でもまあ、蟻の親玉だから、ちょっとデカいって程度だろ」


 ミリアムの目は真剣そのものだったが、シリューは肩を竦めただけで気に留める様子もない。


「言ってくれるなあ。ま、こいつらを1人で始末する腕がありゃ、言いたくもなるか……」


 ランドルフも、特に気にしている訳ではなさそうだった。


「……ところで、そのナイフな……触れただけでブルートベアでも殺せる毒が塗ってあったんだが……」


 ランドルフは、シリューの顔を確認するように眺めて口角をあげた。


 そろそろ毒が周り、顔が土気色になって苦しみ始める。ランドルフはそう思っていたし、当然そうなる筈だった。なにせシリューは毒の塗られたナイフの刃を、傷は無いとはいえモロに掴んでいるのだ。




【致死性毒をレジストしました】




 いつもの通り、セクレタリーインターフェイスのガイドが表示される。


 随分苦しかったし、息をするのもやっとだったが、なんとか表情に出さずにやり過ごした。


「期待してるとこ悪いんだけどさ、毒、塗り忘れたんじゃないか?」


 シリューはナイフの刃をぺろっ、と舐める。


「にがっ……ああ、ちゃんと塗ってあるみたいだ」


 そう言って、軽く手首を返す要領でシリューの投げたナイフは、空気を唸らせる速度でランドルフに迫った。


「くっ」


 余りの速度に、一瞬対応の遅れたランドルフだったが、素早く剣を抜き放ちナイフを叩き落とす。


 元Cランクというのも伊達ではないようだ。


「……毒が効かねえ、か……じゃあ、こいつらに相手してもらうか。クロエっ伏せてなっ」


 ランドルフは首に下げたオレンジゴールドのオカリナに似た笛、モンストルムフラウトを吹き鳴らした。


 ピュイイイイイン。


 甲高い音色が洞窟に響き渡る。


 神話級のアーティファクト、モンストルムフラウト。意志をこめて吹き鳴らすだけで、D級以下の魔物を自在に操る事が出来る。


“ 目の前の黒髪の男を八つ裂きにしろ ”


 ランドルフの意志を乗せた笛の音を受けて、洞窟の奥から、入口から、所々にある裂けめから、または穴から、次々と魔物達が集まってくる。


 主な構成はフォレストウルフとブルートベアだが、中にはハンタースパイダーやグロムレパードもちらほら見受けられる。


 数はすでに100を超え、200に迫ろうとしている。


「あいつ……数に弱いのか……意外とバカだったんだ……」


 カミロの事だったが、幻惑を掛けられた中で嘘は言えなかった筈だ。


「し、シリューさん……どうしましょう……」


 背に庇ったミリアムが、不安げに声を震わせた。




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