第64話 ヒスイ潜入!
森の中を全速に近いスピードで走りながら、シリューは真剣に悩んでいた。
「邪魔!」
目の前に飛び出してきたフォレストウルフを、土系魔法メタルバレットで瞬時に屠ってゆく。
【メタルバレットが
丘陵地帯に入り野盗達のアジトに近づくにつれ、特に魔物の襲撃の回数も増えてきた。衝撃波と轟音を生むマジックアローでは、敵に気付かれるおそれがあったが、その点メタルバレット
「……ボブ・マンデンだな……」
ただし、当然ながらそれは悩みではない。
「正直に話すか……必要なかったって……」
しかしそれでは、余計に辱めるような気がする。ミリアムはシリューの能力を知っていて、敢えて恥を忍びコレを残したのだ。
よりによって
だからといって “ 役にたった、ありがとう ” は、どうだろう……。
「ありがとうって何だよっ。もお変態だろそれっっっ」
ただ、ちょっと興味はある。あれだけの美少女が、その覚悟をもって置いていったのだ。
シリューは立ち止まり、辺りをきょろきょろと見渡した。
誰もいない。
森の奥深くだから当然といえば当然だった。
「誰もみてないし……少しくらいなら……」
シリューは握り締めたままのソレを、じっと見つめる。そして……。
「ご主人様、どうしたの、です?」
「うわああっ」
見られていた。
ヒスイの事をすっかり忘れていた。
「な、何でも無いんだ、うん。なんかありがとう」
ヒスイは理解出来ずに首を傾げたが、お陰で色んなものが崩壊してしまう前に、なんとか踏み留まる事が出来た。
凄まじい破壊力……。
いっそのこと、見なかった、気付かなかったフリをして、その辺に捨てていくのはどうだろう。
「……誰か知らん奴に拾われたら……なんか嫌だな」
それはそれで複雑な気分になる。
それにミリアムの気持ちを無下にして、捨てたり燃やしたりというのも何となく心苦しい。
毒や電撃の耐性はあっても、コレに対する耐性は持ち合わせていないシリューだった。
「うざい!!」
木の陰から襲ってきた3頭の魔物を早撃で撃ち落とす。もう魔物の種類さえ見ていない。
「だいたい、どうやって返すんだ……」
面と向かって? 洗って返す?
「あり得ないだろ、借りたハンカチじゃないんだぞ……ん?」
閃いた。
シリューはポケットにしまっておいた、ミリアムの白いハンカチを取り出した。
「そうだ、これで……」
そしてパンツを丁寧にたたみ、その白いハンカチで包んだ。
「あくまでもハンカチ、という流れに持っていって、さりげなく渡す。うん、名案だ」
その場しのぎで根本的な解決になっていない事に、シリューは気付いていなかった。
【前方12時の方向に対象の洞窟。距離800m。入り口付近外部に人間の反応2、内部は探査不能】
「見つけた……」
シリューは足を止め、辺り一面に細かく探査を掛ける。
多数の魔物の反応があるが、それが使役されているものなのか、その動きからはよく分からない。
地形的には、現在地は緩やかな斜面で高木が密集しているが、洞窟付近では若干の高低差があり、低木がまばらに点在する程度で、かなり見晴らしが良くなっているようだ。
つまり、攻めるこちらは身を隠す場所が無く、簡単に発見されてしまうという事だ。
シリューは一瞬、翔駆を使って空から確認しようとして思いとどまった。空に上がればこちらの姿を晒す事になり、見つかる可能性を捨てきれない。
「どこか、見通せる場所を探すか……」
幸い、その場所は思いのほか簡単に見つける事が出来た。
洞窟の入り口のほぼ向い、約2Kmの小高い丘の中腹に立つ広葉樹の枝。
「入口っぽいのは見えるけど、遠すぎてよく分からないなぁ……」
【
「うおっ」
いきなり視界いっぱいに洞窟の入り口付近が大写しになり目の前に迫る。魔法の変化と違い、視覚の急な変化は相変わらず心臓に悪い。
だがこれなら、この距離からでもじっくり観察出来る。
探査に反応があった通り、入口の傍に男が2人見張りに立っている。
更に視界を巡らせると、洞窟のある山の中腹部分にもう一つ小さな入り口が見え、そこにも1人見張りがいた。
【内部の探査には、入口付近まで近づく必要があります】
「やっぱり……見えててもこの距離じゃ無理か……」
見えた事で気が焦る。今すぐにでも突入したい衝動にかられるが、状況の分からないまま突入すれば、捕まっているミリアムや子供たちが危険に晒されてしまうおそれがある。
「中の状況が知りたいけど……あそこまで近づくのは……」
「ご主人様、ヒスイに任せてなの」
シリューの心中を察したヒスイが、ぴんと胸を張る。
「え? あ、そうか、姿消しで……」
ヒスイはこくんと頷いて微笑む。
「悪いけど頼むよヒスイ。でも無理しないように、危ないと思ったらすぐ引き返すんだ。それから、どんな能力を持ったヤツがいるか分からない。ミリアムたちにもあんまり近づかないようにね」
連中は多様なアイテムを持っている。もしかすると姿消しを見破る物もあるかもしれない。
「大丈夫なの。中の様子を見て、ミリちゃんの無事を確認したら、すぐ戻るの、です」
「ああ、気を付けて」
「はい、です」
ヒスイは洞窟に向かってとび、すうっと消えた。
見送った傍から、シリューは急に不安を覚えた。
「……大丈夫かな……」
考えてみれば初めて会った時、ヒスイはハンタースパイダーの腹の中から出てきたのだ。好奇心旺盛で臆病だが、何となく注意力が足りない気がしてならない。
結局は心配事が増えただけに思える。ただ他に選択肢は無かった訳だが、この状況で待つだけというのはどうにも落ち着かない。焦る気持ちがより大きくなってゆく。
子供たちは無事か、とか。
ミリアムは怪我していないか、とか。
ヒスイはちゃんと戻って来られるか、とか。
ミリアム、今、履いてないのか、とか。ミリアム今履いてないのか、とか……。
ミリアム……。
「……って違うっ、いや、気になるけどっ。じゃなくてっ、何考えてんだこんな時にっ!!」
余計焦る事になった。そして焦れば焦る程その事が頭を離れなかった。
日が沈み、森は夕闇に包まれてゆく。
ヒスイは見張りに立つ2人の間を抜け、洞窟の入口へ飛び込む。当然、姿を消したヒスイに、男達が気付く事はなかった。
入口の通路は比較的天井も高く、途中すれ違った男達の頭上を余裕で通過できた。
通路を抜けた先の空間はヒスイから見れば、村がすっぽりと入るのではないかと思う程広く思えた。無論実際には、家が十数軒建てられる程だったが。
洞窟のあちらこちらに松明の炎が焚かれ、岩の壁には何か所も魔道具のランプが灯り、中は意外なくらい明るかった。
日が暮れ、丁度食事時なのだろう、石で組まれたかまどに大きな鍋が掛けられ、肉と山菜らしきものがぐつぐつと煮立っている。
高い天井付近にもう1つ小さな入口があり、縄梯子がぶら下がっていた。飛んで来るときに見た、山の中腹にある入口のようだ。
人数は見張りが3人に、通路ですれ違った2人。それに中に18人で合わせて23人。1人女がいるが、その顔には見覚えがあった。
入口を入った左の奥に、襲って奪った宝石や金貨に美術品が積み上げてある。中には大量の血が付着した物も見受けられた。
そして右側の奥に窪みを利用して木材と木箱で囲った区画があり、そこに目的の人たちを見つけた。手を縛られ岩の壁を背にして座るミリアムと、彼女の傍に寄り添う4人の子供たち。
何があるか分からないからあまり近づかないように、とシリューに言われていたのを思い出し、ヒスイはミリアムの傍に飛んで行こうとして思いとどまった。
「ミリちゃん……」
ミリアムは両手を頭上にあげた状態で、壁にロープで繋がれていた。目を閉じているが疲れて眠っているのだろう、胸がゆっくりと上下しているのが分かる。
少しだけ近づいて確認したミリアムの顔は酷く殴られたようで、痛々しく晴れ上がり痣だらけで、乾いた血が所々にこびり付いていた。
「ミリちゃん、かわいそう、なの……」
ヒスイは悲しくなってミリアムをじっと見つめた。
まるでそれに気が付いたようにゆっくりと顔をあげ、ミリアムは首を傾げて中空に視線を泳がせる。
姿消しを使っているため見えない筈だが、ヒスイはミリアムと目が合った気がした。
「ミリちゃん、もう暫くの辛抱なの。すぐご主人様が助けるの」
ヒスイは一気に羽ばたき、天井近くの入り口から外に飛び出した。
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