第60話 繋がる事実

 結局、朝まで監視を続けたにも拘わらず、あの店を誰かが訪れる事はついになかった。


 やはり、既に放棄された後という可能性が高い。


「ちょっと揺さぶりをかけてみるか……」


 シリューは冒険者ギルドのスイングドアを抜け、受付カウンターにレノの姿を探す。


「おはようございます、シリューさん。今日はお一人ですか?」


 レノは昨日と同じ笑顔でそう言ったが、シリューには何の事か分からなかった。


「えっと……どういう事でしょう?」


 ミリアムの事を言っているのだろうか。


「あれ? 昨日の彼女とパーティーを組むんじゃなかったんですか?」


「パーティー?」


 シリューはガイドラインに記載されていた項目を思い浮かべた。


 三名以上で創設出来るクランの他に、一つのクエストに対して、臨時に組織されるのがパーティーだったと記憶している。


 現代の言葉に言い換えれば、クランは登録された一つの会社組織で、パーティーは個人同士、またはクラン同士が一時的に協力関係を築く、ジョイントベンチャー、もしくはコンソーシアムのようなものだろうか。


 ただ、シリューは疑問に思った。


 ミリアムは冒険者ではない。


「あの娘は……神官ですよ?」


「はい。黒の法衣でしたから勇神官モンク、ですよね。でしたら冒険者とパーティーを組むのは珍しくありませんよ? なかにはクランに所属される方もいらっしゃいます」


 パーティーは登録制ではなく、届出だけで審査などはない為、簡単に手続きができるが、本人の認証が必要となる。


「そのうち考えます。それより、支部長に会いたいんですけど……」


 レノの表情から一瞬笑顔が消える。


「今回のクエストの件ですか?」


 シリューは無言で頷く。


「分かりました。少し待って下さい。支部長に確認をとってきますので……」


 そう言ってレノは立ち上がり、奥のドアへ入っていった。


「……考えてみれば……アポなしってまずかったかな……」


 相手はこのギルドの責任者だ。そうそう下っ端の冒険者に会うものだろうか。


 ただ、人となりなはよく分からないにしても、融通の利きそうな男だとは思う。


 いくらも時間を掛けず、レノは入って行ったドアから出てきた。


「シリューさん、こちらへどうぞ」


「え? あ、はい」


 余りの対応の早さに、シリューは本当に了承を取ったのかと訝しんだ。


 レノに続いて三階へ上がり、支部長室のドアをノックする。


「ああ、入ってくれ」


 中からワイアットの声がして、レノが空けたドアを抜ける。


「どうしたルーキー? ああ、レノ。お茶を……」


「いえ、時間が惜しいんでこのままで」


 応接用のソファーに移動しようとしたワイアットを、シリューは手で制した。


「そんなに急ぎか……。何があった?」


「誘拐犯のアジトを見つけました。ただ、既に放棄された可能性が高くて、昨夜から出入りがありません」


「……アジトだって?」


 シリューは軽く頷いて続けた。


「誘拐された子供は、四人共同じ手口で連れ去られています。それと、四人全員が魔法使いになれるくらいの魔力をもっていました」


 ワイアットとレノが顔を見合わせて息をのむ。


「……ちょっと待った……お前さんがクエストを受けたのは、昨日の夕方だったと聞いたが?」


 通常、一介の駆け出し冒険者の動向など、支部の責任者たる支部長がいちいち把握しているものではないが、シリューに関してワイアットは、逐一報告するようレノに指示していた。


 ナディアの紹介状や、買い取った素材の事もあるが、一番の理由は面白そうだから、だった。


 そして今回、どうやらワイアットの思惑通り、何か起こしてくれそうな気配が漂っている。


「そうですね、昨日の夕方です」


 質問の意図がよく分からず、シリューはただそう答えた。


「なあ、どうやってそれだけの情報を仕入れたんだ? まだどれほどの時間もたってないぞ……」


 確かに、言われてみれば何の物的証拠もない状況で、捜索開始早々犯人のアジトの一つを見つけるなど、普通考えられない事だろう。


「秘密です」


 シリューはきっぱりと言った。能力について今のところ説明するつもりは無かった。


「……そ、そうか……。いや、まあそうだな。情報源は普通明かせないからな……」


「それでお願いなんですが、そのアジトを官憲に頼んで派手に捜索して欲しいんです」


 ワイアットは眉根を寄せ首を傾げた。


「既に放棄されたアジトを、か?」


「放棄された可能性のある、です」


 言外の意味を匂わすシリューの言葉に、ワイアットは何かあると感づいた。


「……まあ、何か証拠でも出てくるかもしれないが……それ以外に、狙いがあるな?」


 シリューは、思ったよりも察しのよい反応に口角を上げた。


「はい。犯人たちに揺さぶりを掛けようと思います……官憲の手が自分たちの足元におよんでると知れば、ヤツらも何かしら動く筈ですから」


 ワイアットはニヤリと笑った。


「面白いじゃないか……分かったそっちは任せとけ。今日中に何とかする」


「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで」


 部屋から早々に立ち去ろうとするシリューを、ワイアットが呼び止める。


「ああ、ちょっと待った。……レノ悪いがちょっと外してくれ」


 レノはお辞儀をして部屋から出ていった。


「……どうしたんですか?」


 レノの姿を見送っていたシリューが、ワイアットに向き直る。


「ああ、これは極秘事項なんだが……」


 ワイアットはテーブルの上のヒュミドールから葉巻を取り出し、吸い口をシガーカッターでフラットカットする。


 その葉巻を、どうだ? とシリューに向けたが、シリューは首を振った。


「……二か月前、この街の神殿から聖神官(プリースト)が一人、失踪した。ギルドは極秘に神殿から捜索依頼を受けたんだが……恥ずかしい話全く何の情報も掴めてない」


「それが……今回の誘拐と関係がある、と?」


「分からん。分からんが、お前さんの言った、魔力が高いってのが気になる。……いなくなった神官も相当に魔力が高かったそうだ……」


 シリューは天井を仰ぎ、そして納得したように何度も頷いた。


「でも何で俺に? 極秘でしょ?」


 レノを退出させた事から、一部の関係者にしか知らされていないのが分かる。


「……お前さんなら、何か掴んでくれるかもってな。まあ、俺の独り言と思って、聞かなかった事にしてくれるとありがたい」


 シリューは笑って大きく頷いた。


「ありがとうございます。じゃあ頼んだ件、よろしくお願いします」


「ああ」


 支部長室を出て一階へ戻ると、レノがカウンターでにこやかにお辞儀をした。


「そう言えば、レノさん。子供のお菓子にアシュセングを入れるのって、普通なんですか?」


 リラックス効果のあるアシュセング自体は珍しい物ではない。レノは頬に指を添え少し考える。


「……そうですね、一般的ではないんですけど……癇癪持ちの子供を落ち着かせる時なんか、食べさせるといいって聞きますね」


「そうですか……」


「あ、でも、あんまり食べさせ過ぎると良くないです」


 レノは思い出したように言った。


「食べ過ぎるとどうなるんです?」


「集中力がなくなってボーっとしたり、ふらふら歩き回ったり」


 まるで、冬に流行する病気の治療薬のようだ。


「……それに、これは人族の方はあまり知らないんですけど……暗示に掛かりやすくなったりしますね」


「……暗示……?」


 シリューの頭の中で何かが閃いた。


「そうか! ありがとうございます」


「え? シリューさん?」


 シリューは急ぎ冒険者ギルドを出て、街を走る。


 もう、間違いない。


 犯人は、子供に暗示を掛けて誘い出した。


 その為のアシュセングだ。


 ならば、どうやって魔力の高い子供を見出したのか。


「……あの時……」


 シリューは昨日の出来事を思い返した。


〝冒険者のシリューさん〟


 確かにそう言った。


 だが、以前会った時、ミリアムはシリューの名前を口にしたが、冒険者とは言っていない。


 それに……。


 魔法使いに見えないとも言った。


「強そうに見えた? はっ、すっかり騙されてたっ」


 そう、強そうに見えた訳ではない。魔力が見えなかったのだ。


 つまり、魔力を認識出来る能力を持った、ごく少数の一人だった訳だ。


 そしてシリューは、ある事を確認する為、商人ギルドへ駆け込む。


 そこで知りたかった情報は一つ。クロエがこの街にやって来た時期。


 それは半年前。


 やはり、この街の住民ではなかった。街から街へと移動を繰り返す行商人。


 だが、それは表向きのカバーで、正体はおそらく……。


「逃がさないぞっ! クロエ!!」


 商人ギルドによると、クロエは今朝早く、転出の届を提出してきたそうだ。


 後手に回っている感は否めないが、先ずは、ミリアムと合流した方がいいだろう。


 そこで、シリューはもう一つの事に思い至った。


「……まさか……」


 失踪した神官。魔力の高い子供。そして……。


「……天才的な……」


 シリューは登録したミリアムの魔力を確認する。



 固有名 ミリアム

 称号 勇神官(モンク)

 年齢 18歳

 魔力 142

 魔力量 760


 スキル 魔力検知


 魔法:聖、水、空間

 属性攻撃:水

 蹴術、槌術

 身体能力補正

アビリティ:魔力、覇力



 やはり、破格の魔力だ。


「まさか……まさかっ! 奴らの狙いはっ」


 探査の結果、セクレタリーインターフェイスの答が無情に響く。



【登録された対象、ミリアムを検知出来ません】

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