第59話 危機

【匂いと魔力を検知しました。人間と特定します。年齢を5~8歳、性別を女、魔力32~39と推定します。この人間をサリーと設定しますか? YES/NO】



 シリューは早速サリーの持ち物を解析した。


「YESだ……」


 ダドリー、ハンナに続いて、この子も同じくらい魔力が高い。


 ただの偶然か、それとも……。


「三日前にいなくなったという事でしたけど、何時くらいか分かりますか?」


「いえ、それが……朝子供たちの部屋へ行ったら、あの子だけ……いなくて……ううっ」


 メリルはその時の事を思い出したのだろう、言葉を詰まらせ声を押し殺して泣いた。


「すいません……。サリーちゃんの他にもお子さんが?」


「はい。姉で8歳のポーラと二人姉妹です」


 メリルの肩を抱き、フリッツが答えた。


 シリューはすかさず探査を掛ける。


 奥の部屋に一人、確かに子供がいる。


 この距離なら、解析の有効範囲だ。


「……なるほど……同じ部屋で寝ていたポーラちゃんは無事だったんですね」


 解析の結果ポーラの魔力は8。ごく平均的なものだった。


「因みに、この近くでもう一人行方不明の子がいるんですが、ご存知ですか?」


「ええ、ケインでしょう。父親のバーツとは付き合いも長いんでよく知ってます。……クロエさんが、知り合いの商人仲間に頼んで、二人の情報を集めてくれているんですが……」


 フリッツは目を伏せ首を振った。


 つまり何の情報も得られていないという事だろう。


 商人たちの情報網をもってしても、何も引っかかってこないという事は、素人のシリューではかなり厳しい捜索になりそうだ。


 だが、共通点も見えて来た。


 その為にも、もう一人の被害者、ケインを調べる必要がある。


「ありがとうございました。ぶしつけな質問をしてすいませんでした」


 シリューは椅子から立ち上がった。


「俺はこれで失礼します」


「お、お願いしますっ! どうか、どうか娘を!! サリーを助けて下さい!!!」


 フリッツはシリューの目も気にせず、大粒の涙をぽろぽろと零し懇願した。


 年下の、人生経験も遥かに及ばないであろうシリューを相手に。


 入口のドアノブに手をかけ、シリューはそっと振り返った。


 子供を親から引き離す輩は容赦しない。


 たとえ地の果てまでも追い詰めて、その報いを受けさせる。


 子供が売られているなら、買った相手が誰であろうと叩き伏せて取り戻す。


「ええ。お子さんは俺がきっと見つけます。待っていて下さい」


 シリューはそう微笑んで、フリッツの家をあとにした。






「どうやら、例のガキが嗅ぎ回ってるようだよ」


 裏路地の奥。


 明かりが漏れないよう、しっかりと雨戸の閉じられた家の一室で、金髪でやせ型の、いかにも人のよさそうな男が言った。


「例のガキ?」


「ほら、猫のお尻を追い掛けてるガキよ」


 髭面でがっしりとした体躯の男の問いに、女が答える。


「始末するか?」


 髭面の男はグラスの酒をあおり、ニヤリと笑った。


「待ちなよ、今は不味い。幾らルーキーだからって、妙な死に方をすればギルドも黙ってないだろ?」


「ならどうする? いずれ足がつくかもしれねえぞ」


 二人のやり取りを聞いて、女がぽつりと呟く。


「そろそろ、仕上げに掛かりましょうか……」


「……そうだね……ここに来てもう半年だ。そろそろ冒険者の真似事も飽きてきたよ」


 金髪の男が肩を竦め両手を挙げた。


「あら、あんたは冒険者でしょう」


 女が笑った。


「表向きはね……」


「無駄話はいい。で、いつにする?」


 髭の男は、少し苛ついた表情を浮かべた。


「……早い方がいいわ。そうね。明日、朝のうちに終わらせましょう。そしてこの街からさよならよ」


 女がひらひらと手を振り、二人の男が頷く。


 薄暗い部屋に、オイルランプの明かりが揺らめいた。






 その夜。


 シリューは一人、宿の部屋で今日知り得た情報を整理していた。


 勿論、探査アクティブモードによって、ダドリーたちの消えたあの店を、常に監視しているのは言うまでもない。


 ただし、真夜中を過ぎた今の時間まで、店に誰かが立ち寄る様子はなかった。


 考えられるのは、あの店は複数あるアジトの一つで、既に放棄されている可能性だ。


 だが、仮にそうだとしても、はっきりと痕跡の残るただ一つの証拠である事に変わりはない。


 僅かな望みであっても、今はそれに縋り監視を続ける必要がある。


「推定魔力38~45……」


 フリッツの家をあとにしたその足で、シリューはもう一人の行方不明者、ケインの家を訪ねた。


 ケインは5歳の男の子で、三人兄弟の末っ子。サリーと同じく、子供部屋で兄弟と寝ていて一人だけいなくなってしまった。


 そして、予想通り高い魔力を持っていた。


 ここまでくれば、もう単なる偶然ではあり得ない。


 誰かが、何らかの目的をもって魔力の高い子供を誘拐している。


 ただし、分かっているのはそれだけ。


 二人とも、時間が経過しすぎていた為、チェイサーモードでの追跡は出来なかった。


「……問題は……」


 シリューは空になったティーカップに、ポットから紅茶を注いだ。


 これが珈琲だったらな、と思ったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


 羽ペンを手に、一つ一つ分かった事、解かねばならない事を書き連ねてゆく。


 誘拐の手口は四人とも同じ。夜中に自分から起き出し、外へ出ている。だが、何故そんな行動をとったのか、或いはとらせたのか、どちらにせよその方法は不明。


 子供たちは全員高い魔力の保有者だった。そして犯人は何らかの方法でそれを判別し、魔力の高い子だけを選び連れ去った。


 犯人は複数で、その手際の良さから素人ではない。


「……大した事は分かってないんだよなぁ……」


 シリューは預かってきた子供たちの持ち物に目を向ける。


 肌着に枕のカバー、玩具にハンナの食べたお菓子の残り。


「ってか、お菓子の残りなんか持ってくる必要あったかなぁ……」


 解析にかけてみたが、使われているのは小麦粉、砂糖にバターと、香りづけのためかハーブの一種アシュセングが少量。


 アシュセングはリラックス効果のあるハーブということだったが、シリューにクッキーのレシピなど分かる筈もなく、また大して役に立つ情報でもない気がした。


「明日レノさんにでも聞いてみるか……うっ」


 そこで急に片頭痛に似た痛みと、車酔いのような症状が襲ってきて気分が悪くなった。


 並列思考によって、考え事と探査を長時間行ったのが原因のようだ。


「やば、吐き気がしてきた……」


 シリューはベッドに横になる。


 犯人たちの動向を掴む為、探査を中止する訳にはいかない。


「とりあえず、明日いろいろ確認しよう……」


 考えるのを止め、目を閉じて並列思考を切り、シリューは店の監視にだけ集中した。






「じゃあ、行ってきます」


 ミリアムは、玄関先で掃除をしているハリエットに声を掛けた。


 孤児院専任のハリエットやオスヴィンと違い、ミリアムは神殿勤務との兼任であるため、毎朝神殿へと赴き、上司に報告する義務があった。


 それは勿論、ミリアムが極秘の任務を帯びているためだが、そのことをオスヴィンたちは知らない。


「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 ハリエットは手を休め念を押すように言った。


「はいっ」

 昨日一日、ずっと涙を浮かべ不安げな表情だったミリアムが、今はいつもの明るい笑顔で元気に答え、トコトコと駆けて行った。


「あらまあ。よっぽど嬉しかったのねぇ……」


 ミリアムの背中を見送り、ハリエットは笑顔で呟いた。


 出来るだけ早く報告を済ませシリューと合流しようと、ミリアムは神殿までの道を、スカートを翻しながら駆け抜ける。


 幾つか目の路地を曲がったその時だった。


「神官さんっ」


 一人の男がミリアムを呼び止めた。


「ああ、丁度良かったっ。カミさんがっ、カミさんがっ……」


 男は酷く狼狽えた様子で路地の奥を指さす。


「落ち着いてっ。どうしたんですか?」


「カミさんが……馬車から落ちて、動かないんだっ。神官さん頼む、助けてくれっ」


 男の指さす方を見ると、陰になった路地の奥に馬車が止めてあり、その傍らに、確かに女性が横たわっていた。


 落ちた時に頭でも打ったのだろうか、女性はぴくりとも動かない。


「わかりました、すぐ治癒魔法を掛けますっ」


 ミリアムは倒れた女性に駆け寄り、その肩にそっと手を手を置く。


 頭を打って意識を失っているとすれば、一刻の猶予もない。


「生命の輝きよ、かの……」


 ぱしゃん。


 気を失っている筈の女が不意に振り向き、小瓶に入った液体をミリアムの胸にかけた。


「え?」


 全身が痺れて、急激に手足の感覚が失われてゆく。


「な……に……」


 口を上手く閉じられず、声を出すこともままならない。


「どお? ハンタースパイダーの毒を使った、痺れ薬よ。よく効くでしょう?」


 立ち上がった女を見上げ、ミリアムは目を見開く。


「あらあら、赤ん坊にみたいに涎まで垂らしちゃって。みっともないわねぇ」


「……あ、な……た、は……?」


「安心して? 死にはしないから。ただ少しの間眠ってもらうだけよ……」


 ミリアムは苦しむような素振りでポケットに手を忍ばせる。


「ま、さ……か……かはっ」


 そして、倒れ込む瞬間、女と後ろの男との死角になるよう、最後の気力を振り絞り、小さく丸めたハンカチを投げた。


〝後は……きっと、あの人が……〟


 そして、意識を失った。

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