第58話 手掛かり
「しばらくは、皆で泊まり込みです」
孤児院の門の前で、ミリアムは振り返った。
孤児院では、今回の事件で子供たちに不安が広がっており、ミリアムたち職員全員が大事をとって警戒に当たる事になったらしい。
「何か分かったら連絡する。くれぐれも勝手に動かないようにな」
「はい。……あのシリューさん……」
「ん?」
「私にできる事があったら言ってくださいっ。私っ、何でもしますからっ」
ミリアムはそう言って、拳を胸に当てた。
その表情と態度には、本当に何でもしそうな勢いが溢れていて、シリューは少しだけ怖くなった。
「ああ、その時は頼む。でも、何でも、じゃないぞ」
「はい。じゃあ、私はこれで」
ちょこん、と頭を下げて歩き去るミリアムの後ろ姿に向かい、シリューは迷いながらも解析を使った。
【解析を実行しますか? YES/NO】
「YESだ。ただしステータス表示は必要ない。登録だけしてくれ」
別に、服が透けて見えるとか、そういう訳ではなかったが、何となく覗き見をしているようで、今まで人に解析を使った事はなかった。
今回の捜索は、ミリアムと一緒に行動する事も増える。
探査目標として登録しておけば、ミリアムがたとえ道に迷ったとしても、簡単に見つけ出す事が出来る。
「別に……覗きじゃないし……」
自分自身にそう言い聞かせながらも、ついついミリアムの黒い法衣の中を想像してしまったのは、健全な男子高校生としては仕方のない事だろう。
【解析が終了しました。固有名ミリアム。人間。女性。この人物を探査目標として登録しますか? YES/NO】
「YESだ、とりあえず今は登録だけでいい」
それからシリューは、1人目の依頼主の家へ向かった。
住所はここからそう遠くなかった筈だ。
歩きながら依頼書を取り出し、詳細を確かめる。
『行方不明者:サリー 6歳 女 』
『父 フリッツ、母 メリル』
宿の女将、ロランの知り合いの娘で、いなくなったのは3日前。
シリューはもう1枚の依頼書にも目を通す。
やはりこちらも、同じ日に行方不明になっている。
いなくなった時間は書かれていなかったが、シリューは同じ犯人、同じ手口だと予測していた。
根拠としては弱いが、ロランの言葉に出てきた、『ここ2年ほどそんな事件は無かった』がシリューの頭に引っかかっていた。
「ん?」
サリーの家の近くの路地で、向こうから歩いて来る女性と目が合った。
「あら、こんばんは。たしか……冒険者のシリューさん……でしたかしら?」
「あ、えっと……」
顔は覚えているのだが、名前が浮かんでこない。
シリューは人の名前を覚えるのが苦手だった。
「商人のクロエです。孤児院でお会いしましたね」
クロエはにっこり笑って会釈をした。
「あ、あの、この間はすいませんでした。何て言うか、その……」
「いいえ、どうかお気になさらずに。ぶしつけな質問をした私が悪いんですから」
そう言って首を振ったクロエの髪が揺れ、香水だろうか、微かな花の香りが漂う。
「クロエさん、仕事ですか?」
「ええ、お得意様に寄ってこれから帰るところです」
「気を付けてくださいね。人攫いが出没してるようですから」
クロエは一瞬きょとんとした後、口元に手を添えて笑った。
「シリューさん? 人攫いかどうかは分かりませんが、いなくなっているのは子供だけでしょう? 私のようなおばさんは……」
どう見ても20代の半ば、おばさんという歳ではない。
「いえ、おばさんなんて……クロエさんみたいな美人さんは、用心しないと……」
「まあ、お上手ですね。でも……そういう事はミリアムさんに言ってあげないと……」
クロエは少し顔を逸らし、シリューに聞こえるか聞こえないか微妙な声で囁いた。
「え? なんです?」
「いえ、なんでも。ところで、シリューさん? 武器をお持ちではないようですけど、シリューさんは武闘家さんなのですか?」
クロエは唐突に話題を変えた。これ以上は踏み込むとこの間の二の舞になってしまいそうだと判断したのだ。
「いえ、そういうわけでは……。剣も使いますけど、基本魔法使いです」
シリューは街中では帯剣していない。
歩くのに結構邪魔になるし、街中で剣を使うような争いごとは禁止されている。
通常はガイアストレージに収納し、街の外へ出る時だけ装備していた。
「え? 魔法使い……ですか? でも……そんな……本当に?」
クロエは驚いたように目を見開いている。
「あれ? 見えませんか?」
「ああ、ごめんなさいっ。もっとこう強そうに見えたのでっ。その、魔物を素手で屠っているようなイメージが目に浮かんで……」
確かに。
龍脈から復活してから、魔法と素手でしか闘っていない。
「まあ、間違ってはいませんけど……」
2人は何となく顔を見合わせて笑った。
「あら、お引止めしてすみません。何か途中だったのでは?」
「ええ、これから依頼人のところへ行くところだったんです」
シリューはこれから向かう方を指さした。
「そうですか、それでは私はこれで」
クロエが丁寧に腰を折り、お辞儀をする。その立ち振る舞いはさすが商人といった感じで同に入っていた。
「気を付けて帰ってくださいね」
最後にこくりと頭を下げて、クロエはシリューと反対の方向へ歩いていった。
「さて……」
ここからはもう何軒か先の筈だ。
シリューはそれからすぐ、目的の家を見つけ、ドアをノックする。
窓から明かりが漏れてはいるが、中から人の声は聞こえてこない。
静かにドアが開き、痩せて背の高い男が憔悴しきった顔を覗かせた。
「はい、誰ですか?」
シリューは依頼書を出して、男の目の前に広げて見せる。
「冒険者のシリューと言います。依頼を受けて来ました。少し確認したい事があって……」
冒険者と聞いて男の顔色がさっと変わる。
「おいメリル! 冒険者だっ。依頼を受けてくれたぞ!!」
「ほ、ホントなの? ああっ」
男が中に向かって叫ぶと、女性の掠れた声が返ってきた。
「とにかく、中に入ってくれっ。ああ、本当にありがたい」
通されたのはこの家の食卓だった。
古く狭い所だが、埃一つ無く清潔に保たれている。
「あの……随分お若いんですね……」
メリルは不安そうな表情を浮かべた。
「メリルっ、失礼じゃないか! せっかく依頼を受けてくれたんだぞ。はやくお茶くらい出しなさい」
この男がサリーの父親のフリッツだろう。
「いえ、お構いなく。それに奥さんの不安も分かります、確かに俺は若造ですから」
シリューは2人の顔を交互に見て、いつものように涼し気な笑みを浮かべた。
「でも、俺は討伐系より行方不明者の捜索が得意なんです。娘さんはきっと見つけます」
正確には行方不明猫だが、こういう時はハッタリも必要だ。
「ん?」
部屋を見渡したシリューは、ある事に気付いた。
微かな花の香……。
「あの、クロエさん、ここに来ました?」
「ええ、ついさっき。彼女と知り合いなんですか?」
答えたのはメリルだった。
「まあ、顔見知りって程度ですけど。クロエさんはなんでここに?」
「行商の人なんですけど、石鹸とか薬草とか、お店で買うより安く譲ってくれるんです。それに……」
メリルはそこで言葉に詰まり、フリッツが後を続ける。
「色々と娘の……サリーの事を気にかけてくれて……サリーがいなくなってからも、時間作っては探し回ってくれて……」
「娘におやつの差し入れを持ってきてくれたり、随分可愛がってくれて……自分はご主人と娘さんを亡くされたって……」
メリルは瞳に溢れた涙を指で拭った。
「ええ、孤児院で聞きました」
おそらくクロエは、亡くした自分の子供と重ねているのだろう。
「……それで、確認したい事というのは……?」
誤解を受けないようにどう説明するか……。
「俺には、獣人よりも遥かに優れた嗅覚と、臭気をたどる事が出来る能力があります。何でもいい、お子さんが直接身に着けた物、使った物を見せて下さい」
下手をすると変態ロリコンと受けとられかねない。
だが、幸い正確に意図が伝わったようだ。
メリルとフリッツは、少し待っててくれ、と言うと、奥の部屋に行き、サリーの肌着や枕、お気に入りのおもちゃをありったけ持って戻って来た。
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