第53話 できる事、できない事

 そのあと、孤児院まで2人で歩く道すがら、シリューは迷わないコツをミリアムに教えていた。


「店は看板だけを見るんじゃなくて、全体と、どの位置にあるかを頭にいれるんだ」


「はいっ、なるほどぉ」


 終始この調子だったが、理解したのかどうかは怪しい。


 言ってるそばから、逆に曲がろうとする事が一度や二度ではなかったのだ。


「あ、凄いです。スムーズに孤児院まで辿り着きました」


 ミリアムはまるで自分のお手柄とばかりに胸を張るが、全くのところ貢献していない。


「言っとくけど、お前の言うとおりに進んだら、今日中に着いてないから」


「は、はい……ごめんなさい……」


 シリューに呆れたような目を向けられ、ミリアムはしゅんと首を竦める。


「あら、ミリアムさん、こんにちは」


 2人が孤児院の門を開けようと近づいた時、建物の中から1人の女性が出てきた。


 年齢は20代半ばだろうか、身長はミリアムより低くブラウンの髪。


 手には空っぽの籠を抱えている。


「あ、クロエさん、こんにちは。今日はお仕事ですか?」


 気軽に挨拶をしたところを見ると、2人は知り合いのようだった。


「ええ。頼まれていたお薬と薬草。それに、子供たちに焼き菓子の差し入れを」


 クロエは一度孤児院を振り向いて頷いた。


「いつもありがとうございます。子供たち、喜びますっ」


「あら、そちらの男性は……もしかしてミリアムさんの恋人?」


「違います!!」


 ミリアムとシリューの声が被る。


 こういう時に息はばっちりだ。


 だが、余りの勢いにクロエは気圧されてしまった。


「そ、そんなに激しく否定しなくても……」


 今度はシリューが口を開く。


「いえ、こんなのと同類と思われると心外なので」


「シリューさん……何気に酷いです……」


 そんなやりとりを見て、クロエはくすりと笑った。


「仲がいいんですね」


 以外な意見にシリューは首を捻る。


「なんでそう思うんです?」


 どう考えても、仲がいいようには見えないはずだ。


「お2人を見ていれば、誰でもわかると思いますよ」


 クロエは見守るように目を細め、ゆっくりと頷いた。


「あなたの目は節穴です」


 きっぱりと言い切った。初対面の相手に。


「うわぁぁ、シリューさん。めっちゃ失礼ですぅ」


 言われたクロエも目を丸くして固まっている。


「あ、どうもすいませんでした。でも、こいつと一緒くたにされるのは、どうしても我慢なりません」


 シリューはいつもよりも更に涼しげに笑い、穏やかな声で言った。


「シリューさん……こわいです……クロエさん、怯えてます」


「あ、あ、いえ、私も不用意な事を言ってしまって……それじゃあ、ミリアムさん。私はこれで」


 クロエは、そそくさと門を出て、足早に去って行った。


「今の人は? バザーの時は見かけなかったけど……」


 クロエの後ろ姿を目で追い、シリューが尋ねた。


「商人のクロエさんです。日用品とか薬を納めてもらってるんですけど、来るたびに子供たちに手造りのお菓子を差し入れてくれるんです」


「そんなに子供が好きなんだ……」


「何年か前に、ご主人とお子さんに先立たれたって聞きました」


「そうか……優しそうな人なのに……」


 シリューの表情が陰る。そういう話には、あまり耐性がなかった。


「その優しい人を、誰かさんは威圧しましたね……」


「うん。なんかごめん。今度会ったらちゃんと謝る……」


「はい。そうしてあげて下さい」


 しばらく無言のまま立ち尽くす2人。


 どことなく気まずい空気が漂う。


「シリューさん……この後は、お仕事ですか?」


 先に口を開いたのはミリアムだった。


「あ、ああ、そうだった。迷い猫の捜索依頼を2件受けてたんだ」


「え? 迷い猫の捜索……ですか? シリューさんなら、討伐系のクエストでもっと簡単に稼ぐ事ができるんじゃ……」


 ミリアムは不思議そうな顔で呟いた。


「面倒くさい。草原とかはまだいいけど、森はちょっと……。おれは都会派なんだよ」


 笑って答えるシリューに、ミリアムも確かに、と同意する。


 都会派な冒険者ってどうなんだろう? と思わなくもないが、ミリアム自身も森はあまり好きではなかったので、それ以上追及はしなかった。


 “ 森には、でっかい変な虫がいっぱいいるし ”


「でも2件って……何日も掛かるんじゃないんですか?」


「いや、まあ今日中には何とかなると思う」


「そんなに簡単に見つかるとは思えないんですけど……コツとかあるんですか?」


 ミリアムが疑問に思うのも尤もな話だった。ただ闇雲に探したところで、狭い所に入り込んだり、高い所に登ったりと、立体的に移動出来る猫をそうそう見つけられるわけはない。


「コツって言うか、猫の習性とかテリトリーとか、まあ、一番は匂いかな」


「匂い……ですか?」


「ああ。ま、特殊技能みたいなものかな? 特に嗅覚が鋭いって訳じゃないんだけど、匂いを解析して、痕跡を辿る事ができるんだよ」


 魔力痕の方は伏せておくことにした。


「……匂い……っ」


 ミリアムは急に顔を赤くして、あたふたとシリューに背を向ける。


 その仕草の意味を察したしシリューは、慌ててフォローする。


「いや、だからっ、獣人みたいに嗅覚が発達してるわけじゃないってっ。ただ匂いの成分を分析できる能力なんだよ。だからそのっ……気にしなくても大丈夫だって」


「……でも私、朝から歩き通しだから……汗くさいかも……」


 完全に失敗だった。魔力痕の方を話すべきだったと思ったが後の祭りだ。


「そ、そんな事はないけど……石鹸のいい香りしかしないし……」


 ミリアムは赤い顔のままそっと振り向いた。


「ほ、ホントに……?」


「あ、ああっ、ホントっ、多分……」


 気まずさは、先程の比ではない。


「じゃあ俺、帰るわ……依頼もあるし」


「あ、はい。ありがとうございました。……あのシリューさんっ」


 ミリアムが思い出したように、シリューを呼び止める。


「気が向いたら、また子供たちと遊んであげて下さい。あの子たち、シリューさんの事待ってますよ」


 シリューは振り返り、軽く手を振った。


「ま、気が向いたら、な」






「シリューさん、お疲れ様です」


 その日の夕方。


 ミリアムと別れた後、昼食もとらずに2件の猫探しを無事に終わらせ、シリューは冒険者ギルドに報告に立ち寄った。


「それにしても……1日に2件の猫探しを成功させるなんて、さすがキャット・チェイサーですね」


 レノの口から、何か不穏な呼び名が出てきた。


「キャット・チェイサー?」


 シリューは眉根を寄せて聞き返す。


「はい、評判ですよ。迷った猫は必ず見つけ出す、猫探しのプロフェッショナル。口コミで噂が広がったらしくて、ここのところ依頼が増えてるんです」


 レノは屈託なく笑う。


 そこには嫌味など全くなく、純粋に喜んでいるようだ。


「それにしても、キャット・チェイサーって……」


 地味にかっこ悪い。


 だが、いなくなった猫を連れて帰った時の飼い主の笑顔は、地味な仕事ながら達成感を与えてくれる。


「ま、いいか。実際猫探しばっかりしてるし」


「はい、依頼主もとても喜んでくれています。だから自信を持って下さい。支部長の事は無視されて大丈夫ですよ」


「確かに、あの人なら『地味だな』とか『なんか派手にやらかせ』とか言いそうですね」


 もう何度か言われていたが、そのたびにさっさと話しを切り上げていた。


「はい。だから無視で」


 シリューとレノは顔を見合わせて笑った。


「じゃあ、また」


 ひとしきり笑った後、シリューは報酬を受け取り席をたった。


「はい、また宜しくお願いします」


 お辞儀をするレノに会釈を返し、シリューは壁に貼ってある依頼票に目を通していく。


 その中に、気になるものが2枚。


 手に取ってよく見ようとした時だ。


「そいつは、おすすめできねえな」


「え?」


 振り返るとそこには初日、登録カウンターの場所を教えてくれた大男が立っていた。


「無事にやってるようじゃねえかルーキー。ああ、名乗ってなかったな、俺は熊人族のルガーだ」


「どうも、シリューです」


 相変わらず凶悪な顔に、見上げるような体躯。ゆうに2mは超えている。


「あの、おすすめしないって……」


「行方不明の子供の捜索だからな」


「それが、どうして?」


 ルガーは短い首を竦める。


「まず、報酬額を見ろ、300ディールだろ? 安い額だが、出す方にしてみりゃ多分ぎりぎりなんだ。それこそ食う物も食わず必死にかき集めた金だろうな」


「……そうでしょうね、自分の子供がいなくなったんだから……」


「じゃあこいつは、身代金目当ての誘拐じゃあねえってこった」


 シリューは頷いた。確かに、身代金目当ての誘拐ならもっと裕福な家庭を狙うだろうし、それなら報酬はもっと多いだろう。 


「じゃあこれ……」


「街の外にでたとすりゃあ、もう……。そうじゃねえなら、奴隷として売るために攫われたか、だ。どっちみち、探して保護するなぁ無理だろうな。気の毒だが、俺たち冒険者にも出来る事とできねえ事がある」


 元来人がいいのだろう。ルガーの目には、どうにもならないもどかしさが滲んでいた。


 実際のところ、これまで行方不明の子供が、無事保護された例は殆ど無い。


 つまり、このクエストを受けたとしても、失敗して違約金を支払う可能性が非常に高いという訳だ。


「まあ、どうしてもって言うんなら、止めはしねえがな……」


 ルガーはそう言って、シリューの肩をポンと叩き、立ち去って行った。


「……出来る事と出来ない事……か。まあ、そうだよな」


 『子供を探して下さい!』


 そう書かれた依頼票に、後ろ髪を引かれる思いで、シリューはギルドを後にした。

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