第52話 才能と、追う者と
「シリューさんって、実はすっごい冒険者だったんですねぇ」
代金を支払い店を出たあと、ミリアムがどこか遠い目をして言った。
「前にも言ったけど、駆け出し、だぞ」
「でもでも、グロムレパードを倒したり、お金もいっぱい稼いでるじゃないですか」
その言い方に、少し引っかかるところがあり、シリューは眉根を寄せた。
確かに、グロムレパードの群れを瞬殺できるほどの力を手に入れた。
空中を移動出来たり、無詠唱で魔法を発動出来たり、その威力も常識を遥かに上回るものだ。
だが、だからと言って自慢しようとは思わないし、出来るだけ使いたくはないというのがのが本音だった。
「偶々そうなっただけだよ。自慢できるような事じゃないし……」
「偶々でもそんな事が出来ちゃうんですね……」
ミリアムは肩を落とし溜息をついた。
シリューは謙遜ではなく、本音を話したのだが、なぜかますます深みにはまっていくようだ。
「……なんだよ急に……」
「……」
ミリアムは無言で俯き、立ち止まった。
「あの、いろいろ迷惑をお掛けして、ごめんなさい……。ちゃんと謝ろうと思ってたんですけど、なかなか機会がなくて……」
「べ、別に……言うほど気にしてないし……」
嘘だった。
本当は、埋めてやろうかと思うくらいには腹立たしかったが、しんみりした雰囲気になるのは避けたかった。
「……私、何やってるんだろう……」
「え?」
「シリューさんみたいに、才能のある人を見ると……そう思っちゃうんです」
「俺のは……」
この世界に召喚され龍脈から復活したときに、おそらく神か誰かに貰ったもので、どうしても自分の力とは思えない。
少なくとも、自分で努力して身につけた力では無いのは確かだ。
「お前こそ、オスヴィンさんに聞いたけど、すごい魔力と獣人以上の体力を持ってるって……。それこそホントの才能だろ?」
「……そうでしょうか……」
ミリアムの声が小さくなる。
「小さい頃、この力のせいで……友達を傷つけた事があるんです。いえ、怪我をさせたって訳じゃないんですけど……」
それはまだ、ミリアムが6歳になったばかりの頃。
友達4人といたずらに街を抜け出し、草原に冒険に出掛けた事があった。
そこで運悪く、群れからはぐれたゴブリンに遭遇してしまったのだ。
冒険者から逃げてきたのだろう、そのゴブリンは顔や腕に傷を負い弱ってはいたが、5~6歳の小さな子供にとっては、それこそ死を意味する相手だ。
皆が泣き叫ぶ中で、1人の子を街に走らせ、ミリアムはそのゴブリンにがむしゃらに向かっていった。
錆びた剣を持った相手に、どうやって闘ったのか、その時の事はよく覚えていない。
知らせを受けて大人がやって来たとき、ミリアムは息絶えたゴブリンに馬乗りになり、血まみれになりながら、ひたすら折れた拳を振るっていたらしい。
大人に止められ、ようやく立ち上がり振り向いたミリアムは、自分の血と、相手の返り血とでドロドロになりながら、笑った。
「守ってあげられたって思ったんです。……でもその時、皆から、凄く怯えた目を向けられて……それから……」
「……力の制御が上手く出来ない?」
シリューの言葉に、ミリアムは力なく頷く。
これは、そうか……。
自分が傷ついて、その才能におびえて、持て余す。
シリューは思った。
才能を持って生まれた者と、そうでない者。
自分が、0.1秒刻みにようやくたどり着いた世界を、いとも簡単に飛び越えトップに君臨し更にその先を見据える者たち。
その差は僅かコンマ数秒。だがそれは、努力だけでは決して手の届かない領域。
しかしそれでも諦める選択肢はない。
ただ必死に、そしてがむしゃらに手を伸ばす。
いつかその背中に届くと。信じるのではない、誓うのだ。
届いてみせると。振り向かせてみせると。
なのに、この少女は……。
「なあ……」
シリューの声に顔を上げたミリアムの額に、そっと手を添える。
「あ、あの、シリューさん?」
そして。
かっこーん。
「み゛ぎゃあぁぁぁっ」
その額を指ではじく。いわゆるデコピン。
胸のすくような打撃音と、ミリアムの悲鳴が響く。
「ななな、なにするんですかっ! 今のっ、お、おでこ一瞬陥没しましたよっっ!! 3cmくらいっ!!!」
額を両手で押さえ、顔を真っ赤にして怒るミリアム。
「真面目な話してるのにっ、酷くないですかっ!?」
シリューの周りにも居た。
才能を持っていながら努力しない者、上を見ない者。
そして、今のミリアムのように、才能を持て余してしまう者。
どれも、シリューからすれば、イラついてしまう相手だった。
「……才能のあるヤツはさ……」
穏やかな声でシリューは言った。
「才能のあるヤツは、上でどんって構えてればいいんだよ」
「え?」
「一番高いトコで、堂々と胸張って、そして下なんか見ずに更に高い所目指してればいいんだ。だからこそ、俺達は追い掛けるんだよ、いつかその背中を捕まえてやるって、いつかその高みに昇ってやるって、誓えるんだ」
シリューの目は、ミリアムを通り越しもっと遠くを見つめているように見えた。
「……シリューさん……」
ミリアムが見つめるシリューの顔には、涼し気な笑みが浮かんでいる。
「……それって、自信を持てっていう事ですか?」
「どうかな。でも、自分の力なんだから、ちゃんと受け入れた方がいいと思うぞ、ミリアム」
「え……?」
シリューはそれだけ言うと、さっさと踵を返し歩き出す。
ミリアムは、胸の中でシリューの言葉を繰り返した。
「自分の力……受け入れる……」
そして、最後の一言。
「うふっ」
「なにやってんだ、置いてくぞ」
シリューがちらりと振り返った。
「あんっ、待ってくださぁい」
トコトコと駆け寄ったミリアムは、シリューの前に回り、後ろ向きに歩きながら上目使いに見つめ、春の日差しのような微笑を向けた。
「シリューさんってぇ、ちゃんと優しいんですねっ!」
ミリアムのまっすぐな眼差しに、シリューは思わず立ち止まって目をそむける。
「ばっ、な、なにニヤケてるんだよっ。キモっ。ばっかじゃないの、マジキモっ」
当然それはミリアムに見透かされている、ただの照れ隠しだ。
ミリアムは息が掛かるほどに顔を顔を寄せ、まるで子供をあやすような目で言った。
「……シリューさん……かわいいっ」
この時、シリューとミリアムの優劣を表す位置関係に、微妙な変化が生まれたのは言うまでもない。
「は・な・れ・ろっ」
「い゛み゛ゃぁぁぁ」
シリューは、思いっきりミリアムの両頬を摘まんで捻った。
「ひ、ひたひれす、は、はなひてぇぇ」
「うわぁ、ひどい顔。なんとか記録として残せないかな?」
「ほ、ほれは、やへてぇ」
「ぶっっ」
変な生き物のような顔に耐え切れず吹き出し、思わず手を放す。
「もうっ、ホントに子供なんですからっ。せっかく褒めたのにっ」
ミリアムはひりひりと痛む頬をさすり口を尖らせるが、その表情にはどことなく余裕が感じられた。
「お前に褒められても嬉しくありません」
シリューがミリアムの脇をすり抜け、速足に歩く。
ミリアムはさっと横に寄り添い、シリューを横目で見つめる。
「シリューさんの事……ちょっとわかっちゃった」
それには答えない。
ミリアムは少し拗ねたような表情を浮かべ、すぐに笑顔に戻る。
「……シリューさん、初めてちゃんと名前で呼んでくれましたね……」
シリューは眉根を寄せる。
「そうか?」
「そうですよ」
「最初から名前で呼んでたと思うけどな」
「呼んでませんよ?」
「……紫パン……」
「そ、それは、名前じゃないですっ。シリューさんが勝手につけた変なあだ名ですっ」
シリューは肩を竦め、両手を上げて首を振る。
「ちょっ、なんでそんな、やれやれ、みたいなカンジになってるんですかっ」
「いや、疲れるやつだなぁと思って」
そう顔も向けずぽつりと言って、シリューは渋い表情を浮かべた。
「ううぅ、なんか、なんか悔しいですぅ」
それでも、子供っぽいシリューの態度を許してあげよう、と心の中で誓うミリアムだった。
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