第51話 逸材! な神官さん

「とりあえず防具屋に行くけど、お前どうする?」


 シリューは、一歩遅れてついてくるミリアムを振り返った。


「あ、一緒に入ってもいいですか? 待ってるのも、その……」


 申し訳なさそうに顔を伏せるミリアム。


「まあ、暇だよな。いいんじゃないか気にしなくても」


 ぶっきらぼうなのは相変わらずだが、前ほどは棘のないシリューの言葉に、ミリアムは少しだけ頬を緩める。


「ありがとうございますっ。防具屋さんって、一度見てみたかったんですっ」


 妙にはしゃぐミリアムに、シリューは一抹の不安を覚えた。


「……いいけど、店の物壊すなよ?」


「こ、壊しませんよっ! 子供じゃないんですからっっっ」


 顔を真っ赤にして腕をばたばたと振るミリアムを、シリューはジトっとした半開きの目で眺めた。


「……いえ、あの……壊しません、はい……。これ以上お給料から修理代を引かれたら、その、せ、生活できません……」


 徐々に小さな声になっていくミリアムに、シリューが納得した表情で肩を竦めた。


「それであの時、ダイエットしてるって嘘ついたのか……。昼飯に使う金が無いから……」


「うっ、そうですけど。恥ずかしいから、声に出して言わないでぇ……」


 ミリアムが顔を上げると、そこには思いっきり憐れみの表情を浮かべたシリューの顔があった。


「ああ、ちょっ、やめてぇ。そんなっ、かわいそうな小動物をっ、見るような目で……見ないでくださぁいっ」


 かわいそう、というより残念な小動物だな、とシリューは思った。


 胸だけはメロンなばいんばいんだけど……。


「とにかく……」


 シリューは、店のドアノブに手を掛ける前に、一度振り返り。


「店の物に不用意に触るなよ」


 人差し指を上げて念を押した。


「はい、それはもう……」


 しゅんとなったミリアムの肩に、姿を現したヒスイがちょこんと座る。


「ご主人様。ヒスイがちゃんと見張ってるから大丈夫なの、です!」


「ああ、よろしく、ヒスイ」


「はい、です」


 ヒスイは任せろ、とばかりに胸を張る。


「うう、なんて言ってるか分からないのに、とっても情けない気分ですぅ」


 そんなミリアムをとりあえず無視して、シリューは店の扉を開けた。






「いらっしゃい。待ってたわよシリュー君」


 防具屋『赤い河』の女主人、エルフのベアトリスは相変わらずのビキニアーマーで、身体をくねらせ妖艶に微笑んだ。


「あら、お連れさん?」


 シリューの後に入ってミリアムに気付き、ベアトリスが目を細める。


「はい、店を見たいって言うんで、いいですか?」


「ええ、構わないわよ。自由に見ていってね、神官さん」


「あ、はいっ。ありがとうございます」


 ちょこんとお辞儀をした瞬間、ミリアムの胸が常識外に弾んだのを、ベアトリスは見逃さなかった。


「シリュー君……とんでもない逸材を連れて来たわね……」


「はい?」


 シリューは意味が分からず、首を傾げる。


「いいの、私に任せて」


 つかつかとシリューの脇を抜けたベアトリスは、ミリアムの身体をくまなく観察して一言。


「脱いで」


「ええええっ!!」


 大きな瞳を更に大きく見開いて驚くミリアムの声に、同じような表情を浮かべたシリューの声が重なる。


「あら、ごめんなさい。サイズを測るから、上着を脱いでって意味よ」


「いやベアトリスさん、意味が分からないんですけど」


 言葉を訂正したベアトリスに、シリューが冷静に疑問を投げかけた。


「あのっ、私これ脱いだら下着になっちゃうんですけど……脱がなきゃだめですか?」


「ってか、お前もなに納得した、みたいになってるんだよっ!」


 シリューは、おそらく意味の分かっていないミリアムに、つっこみを入れる。


「任せて、最高に燃え上がる装備ビキニアーマー、作ってあげるから……」


 そうだと思った。


「お断りします」


 シリューは即座に拒否した。


「ええっ? これだけの逸材、埋もれさせておくの?」


「はい、できれば地中深く埋めておきたいです」


「……シリューさん、今何気にめっちゃ酷い事言いました……」


 ミリアムの事はとりあえず無視しておく。


「とにかく、二人とも一旦黙ろうか。話が進まないから」


へのプレゼントじゃないの?」


 念を押すようにベアトリスが尋ねた。


、じゃないし、プレゼントでもないです」


「あのぉ、話が見えないんですけどぉ……」


 ミリアムが戸惑いながらも話に割り込んでくる。


「とりあえずお前は黙ってろ。話がややこしくなるから」


 シリューはミリアムの鼻先に人差し指を突きつけた。


「……それより、頼んでた物、出来てますか?」


 このままでは埒が明かないと判断し、なかば強引にこの話題を終わらせ本題にはいる。


「え、ええ。勿論出来てるわ。こっちよ」


 ベアトリスはカウンターに置いてあった箱を開き、中身を取り出した。


「ローブですか……?」


「まあ、とりあえず着けてみて」


 ベアトリスに手伝ってもらい着けてみると、それはローブと言うよりコートに近かった。


 材質は革製で深い蒼に白いラインが走り、フードだけは同色の布製。


 胸や肩、指ぬきのある袖の部分に、ルミアル鋼のプレートが縫い付けてあり、二つに分かれた裾は、後ろが膝、前が股下程度の長さになっている。


 サイドにプレートアーマーの装着されたベルトは、ベアトリスの物より若干大きく、デザインもより男性的なエッジが効いている。


 シリューはその場で腕を振って、腿上げをしてみた。


「どお? 基本は魔法使いって事だったから、ローブとコートを組み合わせたデザインにしてみたんだけど」


 素材にはブルートベアの皮を使い、金属鞣しをほどこした後で仕上げと着色加工され、柔軟性、保湿性、耐熱性を確保してある。


 元からかなりの強度のあるブルートベアの皮は、ローブの素材として人気が高い。


「うん、いいですね。身体の動きも阻害しないし、バタつきもない……ただ……ちょっと尖り過ぎっていうか……」


 真っ黒ではないが深い蒼、デザインやシルエットも、何となくゲーム的な感じだ。いわゆる厨二、的な……。


「そんな事ないですっ。かっこいいですよ、シリューさん! !! ちゃんとした冒険者みたいですっ!!!」


 ミリアムに悪気は無い。ただ思った事を正直に口にしただけだ。


「神官さん、そこはせめて似合ってるって言ってあげて?」


「あ、ご、ごめんなさい、似合ってます……」


 まさに取って付けたような言葉だった。


 だが、シリューは特に気にした様子もなく首を振る。


「ま、ちゃんとしてないお前に言われてもな」


 それから、ベアトリスに向き直り、にっこりと微笑む。


「でも気に入りました。ただのエロエルフじゃなかったんですね」


 シリューもミリアムに負けず劣らず正直だった。


 それがこの場で適切かどうかは別にして。


「シリュー君……相変わらず随分な発言ね……ま、嫌いじゃないけど」


「シリューさんは、息を吐くように毒をはきますからっ」


 ミリアムが、お日様のような笑顔で首をちょこん、と傾げた。


「それはもう、全身毒で出来ていると言っても過言ではないくらいに」


「黙れ、紫パンツ残念変態……ミ、リ……アム?」


 シリューの目が自信無さそうに泳ぐ。


「ちょっ、なんで疑問形なんですかっ、あってますよっ! っていうかなんで前半とセットみたいになってるんですか!!」


「あの、盛り上がってるトコ悪いんだけど、お代の話、してもいいかしら?」


「あ、すいません。いくらですか?」


「みゅっ、また無視したっ?」


 ベアトリスは、カウンターに置かれた明細書を手に取り、シリューに渡した。


「3210ディールよ、支払は分割でも……」


前金の320ディールと合わせて3530ディール。


新人冒険者にはなかなか厳しい金額だったが、ナディアからの報酬と、グロムレパードを売った代金のある今のシリューにとっては、気になる程ではなかった。


「いえ、今全額払います」


 シリューは、代金の3210ディールをガイアストレージから取り出し、カウンターに置いた。


「……ホント、お金には困ってないのね……シリュー君。とても新人冒険者とは思えないわ」


 ベアトリスが、肩を竦め手のひらを上に向ける。


 ミリアムは目を丸くして、シリューとカウンターの金貨を交互に見ていた。


「そんな金額……初めてみましたぁ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る