第四章 都市レグノス編 始動
第50話 残念神官さんの真面目な任務
「期待しているところ悪いがねワイアット。端的に言って、成果ゼロだよ」
冒険者ギルド、レグノス支部の支部長室。
ワイアットの向いのソファーに腰掛けた男が、さほど悪びれる様子もなく肩を竦めた。
足の間に立てたステッキに両手を乗せ、快活な笑顔を浮かべた男の目に、ありありとした疲労の色が滲んでいるのを、ワイアットは見逃さなかった。
男の名はバークレイ。レグノス支部の副支部長で、親しい者たちからは“バット”という愛称で呼ばれていた。
今回バットは、自ら捜索チームを率いて、エラールの森を抜ける街道の南側を、一週間にわたり盗賊団の痕跡を探した。
「奴ら、街道の南を移動しながら、襲撃を繰り返してると読んだんだが……無駄骨だったよ」
バットが自嘲気味に笑った。
「いや、そうでもないぞバット。つまり奴ら、南には居ないって事だからな」
ワイアットはそう言って、片方の口角を上げた。
「そう言ってもらえると、少しは報われるよ」
街道の南側は、比較的平坦で木々の間隔も広く馬車による移動も容易で、魔物の生息数も少ない。
「……ただ、そうなると、北だが……」
バットはステッキに頬杖をついた。
北は丘陵地帯で、出没する魔物も強力に、数も多くなる。
「奴ら、グロムレパードを使役してた」
「グロムレパードだって?」
ワイアットの言葉に、バットは目を見開いて聞き返した。
「ああ、五日ほど前にな、アントワーヌ家のご息女が襲われたんだが、たまたま通りがかった男に助けられた。それでその男がな、売りに来たんだよ。盗賊に使役されてたグロムレパードの群れを殺して」
「群れ?」
「二十頭だ」
バットは思わずふきだしてしまった。
「おいおい、ワイアットっ。君のいつも冴えないジョークだが、今回はなかなかパンチが効いてるじゃないか」
だが勿論、ワイアットは笑っていない。
「……まさか……本当の話なのか?」
ワイアットはゆっくりと葉巻を吸いこみ頷く。
「ナディア嬢の話だと、瞬殺だったそうだ……」
「グロムレパードを……瞬殺……」
「死体を確認したんだが、二十頭全部が一撃で倒されてた」
「……」
押し黙ったまま、心なしか蒼ざめた表情を浮かべるバット。
「なあワイアット。その男はもしかして勇者なのかい?」
バットも、ほぼワイアットと同じ考えに至る。
「いや、冒険者登録をしたばかりのルーキーだ」
暫くの間続く沈黙。先に口を開いたのはバットだった。
「……余りの事に、思考が停止しそうなんだがね、話を戻そう。つまり奴らはグロムレパードほどの魔物を使役する能力がある、と……」
「ああ、しかも二十頭って事は、かなり力を持った魔物使いが仲間にいるって訳だ」
となれば、北の丘陵地帯に出没する魔物も、盗賊団の脅威にはなり得ない。
「北の捜索となれば、こちらも相当な損害を覚悟しないといけないが……いっそ、その男に依頼したらどうだい?」
バットの言うことには筋が通っていた。グロムレパードの群れを瞬殺できるなら、戦力的には一軍に匹敵する。
「そうしたいのはやまやまなんだが……、さっきも言った通り登録したてでな、まだHランクなんだよ」
「なるほど……Eランクに上がるまで待ってはいられないか……」
ワイアットとバットは、お互いに頷き合う。
ギルドの規定がある以上、これは諦めるしかない。
「ところでワイアット。君の方の調査はどうなってるんだ?」
「それこそ、お前さんと入れ違いで、神官の嬢ちゃんが来てたんだが……こっちも全く手掛かり無しだ……」
二か月前、この街の神殿の女性聖神官が失踪した。
神殿から冒険者ギルドに、極秘の捜索依頼が寄せられていたのだが、これまで何の手掛かりも得られていなかった。
「しかもここ最近、子供の捜索願いも出てきてる……」
「君は、その二つに繋がりがあると?」
「わからん……わからんが、妙な胸騒ぎがする」
「なんとも……嫌な感じだね」
何か大きな事の予兆でなければいいが……。
そんな考えが二人の胸をよぎった。
「はぁ、何をどう探せばいいんだろ……」
冒険者ギルドからの帰り、ミリアムは全く進展していない、自分の任務について考えていた。
失踪した聖神官の捜索を命じられて、この街にやって来てからすでに二か月。
冒険者ギルドへも、神教会から極秘に依頼が出されているが、そちらも手掛かりらしきものは無かっ た。
そもそも何故ベテランではなく、自分のような経験の浅い新人が選ばれたのか。
「まさか私だけ暇だった……ってわけは、無いですよねぇ……」
さすがにそれは無いだろう。新人を駆り出さねければならないくらい、人員が不足しているという線はあり得るが。
ただ、今さらそれを気にしてもはじまらない。
ミリアムはとりあえず、孤児院へ迷わずに辿り着くのを優先することにした。
「そうだ、シリューさん確か
あごに指を添え、首を傾げる。
「ふかん? ふかんってなんだろ……」
初めて聞く言葉だったが、それをミリアムのせいだと言うのは、気の毒だろう。
シリューとしては、せめてミリアムに理解出来る言葉で説明するべきだった。
「うーん。
どういう理屈か分からないが、ミリアムの脳内で俯瞰はぷかんに変換されてしまった。
「あっ」
ミリアムは、いかにも閃きました、と言わんばかりに胸の前で手を叩く。
「ぷかぁんって、浮かんだような感じで見る?」
なぜか結果は間違ってはいない。ミリアムの思考回路が間違っているのだ。
「ぷっ……」
口元に手を添え、小刻みに肩を震わせるミリアム。
「ぷかぷか浮かぶって……どうやって? あの人、ア、アホの子です……」
……アホの子だった。
自分が間違っているとは夢にも思っていないらしい。
それからしばらく、20分ほど歩いて、ふとミリアムは思った。
「……孤児院って……こんなに遠かったかな?」
立ち止まって周りを見渡す。
「……驚きの発見です、新しい道です……」
驚きでもないし、新しくもない。
「どこから、来たんでしょう……」
ミリアムは、とりあえず回れ右をして、通って来たような気のする方へ歩き出す。
「あ、ここ右だ、うん、右……」
左に曲がった。
どちらも間違いだったので、この際方向感覚の欠陥はもうどうでもいい。
「……あ、この店っ。覚えが……ある?」
なぜか疑問形。
シリューのアドバイスが、全く役に立っていない。
「なにぶつぶつ、きょろきょろしてるんだ?」
背後から聞こえた声にミリアムが振り向くと、訝しげな表情をしたシリューが立っていた。
「あ、シリューさん、とヒスイちゃんっ」
ちょこんと頭を下げたミリアムに、片手を上げてシリューが応えた。
「こんな所で、どうしたんですか? シリューさん」
「俺は、頼んでた防具を取りに来たんだよ。お前こそこんな所で……ってまさか、迷ったのか?」
「やだなぁ、違いますよ。ただ……」
ミリアムは頬に指を添え、首を傾げる。
「……ただ?」
「不思議なんですけど、いつまでたっても孤児院に着かないなぁ……なんて」
シリューは大きな溜息とともに、頭を抱えた。
「俺には、そういう発想の出来るお前の方が不思議だわ……」
「え?」
「孤児院は東区だろ」
「はいっ、そうです。あれ? って事は、ここは何処でしょう?」
何かで読んだ事があった。方向音痴の人は、自分が今何処にいるのかを把握できないらしい。たとえ地図があったとしても。
「ここは西区、孤児院とは全然方向が違うだろ……」
更に言えば、ここはついこの間二人で通った道だ。
「シリューさん……お願いがありますぅ」
ミリアムはシリューの服の袖をちょん、と摘まんだ。
「……ぜひ、ご一緒させてくださいぃ……」
それはまるで、必死に足元に縋りつく、捨て猫の目……。
「はぁ、仕方ない。孤児院まで送ってやるよ……」
シリューは猫派だった。
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